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過去編2-6

 トンベクレ公国の公都は、アーク・ルーン軍によって制圧され、トンベクレ大公とその家族も捕らえられて、今、その処刑がサムの手で執行されようとしていた。


 トンベクレ大公が自国に亡命してきた魔術師たちに命じた魔道実験が大失敗し、南東部の一部が瘴気に呑まれるという非常事態に際して、トンベクレ公国は何もせず、侵略者たるアーク・ルーン軍が行きがかり的にその解決に当たった。


 そして、アーク・ルーン軍が瘴気による被害に一通りの対処を終えた直後、トンベクレ軍が公都より出撃して来たので、シュライナーとしてはしばし小首を傾げてから、これがベルギアットの謀略であるのを察した。


 トンベクレ軍がもう少し早く出撃していれば、シュライナーは南東部の対処をしつつ、敵軍を迎え撃たねばならぬ、苦しい戦いを強いられていたが、この時点でトンベクレ軍が来襲してきても、アーク・ルーン軍は敵軍を全力で迎撃できる。


 そもそも、トンベクレ軍に背後から襲われぬよう、一万五千の味方を公都への牽制に配置しているのだ。その一万五千のアーク・ルーン兵に阻まれずに、トンベクレ軍がシュライナーらの元に向かえるということは、意図的に阻止行動をしていないとしか考えられない。


 元々、シュライナーとベルギアットは、メドリオーと共にミベルティン帝国の攻略担当であり、トンベクレ公国はメガラガの軍団のみで征服する予定であった。ミベルティン帝国の方がはるかに国として大きいのだから当然の配置であろう。


 だが、弱小国であるトンベクレでメガラガが大敗してシュライナーが引っ張り出され、そのシュライナーも手こずっているので、ベルギアットもトンベクレにトドメを刺すべく暗躍を始めた。


 メドリオーが二十万のミベルティン軍を大破し、ミベルティン帝国の戦況が予想以上に良いのも、ベルギアットがトンベクレに向かった理由の一つだろう。


 まさか、メドリオーがミベルティンの小城を攻めている最中、負傷して敗走するなど予想できるものではなく、ベルギアットは義勇軍との戦いで捕虜とした軍監を用いて、トンベクレ公国の最終楽章を奏で始めた。


 クズにはクズの使い途がある。言われたとおりにすれば命が助かるばかりか、領地と財産を倍にすると言われ、その軍監はためらうことなく祖国と良心をアーク・ルーンに売り渡した。


 軍監が名門貴族であったこともあり、そのツテを使ったベルギアットは、瞬く間にトンベクレを内部から侵食し、再編途上のトンベクレ軍四万を思うがままに出撃させ、その調理をシュライナーはサムに任せた。


 地形を利用した罠を得意とするサムは、四万の同胞を南東部まで引っ張り込んだ。


 当然、そこには瘴気でこの世のものとは思えぬ光景が広がっており、それを目にして唖然となる四万の同胞に、サムは二千数百の同胞を率いて突っ込んだ。


 機先を制した形だが、双方の数は違いすぎる。四万のトンベクレ軍の両側面にシュライナーは約四万ずつアーク・ルーン兵を回り込ませ、さらにタイミングを見計らって一万五千のアーク・ルーン兵が背後に現れて、トンベクレ兵を四方から攻め立てる。


 四方から攻撃を受ける四万のトンベクレ軍だが、正面から襲いかかるサムたちは三千に満たぬ数ゆえ、一時は機先を制されて痛撃を受けたが、それも一時のことで、トンベクレ軍は正面突破を断行して少数のサムたちを蹴散らしてのける。


 実のところ、サムはトンベクレ軍の正面突破を無理に阻まぬようにあらかじめ命じていたのだが、前進に前進を重ねて、背後と両側面のアーク・ルーン兵を振り切り、窮地を脱したトンベクレ兵の先に待っていたのは、瘴気に汚染された土地と水と大気であった。


 魔術や瘴気に関する知識のないトンベクレ軍は、人が住めなくなった地に踏み込み、進んで、見る見る内に弱体化した。


 大地と空気に含まれる毒素も、少しだけなら人体に影響はないが、それを何日も接し続けて倒れるトンベクレ兵も出たが、それよりも深刻なのは瘴気に汚染された水を口にした場合で、黒い水を飲んだトンベクレ兵は、その場で倒れて立ち上がれなくなった。


 水も飲めず、ろくに休めない環境で一万人が死に、その一万がゾンビとなって弱ったトンベクレ兵を襲い、トンベクレ兵はさらに五千の死体を動けなくなるまで損壊した時、立つのがやっとという残り約二万五千の内、一万が方々に逃げ散り、一万五千がアーク・ルーン軍に投降した。


 降ったトンベクレ兵はそのままアーク・ルーン軍とサムたちの前に立たされ、公都へと強制的に歩かされたのは、公都を守るわずかなトンベクレ兵に主力の無残な姿を見せ、その戦意をくじくという意図は、ベルギアットの謀略によって頓挫させられることになる。


 すでにベルギアットの采配で、残存兵力の大半を占める四万のトンベクレ軍の大敗は速やかに公都へと伝わっているだけではなく、軍監を通じて有力貴族たちに大公一家を差し出せば命を助けるとの、内応の打診も密かにしてあったのだ。


 最後の主力部隊の大敗に、大公一家がミベルティンへと亡命しようとするより先に、有力貴族たちが徒党を組んで決起し、忠臣たちを血祭りに上げ、大公一家を捕縛するや、シュライナーの元に降伏の使者を出して、トンベクレ公国の幕を裏切りによって閉じた。


 そして、アーク・ルーン兵と民兵に背後から刃を突きつけられ、立つのもやっとの体で無理矢理に公都まで歩かされた約一万五千のトンベクレ兵たちは、開かれた城門の前で縄で縛られた大公一家と、勝者に媚びへつらう貴族たちと対面することになった。


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