帝都編36
メドリオーの登場に、緊急会議の列席者は一様に驚いた、わけではない。
ネドイルのように愕然となっているのは、ベルギアット、ヴァンフォール、フレオールのみで、イライセンとヤギルは落ち着いた態度で、魔法帝国アーク・ルーンただ一人の元帥に対している。
ちなみに、メドリオーと初対面のアーシェアは、驚くよりも「誰?」という感じの怪訝な顔をしている。メドリオーの名は知っていても、名前と経歴と戦歴を知っているだけなので、ネドイルとのやり取りで「この人が」と思い当たっても、その驚きは軽い。
「メドリオー。なぜ、ここに?」
「あいさつが遅れて申し訳ありません。久しぶりに休暇を取り、帝都に戻って参りました。あいにく、ネドイル閣下は会議だったので、外で待たしてもらっていたところ、会議の内容がもれ聞こえ、こうしてでしゃばった次第にございます」
当然、たまたまとはネドイルは思わない。
ラインザードが敗北した時、万が一を考えて、イライセンかヤギルが密かにメドリオーを帝都に呼び寄せたのだろう。
ラインザードが勝利していれば、メドリオーにはそのまま休暇を取ってもらえばいいだけだが、ラインザードは敗北してしまった。
それでも兵の一割、二割を失うだけの敗北だったなら、まだ立て直しの余地がある。だが、失った兵の数は一万を越える。これだけの大敗、一戦にして一万以上の兵を失うほどの敗北は、トンベクレ戦役でメガラガがサムの義勇軍に敗れて以来のものである。
もちろん、一万三千の兵を率いたラインザードを破るとなれば、ヴェンの将略はかなりのもの、サムと同等以上と見積もった場合、フレオールはもちろん、アーシェアでも勝ち目はない。それどころか、シュライナーやリムディーヌですら心もとない。
アーク・ルーンの諸将でもサムと同等以上の将略の持ち主となると、メドリオーとレミネイラぐらいに限られる。というより、この二人を動員して勝てないようでは、圧倒的な大軍でも用意しなければ純軍事的に勝てないことになる。
もっとも、イライセンやヤギルの思惑としては、軍事面よりもネドイルへの抑え役としての意味合いの方が強い人選であろう。
ラインザードが敗北し、窮地に陥れば、ネドイルがいきり立って自ら現地に赴きかねない。そうした軽挙を抑えるのに、メドリオーはベルギアットと並んで最も有効な存在だ。
年長者であり、最大の宿将であるメドリオーに対しては、ネドイルは敬意を抱いている一方、ベルギアットのような気安さもないので遠慮せねばならず、
「しかし、このような事態となっては、骨休めをするわけにもいきませんな。ネドイル閣下のご信頼の元、ラインザード卿を預かっていたのに、此度の敗北はその信頼を果たせなかったということになります。凡才を承知で申し上げますが、どうか小官に名誉回復の機会をお与えください」
「そなたが動くなら、一任しよう。何とか、反乱を鎮圧してくれ」
「才、乏しき身でございますが、ネドイル閣下のご信任に応えられるように努めさせていただきます」
ネドイルとしては、任せると答えるしかない。
否と言えば、メドリオーの将才を疑っていると公言しているようなものだ。
「兵に関しては、聞き知っております。正直、その十倍は欲しいところですが、用意できないものは仕方ありません。ただ、小官ひとりでは二千の兵を指揮するのもおぼつかないので、部下を前線から招くのをお許しください。ザジールとエイロフォーンの二名の補佐は、最低限、必要と愚考します」
ザジールとエイロフォーンは共に第一軍団の師団長で、ミベルティン戦役も経験している歴戦の軍人である。
ザジールはミベルティン戦役の中盤でリムディーヌと戦っており、リムディーヌの兄を討っている。
逆にエイロフォーンは、ミベルティン戦役の終盤でリムディーヌと共闘し、リムディーヌの弟を助けている。
メドリオーの要望に軍務大臣はうなずき、
「わかった、手配しよう。他に必要とするものはあるか?」
「試みに問いますが、魔道兵器はどれだけ用意できますか?」
「魔道戦艦は無理だ。魔甲獣は五、六匹が限界。旧式の魔砲塔ならいくらでもあるが、従軍させられる魔術師の数を思えば、十門であろうな」
「では、魔道兵器はいりませんので、帝都に来ている竜騎士の方々を回してください」
「それは良いが、帝都に来ている竜騎士は娘を含めても八人。ドラゴンを従えている者となれば、そこのアーシェアのみとなるが?」
現在、帝都にいるアーシェアら元王女は、全員、軍部に所属しているので、軍務大臣の命令に従わねばならない立場にある。イリアッシュは軍人ではないが、軍務大臣である父親が命令に逆らえる立場にない。
「構いません。むしろ、ドラゴンを従えていない方が都合が良いのですが……」
「その点は問題ない。そのドラゴンはドラゴニアン、人の姿になれるドラゴンだ」
「それは好都合です」
魔道兵器は強力ではあるが、欠点がないわけではない。その一つが目立つことにある。
二千とはいえ、数頭の魔甲獣が従軍していれば、反乱軍も警戒するだろう。が、魔道兵器を所持していなければ反乱軍を油断させられ、かつアーシェアたちでその虚を突くことができる。
ヘタに凝った計略を用意せずとも、戦場では機先を制する、油断を突くだけで充分に有利に戦える。
「しかし、イリアッシュ嬢を従軍させてもらうのはありがたいですが、戦場でのことであるので、ご息女の安全は保証できませんぞ」
「構わん」
イリアッシュの武勇を思えばありがたいことだが、同じく娘を持つメドリオーはやや複雑な表情となる。
「強き戦士が必要なら、フレオールを連れて行くがよい。なんなら、我が一族からもう一人、強き戦士を出してもよいぞ」
「フレオール卿の件は当人に異存なければ、ありがたく受けさせてもらいます。ですが、もう一人に関しては、お断りします。というか、ネドイル閣下、ご自分のお立場をよくご理解してください」
伊達に長いつき合いではないので、ネドイルの口にする「一族のもう一人の強き戦士」が当人であるくらいはわかる。
こうした腰の軽さに、メドリオーとベルギアットは何度もハラハラさせられているので、老将は元魔竜参謀と無言で数瞬、視線を交わし合う。
「ネドイル閣下がお忍びで戦地に来ないよう、頼みます」
メドリオーからの無言の依頼に、ベルギアットは首を縦に振るが、メドリオーのベルギアットに対する要望はそれだけではない。
「それと、ベルギアット殿には無理を承知でお願いしたいのですが、間者をなるべく多く貸していただきたい」
「なるほど。そういう手でいきますか。わかりました。その戦略がうまくいくだけの数を揃えましょう」
ヤギルが登用されるまで、長きに渡って総参謀長を務めただけあり、この要望のみで元帥の策を読み取ったのは、ベルギアットだけではない。
メドリオーの意図をこれだけで理解したのは、イライセン、ヤギル、ネドイルに加え、
「これが真の名将か」
ただ訓練不足の二千を率いるだけを考えていたアーシェアは、戦う前に勝つための布石を打つ手腕に、大いに感銘を受ける。
一万三千の兵で現地に赴き、正面から戦い、大敗したのは、ラインザードが無能だったからではなく、ヴェンがそれだけ優れていたからにすぎない。アーシェアとて、一万三千の指揮していたとしても、ヴェンに敗れた公算が高い。
だが、メドリオーのように事前に多数の間者を用いていれば、一万三千の兵で負けることはなかっただろうし、二千の兵で勝つ方策も立てられる。
勝つために当たり前のことをする。
誰にもできるようであり、真の名将にしかできない戦い方を学ぶ機会に恵まれ、アーシェアの総身、そして魂が震えた。




