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帝都編43

 オクスタン侯爵領における反乱は、最終局面を迎えつつあった。


 オクスタン侯爵ラインザードが大敗した後、オクスタン侯爵領全域に広がった反乱も、メドリオーが出馬して各所で反乱軍を破ると、反徒たちは遅まきながら各個撃破の危険と、ヴェン以外は頼りにならぬのを悟り、ケペニッツ城市を包囲するヴェンの元に集結していった。


 これにより、残る反乱軍はヴェンの率いるものだけとなり、ケペニッツ城市以外のオクスタン侯爵領は反乱軍の手より解放された。


 そして、ヴェンの率いる反乱軍約一万四千を討てば、オクスタン侯爵領の反乱は終結するだろう。


「以外に残りが少ないな」


 間者から反乱軍の数を聞いた者の内、何人かがそんな感想を抱くのも当然だろう。


 当初はヴェンが三千ばかりの領民と決起した反乱も、ラインザードは破った後は各所で反徒が次々と決起して、その十倍以上に至ったはずだ。


 メドリオーを率いるアーク・ルーン軍は連戦連勝ながら、反徒を総計して五千も討っていない。ヴェンの元に残る反徒が集結したなら、計算上、二万以上はいるはずである。


 それが一万四千ほどにまで減った理由を、


「連戦連敗して尻込みした連中がいなくなったのだろう」


 フレオールを含む何人かは、そう予想した。


 酷な言い方をすれば、反乱軍の九割以上は、ラインザードに勝ったからと勝ち馬に乗りにきた者たちである。だから、メドリオーに連戦連敗するのを見て、尻込みして反乱軍から去って素知らぬ顔で領民へと戻っていった者が多数に上っても不思議はない。


 とはいえ、それでも反乱軍の数はまだ七倍。メドリオーはすぐに決戦を挑むようなマネはせず、ケペニッツ城市からいくらか離れた地点で野営し、大天幕にザジールやアーシェアなど主だった者十数名を集めて作戦会議を開いていた。


 ちなみにその中にはアーシェア、フレオール、ザジール、エイロフォーン、補助兵、否、元補助兵の隊長格らだけではなく、イリアッシュ、ティリエラン、ナターシャ、フォーリス、シィルエール、ミリアーナの姿もある。


 ザジールやエイロフォーンに大きく劣るとしても、先の戦いでフレオール同様、イリアッシュたちは一隊を率いて充分な働きをしている。能力的にもアーク・ルーンの士官を務められるぐらいにはあるので、この場に出席する点に問題はなかった。


 この場で問題とすべきは、反乱軍への対処法であり、メドリオーは自らの考えを口にするのを避け、列席者に一通り意見を述べさせた。


「我が軍は二千とはいえ、ケペニッツ城市には友軍がいる。彼らと呼応し、内外から攻めれば、反乱軍を討つのも可能でしょう」


「いや、城内の友軍と合わせても四千に満たぬ。敵の数を思えば、内外で呼応して攻めても、それぞれに対処されかねん。ましてや、敵将ヴェンは計略に富む人物。ヘタに仕掛けるのは危険だ。正面から戦うのを避け、少しずつでも敵の戦力を削っていくべきだ」


 積極策を唱える者もいたが、ザジール、エイロフォーン、そしてフレオールが慎重論を唱えたため、場の大勢は慎重論に傾いていく。


 そうしてほぼ全員が意見を述べ、議論が慎重論で決定しようとした時、


「アーシェア殿はどう思われる?」


 メドリオーが議論に参加せず、黙して座したままのアーシェアに発言を促す。


 ザジールやフレオールに視線で、どうする?と問われても、それに応じなかったアーシェアだったが、


「私の見解としては、我が軍はすでに勝利しています。後は、戦って勝つか、戦わずに勝つか、それを選ぶ段階にありましょう」


 議論の根本が間違っていることを指摘し、一同は眉をしかめて小首を傾げる。


 もっとも、メドリオーだけはそのような反応をせず、細い目をますます細め、


「ほう。それはどういうことか、説明をお願いできるかな?」


「はい。閣下のこれまでの戦いと勝利により、反乱軍は必敗の状況に置かれました。今、全力で反乱軍の中枢を突いても、またこちらが引っかき回す戦い方をしても、まず勝つことができましょう」


「そのようにカンタンにいくか? ヴェンはこれまでの反徒の頭目とはものが違うぞ?」


 懐疑的なザジールの発言に、エイロフォーンやフレオールなど、何人かがうなずく。


 ラインザードを大敗させた手腕を思えば、カンタンに勝てる相手ではないというのは、間違ってはいない認識であるのだが、


「この状況では名将も凡将もありません。反乱軍は雑多な集まり。急速に集結して、命令系統が不充分なのは明白。先のように少し押し込めば、集団によって異なる命令が下り、混乱が起きるのは必定。後はそこを突けば、我が軍には勝利しかありません」


 かつて連合軍を指揮し、不充分な命令系統のまま戦い、そのために起きた混乱をどうすることもできなかったアーシェアの経験に基づいた言葉は、一同に充分な説得力を以て響いた。


「現状の反乱軍がまとまりを欠くのは、なるほど、言われてみればそのとおりだ。そこを突けば、速戦による勝利も可能だろう。だが、そうした自軍の欠点に気づいていれば、ヴェンという敵将も何らかの手を打っているのではないか?」


「たしかにヴェンの才覚からして、自軍の状況をちゃんと把握しているでしょう。ですが、わかっていても、ヴェンには何らかの手を打つことはかなわないのです」


 エイロフォーンの指摘の前半分を肯定し、後半分を否定したアーシェアは、さらに詳しく説明する。


「この状況で最善の手はケペニッツの包囲を解いて移動することです。そこで反乱軍の指揮系統を整えるか、あるいは何らかの罠を作り上げれば、我が軍は敗北するでしょう。ですが、必勝の方策があっても、それに兵が従わねば、机上の空論でしかありません。ヴァイルザード卿がこの陣にいれば別ですが」


 反徒の大半はヴァイルザードへの恨みを理由に決起している。そのヴァイルザードの息の根を止めるまで、後一歩という状況にあるのだ。


 反徒の大半にヴェンのような視野があれば、仇敵を後回しにすべきことを理解できようが、それがわからなければ憎んでも余りあるヴァイルザードを前にして、ケペニッツ城市から一時後退しようとしてもうなずくことはないだろう。特に、自分たちが一万四千いるのだから、二千の援軍など蹴散らせると素人計算していればなおさらというもの。


 指揮系統を整えるだけの時間がなく、罠を張れる地形まで移動できないとなれば、ヴェンがいかな名将といえども、たしかに打つ手はないだろう。


「では、我々には速戦しか選択肢がないのではないと思うが、アーシェア殿は戦わずに勝つ手立てがあると言った。これはどういうことなんだ?」


 戦わずに勝つということは、何かしらの工作を行うということだが、それは反乱軍に指揮系統を整えるだけの時間を与えることになり、今度はアーク・ルーン軍の方が戦えば必ず負けることになる。


「反乱軍の組織力では、長期戦を維持できないからです。時を与えればこちらは戦っても勝てなくなりますが、それもこちらが戦いに応じずに時が経つのを待てば、反乱軍は自滅してしまうでしょう。反乱軍には補給路もなければ、長期戦に備えた物資もないはずなのですから」


 この指摘に、メドリオー以外ははっとした表情となる。


 オクスタン侯爵領の貴族や役所、さらにラインザードが率いたアーク・ルーン軍から奪った物資で当座は何とかなるとしても、自給自足を旨とする反乱軍の体制からして、戦が長期化すれば乏しい物資を消費して組織を維持できなくなる。


 一万四千人の消費量を思えば、長期戦に持ち込むだけで反乱軍は自壊していくだろう。


「なるほど。では、アーシェア殿はどちらの方策を採るべきと思われるかな?」


「私見を述べさせてもらえば、戦わずに勝つ方策を採るべきと考えます。先もラインザード卿は初戦に勝ちつつも、取り逃したヴェンを追った先で罠にはまって大敗しました。我らも速戦を以て反乱軍に勝ち、多くを討ったとしても、ヴェンを逃してそこに少数でも反徒が集まれば、ヴェンの才覚を思えば脅威となるでしょう。この戦、いかにヴェンの才覚を封じるかが肝要と存じます」


「わしも同感だ。敵将ヴェンの才覚はかなりのもの。ヴェンに自由な手腕を振るわせずに勝つというのは、たしかに最善の方策とは思うが……」


「メドリオー閣下。何か不足な点がありますか?」


 自分が見落としている点があると察し、老将の見解を問う。


 メドリオーは軽く顎に手を当てながら、


「ふむ。方策としては間違っておらんよ。ただ、チェックメイトをかけられたこと、ヴェンならば気づいておると、わしは思うのだがな」


「それは……気づいておりましょう。ですが、気づいたところで、どうすることもできるものではありません」


 巧妙な戦い方で、ヴェンと直に戦うことなく、ヴェンは敗北に追い込んだのはメドリオーなのだ。


 感嘆しつつ何度も検証したが、メドリオーに何らの落ち度も隙も見当たらず、戦わずに下されたヴェンには、もう逆転の手立てがあるようにアーシェアには思えない。


 アーシェアだけではなく、メドリオーの打ってきた手をどうにかする方法があるように思えず、フレオールやエイロフォーンと共に首を傾げるザジールは、


「わかりません。メドリオー閣下、ヴェンに何か逆転の秘策があると言うのですか?」


「それはわからん。わしはないと思いたい。だから、ヴェンもないと考えた時、どうするかを考えておる」


「逆転の手立てがなければ、どうすることもできませんぞ」


 ザジールのみならず、エイロフォーンやフレオール、最も期待していたアーシェアすら、勝つことばかりに囚われる視野の狭さに、老将は内心で嘆息する。


 もし、ヴェンがメドリオーの想像したとおりの人物なら、答えは早晩、一同に知れ渡ることになり、実際にメドリオーが答えを口にしようとした直前、アーク・ルーン兵の一人が大天幕にやって来て、ヴェンの使者がやって来たと告げた。


 降伏の使者が。





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