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帝都編37

「貴公と話すことができるとは思わなかった。それだけでも、生き延びた命に意味があるというものよ」


 瀕死の重傷を負い、やっとベッドの上で身を起こせるようになった、旧カシャーン公国の将軍グォントは、二人の黒林兵を従える魔法帝国アーク・ルーンの天策上将スラックスの見舞われ、自嘲気味な笑みを浮かべる。


 マヴァル帝国とマグ王国まで巻き込んだグォントの反乱は、シダンスの策略と思惑どおりに失敗した。


 手勢を撃破された時点で、グォントにとって反乱は終結したが、その反乱に助力したという点を材料に、マヴァルやマグに謀略を仕掛けるシダンスにとっては、ここからが本番となる。


 シダンスのシナリオでは、スラックスはマグの城や砦をいくつか落とさねばならず、決して暇な身なわけではないが、グォントの意識が回復すると聞くや、その見舞いに訪れた。


 プロマキス城は燃えて使いものにならなくなったが、旧カシャーン公国の南東部には城や砦は他にもある。手近な城の一室に重傷のグォントを運び込み、そこに魔道による医療設備も運び込んだので、グォントは一命を取りとめることができた。


 ただ、アーク・ルーンの治療で助かったグォントの顔に喜びの色はない。自ら命を絶つことも、アーク・ルーンに反意を示すこともないが、それは敗残の身を受け入れ、今一度、抗おうとする気概を失っていることを意味する。


「私もグォント卿に聞きたいことがあったので、生き延びたくれたことを嬉しく思う。私の問いに答えてくれたら、もっと嬉しいが」


「こうも完璧に敗北しては、もう逆らおうとする気はない。オレにわかることなら、何でも答えるよ」


「では、カシャーン再興をうたって決起しながら、なぜ、公族を立てなかった? そうすれば、もっと人が集まっただろうに」


 旧カシャーン大公とその家族は貴族として遇する一方、アーク・ルーンの監視下にあって連れ出すのは不可能に等しい。


 だが、旧カシャーン大公の親類全員を厳しく監視するほど、アーク・ルーンも人手が余っているわけではない。グォントがその気になれば、適当なカシャーン公族の傍系でも男子をカシャーン大公として立て、決起することは充分に可能であった。


 新たなカシャーン大公を押し立てて決起すれば、カシャーン再興の正統性を強く主張でき、その名と権威を利用すればグォントの勇名のみより、多くの人間を集められただろう。


「貴国と竜騎士の戦いに手を出しはしなかったが、戦いぶりは存分に見聞はしていた。新たな大公を立てようが立てまいが、勝てる相手ではない。負け戦を望んだわけではないが、戦わずに終わるなら負け戦で終わった方がいい。オレは戦いたかっただけだ。だから、戦わずに終わるのが無念に思う者だけを集めることにした。まあ、それが一万も集まるとは思っていなかったが」


 一千も集まれば上出来と思っていたが、グォントの勇名は当人の想定以上の効能を発揮してしまい、思った以上に大規模な反乱となってしまった。


「だが、それ以上に、カシャーン公族にこれといった人物がおらん。バカ殿を押し立て、それにくっついて来たバカ貴族どもがいては、思う存分に戦えるもんじゃない。最後の戦いぐらい、好きに戦いたかった」


「賢明な判断だな」


 グォントの思案と思惑に、スラックスが苦笑してうなずくのも、その祖国ミベルティンの末期を思えば当然の反応だろう。


 公式記録における、ミベルティン帝国の最後の皇帝は、猜疑心は強かったものの、朝から晩まで政務に明け暮れ、祖国の現状を嘆き、その立て直しに尽力し、能力はともかく人格と責任感は立派な人物であった。


 その皇帝はアーク・ルーン軍が帝都に迫ると自死したので、ミベルティンの帝都はアーク・ルーン軍の手にあっさりと落ち、帝都にいたミベルティンの皇族はアーク・ルーン軍に捕らえられたが、それで皇族の全てがアーク・ルーン軍の手に落ちたわけではない。


 地方にいたミベルティン皇族が新たな皇帝となり、アーク・ルーン軍に対抗せんとした。


 それも五人も。


 五人のミベルティン皇帝は自分こそ正統な皇帝と主張し、互いに協力することなく反目し合っただけではない。


 五人のミベルティン皇帝は揃いも揃ってアーク・ルーン軍を前に、民に重税と労役を貸して華美な宮殿を新築し、そこで朝から晩まで酒宴にふけり、京のように歌舞音曲に秀でる、洗練された美女がいないのをひたすら嘆いた。


 五人の皇帝の元には国を憂う忠臣はいたが、彼らの諫言や進言は全て聞き流され、佞臣のおべっかにしか五人の皇帝は耳を傾けなかった。


 当然、上がこれでは兵士たちに士気や戦意があるはずもなく、アーク・ルーン軍が進むだけでミベルティン軍は敗走し、五人の皇帝は敗滅した。


 この五人の後、さらに十数人のミベルティン皇帝が立ったが、ここまで来るとアーク・ルーン側もバカバカしくなり、帝都制圧以降に倒した二十人強のミベルティン皇帝は公式に認めないという処置を取った。


 カシャーンの公族の中に英明な人物がいたとは、スラックスはついぞ耳にしたことがない。いかに正統性や権威がついてくるとはいえ、バカ殿とバカなその側近たちを上にいただいては、マトモに戦うこともままならなくなるだろうから、グォントの考えはその目的を果たす上で正しくはある。


 同時にカシャーン再興を己の目的のために利用した点から、グォントは勇将であるが忠臣ではないのが明白となった。


 カシャーン公国に対してそれなりの思い入れや忠誠心はあるだろうが、あくまでそれなりであるなら、


「グォント卿。まだ戦う機会があれば、剣を手に取るか?」


「アーク・ルーン軍の精強さ、存分に味合わせてもらった。そのアーク・ルーンの一軍を率いるスラックス卿のお眼鏡にかなうとは、オレも捨てたものではないな。スラックス卿の元で戦えるなら、我が剣を捧げるのもやぶさかではない」


 戦うための方便に祖国再興を掲げた男は、祖国を滅ぼした侵略者の手先となることを、さらに戦うために快諾する。


 余談だが、グォントはスラックスを「卿」と貴族の敬称をつけているが、スラックスはアーク・ルーン貴族ではないので間違っているのだが、これは誤解しても仕方ないほど、現在のアーク・ルーンの身分制度はあいまいなのだ。


 領主や将軍は貴族であるのは、この世界の常識みたいなものだ。グォントは平貴族の出だが、軍で出世する度に家格が上がっていったが、これが普通の国の対応である。


 魔法帝国アーク・ルーンでは元帥位にあるメドリオーは侯爵でも伯爵でもなく、一介の平貴族である。アーク・ルーンの将軍の中で爵位を持っているのは、シャムシール侯爵夫人、レミネイラ、メガラガ、ロストゥルの四名となる。


 天策上将のスラックスのみならず、副元帥のシュライナーすら平民、さらに軍のナンバー2であるヤギルも平民だ。


 司法大臣のベフナムは下級貴族のままだが、極めつけは次期大宰相筆頭で五千戸の領主であるトイラックも平民な点で、領地を有する平民などアーク・ルーン以外では存在しない。


 社会制度的には、メドリオー、シュライナー、ベフナム、スラックス、トイラックは、タスタル男爵より下となるのだが、そもそも厳密さを欠くこのような身分制度が成立した原因はネドイルにある。


 帝室を敬う心や貴族の立場を誇る気持ちが、ネドイルにはない。そうしたものがあれば、異母弟であるラインザードからオクスタン侯爵位を奪っていただろう。


 爵位などに何の重きも置いてないから、メドリオーに爵位を与えよう、トイラックを貴族にしようという発想ができないのだ。メドリオーが平貴族なのは、祖国でそうだったからにすぎない。


 もっとも、身分制度を軽視しまくっているので、メドリオーやトイラックといった功臣が「公爵にしてくれ」と申し出れば、ネドイルは二つ返事でオッケーするだろうが、高官の中に形骸化している身分を求める者は少ないので、元が貴族だから貴族、平民だから平民のままという対処でほとんど終わってしまう。


 その辺りはアーク・ルーンに所属すればおいおい慣れていくから、


「残念ながら、我が第五軍団に師団長の空きはない。新設される第十三軍団の師団長の一人となってもらいたい」


「そいつは本当に残念だ。とはいえ、スラックス卿がオレを買ってくれていることには違いない。アーク・ルーンの部将となった以上、オレの剣を向ける相手をアーク・ルーンが決めることに否はない。それで、スラックス卿よ。我が剣を突き立てる国はどこだ? マヴァルか? マグか?」


 東部戦線の情勢からして、妥当な侵攻先を口にするが、当然の予想に、しかしスラックスは首を左右に振る。


「再来年にはマヴァル攻めに加わってもらう。だが、それまでに貴殿の牙をとぐ敵はいくらでもいる。グォント卿には第二のグォント卿になろうとする者を何人か討ってもらいたい」


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