帝都編31
旧カシャーン公国の南東部にはいくつもの城や砦がある。
地理的にカシャーンの南東部は、マグ王国、マヴァル帝国、ゼラント王国との境を接しており、その備えを反乱を起こしたグォントも、その討伐に動いたスラックスも、共に利用した。
グォントは山中にある砦に兵を集めて決起し、スラックスはその砦の至近の距離にあるプロマキス城に一個師団を派遣して、反乱軍の動きを封じて自滅させるつもりであった。
だが、当初の作戦は変更され、プロマキス城から五千の兵を出撃させ、反乱軍を攻めさせた。
多数の脱走兵を出すほど飢えに苦しんでいた反乱軍に選択の余地はなく、グォントは砦から出撃して山を下り、旧カシャーン兵はアーク・ルーン兵を蹴散らして、プロマキス城を奪った。
プロマキス城には兵糧がたっぷりとあり、グォントが一息ついたのも束の間、約八千の旧カシャーン兵は十倍のアーク・ルーン兵に包囲されていた。
こうなれば、アーク・ルーンの目的は明白であり、
「オレたちを撒き餌にするつもりか」
プロマキス城の城壁からアーク・ルーン軍を見下ろしながら、グォントはスラックスの意図をようやく察する。
旧カシャーン公国の若き勇将グォントは、筋骨たくましい武人であり、戦術眼のたしかな軍人であるがゆえ、祖国を戦わずに屈伏させた敵の策略に気づきはしたが、すでに策略にはまった今では遅きに逸したというもの。
どれだけ挑発しようが、プロマキス城を固く守るだけであった五千のアーク・ルーン兵が突如、出撃してきたことに違和感を覚えないではなかったが、これに応じねば飢え死にするのみだったので、グォントは全軍を以て打って出た。
八千対五千。数の上では勝るが、空腹の自軍では勝ち目が薄いと思いつつも、餓死よりも斬り死にの方がマシと考え、グォントは自ら先頭を駆ってアーク・ルーン軍の中に斬り込み、それでアーク・ルーン軍はあっさりと崩れたった。
敗走するアーク・ルーン軍がプロマキス城に逃げ込もうとせずに四散したのも怪しいものであったが、グォントは勝った勢いに任せてプロマキス城に入り、兵糧がそのままであったがゆえ、奪った城を新たな拠点として、奪った兵糧で兵士たちが空腹を満たしている間に、七万五千の兵を率いるスラックスが敗走したフリをした五千の味方と合流し、プロマキス城を取り囲んだ。
いかに腹が満ちようが、城の外に満ちあふれる軍勢は約十倍、勝ち目などあろうはずがない。
強きが盛え、弱きが滅ぶのが、戦乱の世の習わしだ。アーク・ルーンの方が強い以上、カシャーンが滅ぶのは必定であり、だから祖国の再興を願って起ったわけでもなければ、侵略者を憎んで剣を取ったわけではなく、ただ無念であっただけだ。
カシャーンの武人として戦うことなく終わるのがイヤというのが挙兵の理由であり、そうした想いを抱いていた騎士や兵士が思いの外おり、反乱軍は思った以上の数となったが、あいにくグォントらの思いはアーク・ルーンに通じなかった。
シダンスの策略でグォントたちは空腹と戦って終わると思っていたが、シダンスの方針変更はより悪辣だった。
プロマキス城と、何より兵糧を手に入れたことで、反乱軍の命数は延びたが、それはマヴァルとマグを引っ張り出すための作戦に他ならない。
マヴァル軍やマグ軍が来れば、グォントたちはそれに呼応して、内と外からアーク・ルーン軍を討てるほど、軍事は甘くない。
八万のアーク・ルーン軍はその兵力で、一隊を以て反乱軍を押さえ、残る兵でマヴァル、マグの軍勢を迎え撃つだけの数を有している。
特にマグ王国の国力で、ヘタに数万の援軍を出し、それが全滅すれば国を守る兵が足りなくなる。
アーク・ルーンの策略に利用されるぐらいなら、アーク・ルーン軍に斬り込んで討ち死にした方がマシなのだが、これまたそれを許すほどシダンスの策略は甘くない。
グォントはマヴァルやマグに密使を送ったことを全軍に伝えてある。あの時は兵に希望を与え、空腹に耐えてもらうためのものであったが、今はそれが仇になっている。
おそらく、グォントが出撃を命じても、騎士や兵士はそれに応じないだろう。
「敵の数は多いが、城を固く守れば対抗できる。我らが出撃するのは、マヴァルやマグの軍が来た時だ。兵糧は充分にあり、援軍も情勢の変化も待つことはできるのですから」
誰とて積極的に死にたいわけでも、勝ち目のない戦いに挑みたいわけでもない。光明のある内はそれにすがろうとするものだ。
それが巧妙に用意された、偽りの光と気づかぬ内は。
兵糧がある内は、グォントがどれだけ命じようとも、無謀な出撃に従わぬのは明白。つまり、アーク・ルーンの策略に利用されるしか道がないのだ。
地上最強、絶対無敵と思われた竜騎士を抱える七竜連合、それをまとめて圧勝し、祖国を含む十ヵ国を戦わずに屈伏させた魔法帝国アーク・ルーンを、グォントは敵にするには巨大な存在と考えて甘く見ていたつもりはなかった。
しかし、カシャーン随一の勇将たる自分の刃ならば、アーク・ルーンという巨人に傷ひとつくらいは刻めると思ったが、そう思った時点で、竜騎士の強靭な牙が通じなかった敵を甘く見ていたということになるだろう。
そして、巨人の面の皮の厚さを見間違えた勇将は、傷ひとつつけれぬ皮の厚い手のひらの上で踊ることになってしまった。
アーク・ルーンの思惑どおりに。




