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帝都編38

「まさか、補助兵を率い、戦うことになるとはな」


「蹴散らすのはカンタンだが、率いるとなると、これほど厄介なもんはあるまい」


 二千のアーク・ルーン兵を見渡しながら、ザジールとエイロフォーンは苦笑しながら、彼らに聞こえぬ小声でそんなやり取りと感想を口にする。


 二人は共に四十代の男性だが、ザジールは浅黒い肌と精悍な彫りの深い顔立ちに対して、エイロフォーンは面長で学者のような理知的な顔立ちをしている。


 元副官のシュライナーほどでないにしろ、メドリオーの元で長く戦っている両名は、ネドイルがその権力を確立するための、旧アーク・ルーン軍との戦いでも一隊を率い、武器を振るっている。


 補助兵という制度は、魔法帝国アーク・ルーンに古くからあり、ネドイルが大宰相になる前から廃れていった制度である。


 魔法帝国アーク・ルーンが成立したばかりの頃は、国土がそう大きくない反面、西からの侵略を頻繁に受けていたが、アーク・ルーン軍だけでは国防力が足りず、それを補う民兵をスムーズに動員するために作られた制度だ。


 民に一通りの訓練を施し、必要な時に補助戦力として戦場に送られる。一応、補助兵としての手当ては出るが、正規兵の給金に比べればずっと安い。


 建国直後は必要な制度であったが、それからアーク・ルーンの国土が広がるに比して、その役割も動員数も縮小していった。


 ネドイルとの戦いに連戦連敗し、追い詰められたブラジオン侯爵は最後の決戦において、補助兵をかき集めて数だけは揃えたが、隊列を組むのもままならないというありさまであった。


 かつてザジールもエイロフォーンも、部隊を率いて補助兵たちを蹴散らし、勝利しただけではない。


 ネドイルがアーク・ルーンの実権を握った直後は、内乱が相次ぎ、他国からの侵略を受ける内憂外患の危機に対処できる兵がいなかったので、戦力不足を補うために補助兵を用いている。


 無論、補助兵に実戦力がないのを理解しているので、ザジールやエイロフォーンは補助兵を陽動や後方支援などで巧みに使い、勝利をおさめている。


 そうした危機を乗りきり、侵略される側からする側になるほど、兵の数が充分な今のアーク・ルーンにも補助兵の制度は残っている。


 当然、遠征に動員することはないが、式典や祭などで一時的に警備を増員するのに便利というのが理由であった。


 まさか、補助兵のみで反乱鎮圧するという事態は、その質の低さを知るザジールやエイロフォーンからすれば、もう笑うしかない戦況というもの。


「魔道兵器がないのが痛いな」


「その代わりは何人かいるがな」


「ラインザードと変わらぬ腕なら、たしかに代わりにはなるがな」


 第一軍団の師団長であるザジールとエイロフォーンは、元第一軍団の師団長ラインザードのズバ抜けた武勇を知っている。


 剣一本で魔甲獣を倒せる腕前は、ヘタな魔道兵器より強力だ。


 今回、従軍するアーシェア、イリアッシュ、フレオール、ナターシャ、ティリエラン、フォーリス、ミリアーナ、シィルエールは皆、魔甲獣より強い。


「ただの反徒の群れなら、あいつらを先頭に突っ込めばいいだけなのだがな」


 反徒も補助兵も、素人に毛が生えた程度なのは同じである。それだけなら、ザジールの見立てどおりに、アーシェアたちが陣頭で戦えば勝てるだろう。


「ヴェンなる者の計略、無策で突っ込めばラインザードの二の舞いになるぞ。兵の質や数も重要だが、それ以前にヴェンの手を封じられるかが、勝敗を分かつだろう」


 エイロフォーンの指摘と分析もまた正しい。


 前線の精兵に劣るとはいえ、一万三千の正規兵が敗れているのだ。しかも、ラインザードの指揮ぶりは無難で落ち度がなく、ヴェンの計略が優れていたというのが主たる敗因と言えるだろう。


 もはや、ヴェンがかなりの将才の持ち主であるのは疑う余地はない。無論、メドリオーの将才が劣るとは思わないが、いくらか優れている程度の差なら、兵の数や質でメドリオーとて敗れることもありえるのだ。


「最初からメドリオー閣下が出馬していれば、このような心配はせずにすむというのに」


 一万三千の指揮をメドリオーが採らなかったことを嘆くエイロフォーンに、


「第一軍団の兵を、千、いや、せめて五百も連れて来れていたならば、話は違うのだが」


 ザジールとエイロフォーン、その部下数人は転移の魔法で、西の最前線から帝都に一瞬で来れたが、兵たち、大人数を転移させるのは無理ゆえ、歴戦の師団長は今回の反乱鎮圧に勝機が見出だせずにいる。


 いかにしてこの不利な戦況をくつがえすかというより、敬愛するメドリオーを敗軍の将とせぬ術はないかと思い悩む両名に、


「今回は無理に呼び寄せてすまなかったな」


 アーシェア、イリアッシュ、フレオール、ナターシャ、ティリエラン、フォーリス、ミリアーナ、シィルエール、そしてレイラを引き連れたメドリオーが、いつもと変わらぬ口調と態度で声をかける。


「いえ、師団長の中で我らを指名していただき、ありがとうございます」


「閣下のご信任の損なわぬよう、努めさせていただきます」


 敬礼をする二人の師団長に苦笑を噛み殺しながら、


「それでは、来て早々で悪いが、すぐにオクスタン侯爵領に向かう。その準備を急いで整えてくれ」


「なっ!」


 メドリオーの指示に驚いたのは、ザジールとエイロフォーンだけではない。


 アーシェア、イリアッシュ、フレオール、ナターシャ、ティリエラン、ミリアーナ、シィルエールも驚きの表情を浮かべている。


 一人、フォーリスのみがほくそ笑んでいるが、軍学の基礎を学んでいる者ならば、メドリオーの方針に驚くか、笑うかするだろう。


 補助兵は、隊列を組んで戦うことも進むこともままならない状態にある。このまま実戦に投入するということは、烏合の衆を敵にぶつけるということになる。


 せめて、集団戦の基礎をこなせるくらいの訓練をさせねば、初歩の軍事行動すらできない。


「そなたらの言いたいことはわかる。だが、ここはわしの指示に従ってもらいたい」


 メドリオーにそう言われては、ザジールもエイロフォーンも制止の言葉を呑み込むしかなく、アーク・ルーンの敗北を見られると考えるフォーリスは、ますます暗い笑みを浮かべる。


 二千の兵を直に指揮するザジールとエイロフォーンが従う以上、アーシェアたちも反対意見を引っ込め、進軍の準備に取りかかろうとした矢先、その場に一人の男が駆け込んで来る。


「……ロペス代国官チャベンナ殿からの緊急連絡にございます! ティリエラン嬢! ロペス子爵の横領が発覚して、逮捕されたそうにございますぞ!」


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