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心眼編5

 ネドイルの仕事量と、アーシェア、フレオールの課せられた仕事量は大きく違う。軍事と行政の最高責任者であるネドイルは、上がってくる報告に目を通すだけでも、かなりの時間を取られる。


 新たな軍団の副軍団長と副官にしても、するべきことがまったくないわけではないが、大宰相の仕事量に比べれば大したものではないので、ネドイルの手が空いた時間に合わせて特訓の相手が務められるのだ。


 そのアーシェアやフレオールと比べれば、ティリエランらはまったく帝都でやることがない。


 シィルエールとミリアーナは用もないのにフレオールの側をうろちょろしており、婚活が不首尾に終わったティリエランとナターシャは、フォーリスやナターシャの弟妹の面倒を見る以外は、たまにアーシェアの弟であるエクターンに会いに行くくらいしかやることがない。


 ティリエランやナターシャは故郷の家族が気になる一方、ナターシャの弟や妹が未だ一応は人質として扱われている。そのため、ナターシャは両親の元に戻れずにおり、ティリエランはそれにつき合う形で留まっている。


 ちなみにナターシャの弟や妹が解放されずにいるのは、旧タスタル勢力を睨んでの処置ではなく、単純に処理待ちの案件の一つとしてその順番が回って来ないだけだ。


 すでにフレオールが手配した書類は、担当官吏が官印を押すだけの段階であるのだが、フレオールのコネでは解放の目処は立てられても、優先案件とするまでには至らず、膨大な業務の中にナターシャの弟妹の命運は埋没している状態にある。


 解放される算段がついているので、ネドイルに近づき、機嫌を取って弟や妹のことを早く何とかしてもらおうとは、ナターシャは考えない。一度、大宰相に対して感情的になっている彼女としては、ヘタに近づいて機嫌を損ねないようにし、ティリエランもそれに倣っている。


 ゆえに訓練場でネドイルを待つアーシェアは、フレオール、シィルエール、ミリアーナと手合わせして、

時間を潰していた。


 情けない話だが、フレオールのみでは実力差がありすぎて、アーシェア相手にそう長くもたない。シィルエールやミリアーナの手を借りて、最強の竜騎士と渡り合えるのだ。


 アーシェア、フレオール、シィルエール、ミリアーナは鎧こそ身に着けていないが、二本の槍、真紅の魔槍、レイピア、フレイルを手にしている。


 訓練用の得物は安全だが、緊張感に欠ける訓練になってしまう。


 その点、本物の得物を使えば、一つ間違えば死にかねないので、四人の表情は真剣そのものだ。


 正確には、真剣なのはアーシェアだけで、フレオール、シィルエール、ミリアーナの表情は真剣な程度ですまず、必死そのもの。


 最強の竜騎士とはいえ、三対一ならば何とかなると考えての手合わせだが、実際は二本の槍にフレオールら三人が追い詰められていた。


 精神の衰退したシィルエールとミリアーナが、弱体化したわけではない。単に、それほどアーシェアが強いだけだ。


 ただ、フレオールの実力は言うまでもなく、シィルエールとミリアーナとて弱いわけではない。アーシェアの双槍による猛攻に守勢に立たされつつも、フレオールが真紅の魔槍を必死に振るっているのは言うまでもなく、シィルエールとミリアーナも必死の表情でそれぞれの得物を振るって、アーシェアの猛攻を何とかしのいでいた。


 妹ほど闘争心が盛んなわけではないが、手を抜いて戦うということをしないアーシェアは、シィルエールやミリアーナが心を病んでいるからと手加減もしないので、二人も弱音を吐いていられないのだ。


 その二人をいつもは庇うフレオールも、アーシェアの鋭鋒の前にそんな余裕はない。あるいはフレオールが追い詰められているからこそ、シィルエールもミリアーナも奮起しているのかも知れない。


 シィルエールもミリアーナもいつもと違い、視線を交わしあって無言で連携し、フレオールを援護して寸でのところでアーシェアの猛攻をしのいでいる。


「……マズイな」


 三人を二本の槍で攻め切れぬアーシェアだが、長期戦になれば竜騎士でないフレオールのスタミナが尽きて勝てるというのは、攻勢を維持しての話だ。


 フレオールは段々と双槍の動きに慣れつつある。


 完全に戦いに没頭しているシィルエールとミリアーナは、目に強い光を宿して武器を振るっている。


 何より、三人の連携がより良いものとなっていき、もう少しすれば三つの得物で双槍をうまくさばけるようになるだろう。


 さらに時を与えて連携の完成度が増せば、アーシェアの双槍が三人に押される展開になりかねない。


 竜騎士のような無尽蔵な体力がないとはいえ、フレオールのスタミナは鍛え上げられた戦士のそれであるので、そうカンタンに尽きたりしない。


 何か一手を打ち、三人の連携を一瞬でも断てば、アーシェアならばその一瞬で勝敗を決められるのだが、その一手に思案を巡らそうとした矢先、


「……盛り上がっているところをすまんが、オレに出番を譲ってくれんか?」


 遅れて訓練場に現れたネドイルの一声に、三本の槍が引かれ、続いてフレイルとレイピアのそれに倣う。


「遅れてすまなかったが、おかげで良いものが見られた。三人がかりとはいえ、アーシェア殿と競り合うとは、フレオールにそこの娘二人よ。見直したぞ」


 大宰相からのおほめの言葉をもらい、三人は頭を下げる。


 高き地位にあるだけにネドイルの言葉には威厳があるが、それだけではなく武人として高みにもある者の言葉には重みもあり、フレオール、ミリアーナ、シィルエールの頭が自然と垂れたのだ。


「それと、なるほど。オレに足りなかったものがわかった。アーシェア殿、だから、そのままで良いぞ」


 ドラゴンの牙から削り出した穂先の双槍から、訓練用の槍に持ち替えようとしたアーシェアの動作を止めたネドイルの言葉の意味を察して、四人は顔色を変える。


「大兄。それはいくら何でもまずいぞ」


「大宰相閣下、お考え直しください。御身に何かあったならどうされます」


 フレオールとアーシェアが口々に反対するのも当然だろう。


 今、アーシェアの手にする得物をかわし損なえば、ネドイルが死ぬ公算が高い。


 アーシェアの双槍による突きの一つ一つは、フレオールの突きより速さと鋭さで劣る。だから、ネドイルにとってはフレオールの突きをかわすより容易いとはならない。それどころか、ずっと難しい。


 今のネドイルなら双槍の片方なら密着状態でもかわすことはできる。だが、一本をかわした直後、もう一本を密着状態でかわすのは、アーシェアの片手突きをかわすよりはるかに難しい。しかも、その双撃は、後先を考えずにただそれだけにアーシェアが全力を尽くす双撃なのだ。


「ああ、言いたいことはわかる。だがな、安穏なやり方で至れるほど、心眼、武の到達点の一つは甘くないぞ。あるいは、オマエらの目標や師のように、長き時をただ一つに打ち込めば良いが、オレの立場ではそれもかなわん以上、いくらか分の悪い賭けに出るしかあるまい」


 第十三軍団の副軍団長と副官としては、立場をわきまえて分の悪い、無意味な賭けを止めてほしいところである。


「なに、心配するな。分の悪い賭けに命を何度も張って勝ってきているのだ。今回も悪い出目は出まい。まっ、いざという時は、後はトイラックが何とかしてくれるだろう」


 あるいはネドイルが死んでトイラックが後のことを何とかしようとすれば、アーク・ルーンの侵略戦争はその時点で停止する。世界全体としては万々歳となるかも知れないが、大宰相の事故死に関わるアーシェアとしては、理性的に判断すれば特訓の安全性に配慮すべきだ。


「……わかりました、大宰相閣下。このアーシェア、全力を以て分の悪い賭けがさらに悪くなるように努めさせていただきます」


 だが、そんな小利口な考えよりも、アーシェアの根源的な欲求が勝った。


 祖国を滅ぼし、家族を無茶苦茶にした諸悪の根源を討ちたいと思ったわけではない。


 単に、竜騎士のようなドラゴンの力を借り受けた武ではなく、人の、純然たる人の力が双剣の魔竜の域に至る瞬間に、己の全てを賭けたくなったのだが、アーシェア自身はネドイルが口にするほど、分の悪い賭けとは思っていない。


 根拠はない。しかし、ネドイルという人間、規格外の存在ならば、これくらいの非常識はやってのけてくれると半ば確信を抱き、


「ハアアアッ!」


 最強の竜騎士はいささかもためらうことなく、己の武の全てを尽くして双槍を繰り出した。



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