帝都編32
「陛下。訪れたこの好機、見逃すべきではありませんぞ」
シダンスの策略によって道化役を担わされた点で、グォントとカーヅは同じであったが、両者には一つだけ異なる点があった。
前者は自分が道化であるのを理解していたが、後者は道化であるのを知らぬまま、道化役を演じさせられている。
もっとも、だからこそ、カーヅはこの秘密会議の席上、マヴァル皇帝と一部の重臣たちを前に、グォントのように苦悩することなく、自信満々に弁舌を振るえているのだが。
実のところ、グォントの密使が支援を打診してきた際、カーヅは薄ら笑いを浮かべて、
「敗者となれ合って何になりましょう。ましてや、我がマヴァルとアーク・ルーンの間では休戦が成っています。今は我が国の守りを固め、来るべきアーク・ルーンの侵攻に備えるべき時でありましょう」
と言っていたのだが、カシャーンの反乱軍がプロマキス城を落とした聞くと、態度を一変させた。
「ただ守りを固めているだけでは芸が無さすぎると言うもの。ここはグォント将軍を密かに支援して、カシャーンの反乱を拡大させるよう、計るべきでしょう。カシャーンの反乱が拡大すれば、それはゼラントやゼルビノなどの地に飛び火していき、アーク・ルーンに我が国に矛先を向ける余裕はなくなるというもの。いえ、そうなるよう、この機に動くべきなのです」
態度だけではなく、方針を一変させた手のひら返しは、マヴァル皇帝や重臣たちを唖然とさせた。
「大将軍のご意見はわかった。反乱が拡大すれば、たしかに我が国にとって、めでたい。だが、それが裏目に出れば目も当てられんぞ。休戦を破約したとして、アーク・ルーンがただちに攻め入ってくれば、せっかくの守りを固める時を失うことになる」
この席を余人を遠ざけ、秘密会議と銘を打っているのは伊達ではなく、マヴァルがアーク・ルーンに何か仕掛けたと発覚すれば、休戦の破約を責められるだけではすまず、軍事的報復を招くのは目に見えている。
そして、ロペス末期からの一連の戦いで多くの兵を失い、何より西の防衛線がズタズタになっているマヴァル帝国としては、新兵を訓練して戦力を回復し、西の防衛線を再建するのが急務であり、休戦の間にそれらをやってのけねばならない。
もし、ヘタな策を用いてそれが露見すれば、戦力の回復と防衛線を建て直す時を失ってしまう。
そんな重臣の一人の指摘に、しかしカーヅは笑みを絶やすことなく、
「我が国は動きません。動くのはマグ軍です」
ロペス軍とアーク・ルーン軍との戦いで多くの兵を失ったマヴァルと違い、マグ王国の軍はアーク・ルーンとの戦いで失われていない。
「前任者の無為無策のために、我がマヴァルは打って出るには、いささか兵が足りません。ですから、マグ軍に動いてもらう。これなら、例え失敗しても責はマグのものとなる。それに大きな声では言えませんが、そうなればアーク・ルーンの矛先はマグに向き、我らマヴァルの負担は軽減されましょう」
「カーヅよ。それはちと酷ではないか?」
凡庸ではあるが冷酷でも無情でもない、マヴァル帝国の若き新帝は、側近中の側近たる大将軍の献策に眉をしかめる。
主君の甘さにカーヅはため息をつくのをこらえ、
「陛下のお優しさは心得ています。ですが、国を守るためには、時に非情な決断も必要なのです。どうか、マヴァルのことをお考えください」
「わかった。大将軍の進言に従おう。マグ王国に密使を走らせよ。ただちに、だ」
皇帝の決断に大将軍は満足げに微笑み、深々と頭を垂れた。
コントロールし易い凡君に心から感謝しながら。




