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帝都編35

 ラインザード、大敗する。


 その凶報は大宰相ネドイルを、否、魔法帝国アーク・ルーンの上層部を愕然とさせた。


 反乱軍の討伐に赴いた一万三千はヴェンの計略にはまり、一万以上の兵を失ったのみではない。


 従えていた魔甲獣も全滅。計略からは逃れた魔道戦艦も、その後の反乱軍の襲撃によって全て沈められている。


 だが、それよりも深刻なのは、この敗北によってオクスタン侯爵領全域で領民が決起し、一時は一千ほどにまで追い詰めた反乱軍が、今や数万を数えるまでとなり、オクスタン侯爵領の町や村でオクスタン侯爵家の家臣や役人を吊るし、殺すほどにまで事態が悪化している。


 わずかな救いは、ラインザード自身、その武勇で反乱軍の手を逃れ、数百の兵と共にオクスタン侯爵家の居城たるケペニッツ城市にまで落ち延び、息子のヴァイルザードとの合流を果たしている点だ。


 ラインザードとヴァイルザードは、千数百のアーク・ルーン兵と共にケペニッツ城市は保持しているものの、それ以外のオクスタン侯爵領はほぼ反乱軍の手に落ちている。


 が、そのケペニッツ城市も反乱軍に囲まれ、いつ落城するかわからない。また、反乱軍がオクスタン侯爵領と隣接する、帝国の直轄領や他の貴族の領地にいつあふれ出すかわからない。


「ラインザード閣下は窮状にあり、いつ最悪の事態に至るかわかりません。一刻も早く援軍をお願いいたします」


 敗残の様子がありありとわかる酷い格好で凶報を届けたラインザードの使者からの援軍要請を受け、ネドイルは緊急会議を開いた。


 緊急会議に列席するのは、大宰相ネドイル、軍務大臣イライセン、総参謀長ヤギル、情報部総長ベルギアット、財務大臣ヴァンフォール、そして第十三軍団の副軍団長アーシェアと副官のフレオールである。


 軍部のナンバー1と2の出席は言うまでもないだろう。今回に関しては、ネドイルはラインザードに関わることだからではなく、大宰相という本来の立場で出席しているが、それだけオクスタン侯爵領の反乱が重大事案になっているのだ。


 逆に、ヴァンフォールは財務大臣としてではなく、オクスタン侯爵領に隣接する領地の主という立場での出席である。


 アーシェアとフレオールにおいては、援軍の派遣が決定した際の、その指揮官の最有力候補としてこの場にいる。


 ちなみに、アーシェアとの模擬戦を経て、多少は精神的な弱さが減じたか、いつものようにフレオールの両隣にシィルエールとミリアーナの姿はない。


「さて、オクスタン侯爵領は今、風雲、急を告げる情勢にある。率直に問うが、どれだけの兵を差し向けられる?」


「前線から兵を呼び戻せば、いくらでも用意はできます。方々からの集結を待てるのであれば、同様です。が、今すぐに集められるとなれば、せいぜい二千といったところでしょう。それも補助兵ばかりとなる点も心得ておいてください」


 前置きもなく、せっぱ詰まった声で問う大宰相に、軍務大臣は淡々と渋い実情を告げ、列席者の表情をくもらせる。


 ラインザードが反乱討伐に赴く際は、寄せ集めでも一万三千の兵が用意できたが、今回は単に二千の兵しかかき集められないだけではない。


 補助兵とは、普段、軍務についておらず、何らかの理由で兵の数が足りない時に召集して、数の不足を補うための兵である。


 一応、訓練は受けているが、正規兵のように日常的に訓練を積んでいるわけではないので、その練度は低い。


 補助兵を召集して一軍を成しても、編成以前に、一通り訓練させねば実戦で通用しないだろう。


「帝都や近隣を最低限の兵のみとし、何とか余剰分で一軍を形成できないか?」


「そうして集めた兵は、すでに反乱軍との戦いに投入していますな。これ以上、帝都とその一帯の兵を動かせば、巡視や警備が破綻するという現状にあります」


 ヴァンフォールの素人考えを、ヤギルは実行済みであると答えてから、


「前と同等以上の軍備を整えてから改めて鎮圧に動くのが、安全な方策でしょう。逆に、即座に鎮圧に動く点についてこそ、この場でシュミレートすべきことでしょう」


 列席者を見渡しながら、緊急会議の肝となる点を議論にかける。


 もっとも、ヤギルの指摘した点が議論にならないのは、先にイライセンが告げた補助兵二千という早期動員の可能な戦力が、反乱軍に即座に再戦を挑むのが論外であるのを、何よりも雄弁に物語っている。


 この場で実戦指揮官として最も優れるアーシェアは、立場と役割から言い難い現状を口にする。


「訓練が不充分なまま戦いに臨めば、敗北は必定。しかし、訓練に時日を費やせば、ケペニッツが陥落してしまうでしょう。そもそも、数万に膨れ上がった敵を二千で何とかしようとすること自体、土台、無理な話なのです。反乱の拡大と損害は仕方ないものとして、安全な方策を取るべきと愚考します」


「オレもアーシェア殿の意見に賛成だ。二千の兵を無駄に犠牲にすべきじゃない。ライ兄、いや、ラインザード卿に関しては、何とかケペニッツから脱出してもらうより他ない」


 フレオールが早期の援軍の派遣を否定しただけではなく、イライセン、ヤギル、ベルギアットも無言でうなずいて、安全な方策を支持する。


 軍事にうといヴァンフォールに代案を出せるものではなく、暗にラインザードのことは諦めろと言われ、


「……なるほど。では、その二千はオレが率い、ライを助けに行く!」


 席を立って、激情のままに無謀な言を吐き、会議の場から立ち去ろうとする大宰相に、一同は大いに慌てる。


「待ってください。そんなこと、認められるわけないでしょう」


「とにかく、落ち着け、大兄」


「そうだ。ライ兄のことだけなら、いくらでもやりようがある」


「最悪、私がドラゴンを飛ばせば、ラインザード卿だけは助けられます」


「その点を考えても、援軍を出すなら、アーシェアに指揮させるべきだろう」


「答えを出す前に、諸将に連絡を取り、良策を募るべきです」


 ベルギアット、ヴァンフォール、フレオール、アーシェア、イライセン、ヤギルに口々に制止されると、

ネドイルも苦々しい表情で席に戻る。


「……前言は撤回する。アーシェア殿とフレオールは、援軍の準備にかかれ。平行して、諸将に状況を説明し、打開策を求めろ。まあ、メドリオーに良策がなければ、それまでだろうがな」


「それは責任重大ですな」


 おそらく、扉の前で待機していたのだろう。


 ネドイルが指示を終え、最後の独り言のようなつぶやきを言い終えた直後、緊急会議の場に中肉中背で細目の白髪の老将メドリオーが現れるや、驚く大宰相にうやうやしく一礼した。



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