帝都編45
「なぜ、こんなことになった?」
大いに荒れる議論の場の一席を埋めるクスグムは、現状に対して自らの内にそう問わずにいられなかった。
メドリオーの採った方策や戦法は、全てクスグムの予測を越えるものであった。
訓練の不充分なまま兵を進めた点は無論のこと、最も予想外であったのは、メドリオーがケペニッツ城市に急行しなかった点である。
ケペニッツ城市にはラインザードとヴァイルザードがいる。一人は大宰相ネドイルの異母弟であり、もう一人は甥であるのだ。
実質的な最高権力者たるネドイルの一族の救出が何よりも優先されるはずであり、メドリオーの無理でも無茶でもそれ以外の選択肢はないはずであった。
結果的にラインザードは自力で持ちこたえたが、それは結果論にすぎない。押し寄せる反徒にケペニッツ城市が落とされる可能性は低くなかったのである。
しかし、メドリオーは無理なものは無理と割り切り、反乱の鎮圧を優先した結果、わずか二千で反乱軍は追い詰められてしまった。
二度に渡る敗北にも生き残り、何とかケペニッツ城市を包囲する反乱軍に合流できたクスグムは、その中で一応、頭目の一人として遇されているが、敗残の身ゆえ、その立場も発言力も低い。
それでも次の戦い、メドリオーとの決戦に勝ち、その勝利に貢献すれば巻き返せると思っていたところに、ヴェンが一同に降伏を説き出したため、最後の機会が立ち消えになる可能性が浮上してきた。
もっとも、反徒たちに信望のあるヴェンの言葉とはいえ、さすがに降伏に納得している者の数は少なく、
「何でだ、オヤジ! 今、ここで武器を捨てたら、死んでいった兄貴たちが、みんなが犬死にじゃあねえかっ!」
最も強硬に反対するヴェンの三男ベッグの言葉に、クスグムを含む多くの者がうなずく。
クスグムのように打算で反対する者もいるが、ベッグたちは降伏に反対というよりも、このままでは感情的におさまりがつかないという心理状態にある。
ヴェンは一度、ラインザードに敗れている。それは敵を罠の仕掛けてある森にまで引きずり込む計略の一環であったが、予想以上のアーク・ルーン兵の強さと勢いに、反乱軍の偽りの逃走は本当の敗走になりかけた。
それを辛くも防いだのは、ヴェンの長男と次男が率いていた二百のしんがりであったが、彼らは全滅して果てている。
ベッグを含む反対者の半数は彼らの勇姿を知り、それに助けられているがゆえ、ヴェンの言葉に強く反発をしており、
「死んでいった兄貴たちのためにも、オレたちは何が何でもヴァイルザードの首を取らなきゃなんねえっ!
そうじゃなきゃ、これまでの戦いが、死んでいった連中の命が無駄になっちまうじゃねえかっ!」
父親に比べて背が高く、しっかりとした体格の三男は、父親に比べて視野が狭い分、まっすぐな性格をしており、若者の純粋な想いと熱意はこの場を圧倒しかけていたが、ヴェンとしては息子の言葉にうなずくわけにはいかない。
「ベッグ、それに皆も落ち着いて聞いて欲しい。そもそもの目的は、不当な統治を正すことだったはずだ。それが成れば、今までの戦いも犠牲も決して無駄とはならない。メドリオー元帥は我々の命だけではなく、統治の是正も約束してくださっている。話し合いですむことに、なぜ、わざわざ血を流す必要がある?」
「オヤジはそんな戯言を信じているのか! 今まで直訴した連中がどうなったか、もう忘れたのか!」
「それはヴァイルザードがしたことだ。メドリオー元帥は違う」
「だが、向こうからすれば、オレたちは反逆者だ。それを許す上に訴えにも耳を貸してくれる。そんな気前のいい話があるもんか!」
その発言にかなりの人数がうなずき、ヴェンとしては内心で苦々しい思いを抱くが、それは息子に対してではない。
メドリオーが本心で許す気でいても、それを信じれるだけのものがなければ、寛容な態度がかえって疑心暗鬼のタネになる。特に、オクスタン侯爵領の民はヴァイルザードのために、誰もがお上に強い不信感を抱いているのだ。
だが、メドリオーが厳しい態度を示していたなら示していたで、数の上で有利な反乱軍は戦う姿勢を鮮明にしていただろう。
今の反乱軍がいかに窮地にあるか。ヴェンがそれを理解できていても、味方がそれを理解できねば意味がない。
とはいえ、反乱軍の窮地が表面化しては手遅れであり、ヴェンとしては壊滅的な敗北を被る前にマシな負け方ですませたいのだが、
「敵の数はわずか二千だ! 一気にこれを打ち破れば、全ては解決する! その際にケペニッツの敵が出てくれば、これも倒せばいいし、出て来なくとも、目の前で援軍が全滅すれば、城内の士気は下がる! とにかく、戦いが長期化して各所に動揺が見られるし、物資も乏しくなってきている! 早急に一戦して、一挙に解決を計るべきだ、オヤジ!」
ベッグを初め、反徒を率いる立場にある者なら、反乱の長期化が士気の低下と物資の欠乏を招いているのに気づいている。
そして、メドリオーの軍勢を打ち破れば、新たな討伐軍をすぐに用意できないアーク・ルーンから、譲歩や妥協を引き出せる公算が高い。
しかし、それも勝てればの話だ。数の優位にあるのではなく、烏合の衆と化している今の反乱軍では敗北必至だからこそ、ヴェンは降伏を決めたのだ。
そもそも今回の決起は自分たちの暮らしをより良くするのが目的であり、メドリオーのような話のわかる高官を引っ張り出した以上、それは達成されたようなものである。
つまりはこれ以上、戦う意味がなく、勝っても犠牲が出ては味方を無駄死にさせるようなものだ。
ましてや、負けるとわかっている戦いである。ヴェンとしては味方を絶対に止めねばならないが、そのための言葉が思い浮かばずにいるところに、
「ケペニッツから、ヴェンの大将の知り合いだっていう役人が、アーク・ルーンの使者で来たべ」
そのような報告が届く。
ベッグらが会議中だ、待たせておけと言う中、
「会うべきだろう。アーク・ルーンの何らかのリアクションを伝えに来たなら、議論を進展させる材料となるはずだ」
決戦か降伏かの議論は平行線に入っているので、ヴェンとしては息子たちを説得する材料を新たに得られればと考えてのことだが、使者がもたらした材料はこの場の議論を吹っ飛ばすものだった。
ヴェンの知己であり、かつては酒を交わしてヴァイルザードの悪口を言い合ったその男は、顔を涙に濡らしながら旧友に対して、
「……喜べ、ヴェン。ヴァイルザードの首が飛び、領主も拘束された。牢にいた、無実の者たちも解放された。全てオマエたちのおかげだ。ありがとう」




