帝都編28
「グォント将軍はマヴァルとマグに密使を送ったようですな」
魔法帝国アーク・ルーンの新たな領土となったばかりの、旧カシャーン公国にある城の一つの、その一室にて、シワだらけの老いた顔に皮肉めいた笑みを浮かべ、シダンスはこの地で起きた反乱の新たな展開を、将たるスラックスに報告する。
反乱の首謀者グォントは、戦場でゼラントの竜騎士を討ったこともあるカシャーン一の勇将で、若いがその勇名は高く、アーク・ルーンと直に戦ってその恐ろしさを充分に理解できていないこともあり、その挙兵に応じて一万以上の兵が集い、今は一万以下となっている。
スラックスの第五軍団はベネディアなどの新領土の地ならしを行っており、グォントはその第五軍団がカシャーンにやって来ると同時に、反逆の兵を挙げた。
十万の兵に真っ向から挑むような行いだが、策を弄するタイプではないグォントは、正面から勇敢に戦って勝敗を決しようと考え、しかしアーク・ルーンは戦わぬ方策を採った。
正確にはシダンスの献策で、
「反逆者たちの側にある城に一個師団も入れ、その動きを牽制させれば充分、その後方にさらに二個師団を置けば万全、これで反乱軍は自壊しましょう。我らは残る八万五千で、粛々とこの地の地ならしをしていれば、自然と吉報が届きましょうて」
こうして肩すかしを食らった形のグォントは、たちまち兵の腹が空く事態に見舞われた。
昨年の大寒波の影響で、カシャーンだけではなくこの一帯の国々は慢性的な食料不足に陥っている。アーク・ルーンからの配給が生命線という村や町はいくらでもあるのだ。
この食料難こそシダンスの策の土台であり、長期戦に持ち込まれたグォントの反乱軍は、元から少ない兵糧があっさりと尽きた。
目の前のアーク・ルーン兵五千は城にこもって動こうとせず、手元の兵では力ずくで攻め落とせるものではない。城を無視して進めば、五千の兵に背後から襲われるだけだ。
意図的に敵に後ろを見せ、城から誘い出した所を反転して迎え撃つという戦法など、寄せ集めの反乱軍に望みようがなく、打開策も兵糧もないグォントの反乱軍はじわじわと自壊を始めていった。
グォントが凡将であったなら、望みどおりに正面から叩き潰しただろうが、その手腕を警戒してシダンスの策略と提案をスラックスは是としたのだ。
空腹に耐えかねて逃げ出すカシャーン兵は一千を越え、このままでは何もできずに終わると悟ったグォントは、シダンスの報告するとおりにマヴァル帝国とマグ王国に密使を送ったのだが、
「今さら、他国の支援を求めても無意味でありましょうが、我らにとっては利用できる状況でありますな」
密使がマヴァルとマグの首都にたどり着き、会議を開いて反乱への支援が決定し、両国の支援がグォントの元に届く頃には、兵糧の尽きた反乱軍はとっくに瓦解しているだろう。
兵糧攻めが成立した時点で、反乱軍には戦わずに崩壊する以外の末路はなく、反乱にマヴァルやマグを利用するつもりならば、挙兵以前に密使を送って事前に準備しておくべきであったのだ。
ただ、グォントの打つ手が遅いと断じるのは酷であろう。元々、他国の力を当てにしての挙兵ではなく、また当人も策を弄するタイプではない。シダンスの策に追いつめられたグォントには、無意味とわかっていてもこれ以外に打つ手はないのだ。
空腹の兵を引き留めるために示す偽りの希望は。
が、偽りの希望は偽りのものでしかない。このまま現状を維持しても、早晩、飢えた反乱軍は何もできぬまま潰えるという基本方針を、
「こちらで延命を計ってやれば、この度の反乱がマヴァルやマグに巻き込んでのものとできますじゃ。そのための許可をいただけませんかな?」
「しかし、そううまくいくか。特に、マヴァルはこちらとの休戦が成り、今は国の守りを固めるのが最善のもののはず」
副官の方針変更を頭から否定しているわけではなく、謀才に乏しいスラックスはもう少し詳しく説明してもらわねば、シダンスの新たな絵図面が理解できぬのだ。
そうした上官の気質を知るシダンスは、
「最もな疑念であり、もし、マヴァルのレヴァン将軍が健在なれば無益な策動となりましょう。ですが、カーヅなる者なれば、この策は大益を生むことになりましょうぞ」
「目先の利益につられ、大局を見失うか。たしかに、カーヅなる将ならばやってしまいそうなことだな」
謀は苦手でも、知性や洞察力に優れるスラックスは、シダンスの狙いに気づくが基本戦略の反する点にもなった気づく。
「だが、ここでカーヅを失敗させては、今後に悪い影響を及ぼすのではないか?」
マヴァル帝国の大将軍たるカーヅの、喪中にあるので攻撃をひかえてほしいというふざけた申し出にアーク・ルーンが応じたのは、カーヅの愚策がうまくいったように見せかけることで、マヴァルがその愚策の通す易いように仕向けるためだ。
カーヅの愚策を逆手に取るなど容易い。しかし、マヴァルの皇帝も重臣一同もカーヅを盲信しているわけではない。こうも早く失敗や失脚させては、カーヅの愚策を充分に利用できなくなってしまう。
カーヅのような愚者が権勢を振るうほど、マヴァル帝国は弱体化していくのだから、ここで目先の策のために大略を台無しにする点に、
「だからこそ、マグも巻き込むのです。こちらの策動に引っかかったのにカーヅが気づいたならば、自らの不明を明らかとせず、マグ王国に責任転嫁しますでしょうな」
マグ王国をわざと攻撃せず、アーク・ルーンと通じているように見せかけ、マヴァル帝国と不信を抱かせるのも、基本戦略の一つである。
今回のカシャーンの反乱にマヴァルとマグが噛んで失敗した際、カーヅの性格からしてマグの責任を言い立てるのは明白であり、それがマグの不興を買うことも明白であり、元から信頼とは無縁なマヴァル帝国とマグ王国の関係が悪化するのも明白というもの。
つまり、マヴァル帝国との対立からマグ王国が孤立して、再来年以降の第五軍団の軍事行動がより行い易い状況となるということだ。
「なるほど。では、方針を変更せぬ理由はないな。それでは私は全軍を率いて現地に急行しよう。あまり時を置くと、空腹の兵に城を奪われるのを不自然に思われるからな」




