ワイズ騒乱編14-1
普段は閑散としている休学日の、ライディアン竜騎士学園の校庭だが、その日に限っては全校集会とほぼ同数の人の姿があった。
クラウディアらの努力や思案もむなしく、ウィルトニアとフレオールの対戦が実現してしまい、校庭には二人の決闘を見んと、全ての教官と生徒がギャラリーと化している。
否、そのギャラリーの中には、ベルギアットや、レイドを含む数匹のドラゴニアンの姿も混じっている。
そのギャラリーたちの視線は、現時点では決闘の当事者たるフレオールとウィルトニア、またはその立会人を務めるターナリィよりも、小山を成す、高価な装飾品や置物など、それと金貨の詰まったいくつもの小箱に多くが注がれている。
アーク・ルーンが偽りの友好を演出するため、七竜連合の要人への贈り物は、去年の開戦の時点で、その役割を終えている。ゆえに、不用となった金品を返すのは、一面では利敵行為と言えなくもない。
が、恥を何よりも嫌い、名誉と誇りを重んじる王侯貴族である。ネドイルにだまされた恥辱を、一部だけでも叩き返せるなら、実利など大した問題ではない。ウィルトニアを止める声より、応援する声の方が多く、しかもそれに便乗する者が出てきた。
亡国の王女に不名誉な贈り物を渡し、ついでに返却してもらおうとする生徒が、決闘を宣言したその日に現れると、それに倣う者が続出した。
それだけ、ウィルトニアの戦闘力は信頼を得ているのだが、他方で、アーシェアが行方不明であり、イリアッシュが敵方にいる今、彼女が負けると、実質的にフレオールに勝てる竜騎士がいないのである。何より、ここで便乗すれば、自己の不名誉をウィルトニアに押しつけることができる。
クラウディアらはそうしたセコイ計算をしたわけではないが、最終的には便乗することになった。
当初から思っていたとおり、決闘を止めさせるのが土台、無理な話な上、学園の雰囲気が、ウィルトニアにフレオールを痛めつけて欲しいという、好戦的なものに染まっていき、全体の流れと総意から、止めようとしても止まらないものとなった。
クラウディアらも立場がある。これでウィルトニアだけが己の恥辱をすすぎ、六人の王女が不名誉を抱えたままでは、周りがどう反応するか。
国は失えど誇りある王女と、国は有れど誇りなき王女たち。ウィルトニアが称賛されれば、相対的にクラウディアの評判が落ちることになる。それを回避するには、亡国の王女と同じ行動に出る必要があるが、授業中のこととはいえ、フレオールはクラウディアを破っている。
フレオールに決闘を挑んで負ければ、正に恥の上塗り。敗北する可能性が高いとなれば、クラウディアらもウィルトニアに賭けるより他なかった。
それゆえ、この一戦に数十という装飾品や置物などが積まれた。クラウディア、フォーリス、ティリエラン、ターナリィは、ワイズ王国が滅亡した時、ネドイルのプレゼントを壊したり、捨てたりしているので、百枚単位の金貨を用意し、その代わりとしている。
これらの金品は、ウィルトニアが勝てば、アーク・ルーンの物となるが、負ければ元の持ち主に返されるわけではない。託された亡国の王女が、誇りと引き換えに引き取ることになる。
単純に資金を得るだけなら、負けた方が金になるのだ。
これだけの金品があれば、捕虜の身代金を払っても、充分におつりが出る。当座をしのぐだけなら、あるいはアーク・ルーンに利を与えないという点も踏まえれば、負けた方が賢いのかも知れないが、
「やる気というか、考えてますね、ウィル。ちゃんと鎧を脱いでます」
イリアッシュの言うとおり、ウィルトニアは大剣こそ手にしているが、鎧を着ておらず、運動着姿で決闘に臨んでいる。
「どういうことですか?」
最強の竜騎士見習いの隣に立つ、魔竜参謀が小首を傾げながら問う。
単純な強さだけなら人工のドラゴンの方が上だが、武芸に精通しているという点では、二十歳に満たない小娘の方が勝るので、
「フレオール様と戦う時、最も気をつけるべきは、その素早さより、変則的な動きです。鎧を着けると、重さで動きが鈍くなるのもありますが、何より動作が制限されるんですよ。これでフレオール様のフェイントに引っかかったら、アウトです。姿勢を立て直そうとする動作に、わずかでも手間取っただけでも、そこを突くだけの技量がフレオール様にはありますからね。私も、用心して、鎧を脱ぐでしょう」
「レオ君が鎧を着けてないのも、同じ理由?」
これもベルギアットの言うとおり、フレオールも運動着に愛用の真紅の魔槍という姿だ。
ただ、これには、イリアッシュは難しい顔となり、
「間違ってはいないと思うんです。革の物であっても、鎧の分、動きが鈍くなり、動作に制限が加わりますから。何より、ウィルと戦うのを想定した場合、鎧はない方がいいはずなんですよ」
防具は防御力が上がり、多数を相手にする場合は、非常に役に立つ。先に五頭のドラゴンとやり合った時、双革鎧を装備していなければ、フレオールも死んでいただろう。
が、物事はケース・バイ・ケース。アース・ドラゴンと契約しているクラウディアと戦うなら、鎧は役に立つ。ただ、サンダー・ドラゴンと契約しているナターシャと戦う際には、鎧はむしろマイナス要因となる。
電撃は鎧で防げず、鎧の分、動きが鈍くなれば、回避力が落ち、電撃をかわし難くなる。
「ウィルと戦う際、最も気をつけるのは、格闘戦に持ち込まれないようにすること。特に、組み技に持ち込まれたら、レイドでも勝てません。もし、鎧を着けた状態で寝技を仕掛けられたら、それでおしまいです。鎧がなければ、まだ再び立てる可能性はあるんですが……」
「何か歯切れが悪いけど?」
「はい。基本的に、ウィルは怖くないんです。並の竜騎士を大きく上回っていますが、ドラゴニック・オーラの量は七竜姫の誰よりも劣ります。何より、ドラゴニアンに戦闘向きの能力はありません」
「でも、あの娘が七竜姫で一番ヤバイと思うけど?」
「ええ、そのとおりです。ウィルは戦闘時のカンとセンスがいいのもありますが、何よりも怖い点は、ミスというか、わずかな綻びみたいなものがあれば、とことん、そこに食いつくところです。だから、フレオール様が鎧を着けてないのが、吉と出るか、凶にされるか、わからないんですよ」
「その辺りの理屈はわからないけど、私にわかるのは、あのお姫様がバカなことくらいですかね。私が見立てが正しければ、たぶん、あの娘は、今の自分が、自分の思っている以上にわかってないでしょう。戦いがどうなるかはわからないけど、なりふり構わずに頑張るんですよね。頑張ったところで無意味なのに」
かつての自分を重ね、自嘲気味に笑うベルギアットの姿に、賢い選択をした娘は微妙な表情となる。
「まあ、彼女がどれだけ本気かは、これからわかるでしょう」
魔竜参謀の言うとおり、得物を構えて向かい合う両者の高まる戦意は、ギャラリーに開幕が間近なのを如実に伝え、場が息を飲んでその時を待つ。
「では、このターナリィが見届けるゆえ、両者、己の誇りをかけて、存分に仕合なさい」




