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過去編2-4

 この岩場にサムが陣取ったのは、守り易いという理由だけではない。


 アーク・ルーン軍が再度、来襲した際、サムはこの岩場に敵を引きずり込み、地形を利用して大軍を分断して叩く策を漠然と考えてはいた。


 が、シュライナーの再来襲があまりにも速く、作戦を具体的に考える間もないまま、味方の暴走という隙を見せた義勇軍は、アーク・ルーン軍に敗れた。


 サムと味方の一部を捕らえられたとはいえ、指揮を引き継いだトーマスは、アーク・ルーン軍の撃退に成功したものの、兵糧を焼き払ったシュライナーの一手が、結局は致命傷になった。


 焼け残った兵糧や、岩場に生える野草などもかき集め、それを節約してなるべく日数を稼いでいる間に、トーマスは状況の打開を計ろうとはしたのだ。


 近隣の味方に兵糧や援軍を求めたが、後続の味方と合流したシュライナーは、トーマスの打つ手をことごとく封じた。


 九万以上の大軍があるのだ。岩場に通じる街道を全て封鎖するのも容易く、トンベクレ軍の援軍や輸送隊はアーク・ルーン兵に追い払われ、外からの救いの手を全て断たれた。


 ならば、トーマスは岩場から打って出て、アーク・ルーン軍を突破しての脱出を計ろうとしたが、それも油断なく構えるシュライナーの前に虚しく日数を費やして終わった。


 サムが考えていた岩場を利用した計略も、トーマスの考えが及ぶところではない。いや、仮にサムが健在でも、アーク・ルーン軍が目の前にいては、怪しい動きを見せれば警戒され、計略に軽々に引っかからない可能性が高い。


 速攻と強攻のシュライナーの判断は正しく、失策を犯した義勇軍に挽回の余地を与えなかったのが、アーク・ルーン軍の勝因であったと言えるだろう。


 もっとも、後日、部下がこれを以てサムとの戦績は一勝一敗と言うと、


「サムが勝ったのは実力だが、小官が勝ったのは偶然だ」


 シュライナーは憮然とそう答えたが、運も実力の内であるならば、不運が敗因であったとしても、サムの敗北も兵家の常であったとしか言いようがない。


 もちろん、運不運のみで勝敗が決したわけではない。失策を挽回せんとしたサムやトーマスの必死な足掻きを、全て叩き潰せたのは間違いなくシュライナーの実力だが、その実力も先の敗北があってこそのものだろう。


 先のサムとの一戦で敗北するまで、シュライナーは敬愛するかつての上官、メドリオーを手本にした指揮を念頭においていた。が、その後は堅実なメドリオーが多用するわけではない速攻や強攻を行っている。メドリオーの戦い方が間違いと思ったわけではない。ただ、サムやトーマスを相手にした時、いちいちメドリオーならばどうしたと考えている余裕がなかっただけだ。


 そうした戦いを終えたシュライナーが気づいたのはただ一事、


「自分は思ったより指揮官としてそれなりにやれるのだな」


 メドリオーを手本とするのは間違いではないが、それをなぞるだけの戦い方では、サムのような一流の将帥に叩き潰されるだけなのは証明された。


 メドリオーならば自身の堅実な戦い方で、サムと互角以上に渡り合えるだろう。だが、シュライナーにはそれができなかった。だが、がむしゃらに戦ってサムに食らいついていくことはできた。


 メドリオー自身の戦い方が間違っていないのはメドリオー自身が証明している。シュライナー自身の戦い方が間違っていないのは、サムとの戦いで証明された。


 正解はまだわからずとも、以前の自分が正解ではなかったことはわかった。いや、サムに気づかされた。


 だから、捕らえたサムも、兵糧が尽きて降ったトーマスにも丁重に対応した。


 いや、二人だけではなく、捕虜となった民兵たちをアーク・ルーン兵はきちんと扱っていた。


 大した犠牲も苦労もなく討ち取れるトンベクレ兵よりも、多くの犠牲と苦闘を強いた民兵たちの方を称賛する心理は、当人らも不思議ではあったが、それが彼らの偽ざる心境であり、シュライナーはそうした味方の心情を代表して、サムとトーマスに協力を申し出たが、当然、二人も民兵たちも首を縦に振るような相手ではない。


「別に死にたいわけじゃないべ。けど、味方と戦ってまで助かるのはイヤだ。何もしなくても助けてくれるなら嬉しいけんど、味方を殺して助かるのは絶対にイヤだべ」


 サムの返答は、民兵たちの心情を代弁しているようなものでもあった。


 サムは泰然と、トーマスは覚悟を決めた表情で、民兵たちも恐怖に震えながらそれに耐え、侵略者の手先になるのを拒んだが、シュライナーとてこれで唯々諾々と従うような味方は欲しいと思わない。


「実はトンベクレが亡命した魔術師たちを使い、危険な魔術、禁術というものを使い、起死回生を計っているそうだ。そして、その禁術は現在、南東部で行われているとのことだ」


 トンベクレ公国の南東部はサムたちこの場にいる民兵の故郷がある。これには一同の間に動揺が走った。


「オマエたちはその地の地理に詳しいだろうから、我が軍の案内を頼みたい。我が軍にとっては成功していても失敗していても困る状況だが、オマエたちには失敗していれば看過できないことのはずだ」


 禁術が成功していれば、アーク・ルーン軍が困るだけで、トンベクレ公国もサムたちも困るどころか、祝杯を挙げて喜ぶだろう。


 だが、禁術が失敗していれば、アーク・ルーン軍よりもトンベクレ公国やサムたちの方が困ることになる。


 暴走した禁断の魔法を前に、アーク・ルーン軍は一時撤退の選択肢もあるが、トンベクレ公国やサムたちには放置という選択肢はない。


「……わかっただ」


 最悪の状況にあったのなら、トンベクレ軍よりもアーク・ルーン軍の方が頼りになる。最悪の状況に対して、アーク・ルーン軍の協力を得るには、最低限、こちらも協力の姿勢を見せておかねばならない。


「わかっただ。あんたらの話が本当なら、オラたちは道案内でも何でもやらせてもらうべ」


 シュライナーが自分たちを味方にするためにウソをついているとは、サムは思ってない。そんな口先で丸め込もうとする人物でないのは、戦えば、そして相対すればわかる。


 ただ従えるのと、味方とするのは違う。前者は脅せばいいだけだが、後者は敗者であろうと誠意を尽くして得られるものだ。


 禁術は行われているが、成功したか失敗したかはわからない。これにウソはなく、またシュライナーは成功していた時は、手のひらを返すも、面従腹背もご自由にという態度で、サムたちに精一杯の誠意を示している。


 懐柔するための甘いだけの態度ではない。誠意を示すことで、自分たちには誠意が通用すると暗にアピールしているのだ。


 つまり、禁術が失敗していて困った時、誠意を示せば助けるよと、これも暗に告げているのだ。


 だから、サムは頭を垂れたが、それは敗者だからではない。


 度量を見せて敬服させねば、真の味方は得られないとわかっている、一流の将帥を前にして、自然と頭が下がったのだ。






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