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過去編2-1

「ダメだべ。出撃したらやられるだけだ」


 トンベクレ公国の将軍であるサムは、軍監に強い口調で意見を退けると、傍らに立つ義父も大きくうなずいて、無謀な出戦を主張する男を睨みつけた。


 トンベクレ公国はミベルティン帝国の北西にある小国なのだが、そのさして広くない国土の半分をアーク・ルーン帝国によって奪われていた。


 小国であるトンベクレはミベルティンを宗主国として仰ぎ、トンベクレ大公はミベルティン皇帝に臣下の礼を取っている。


 毎年、ミベルティンに貢ぎ物をしているトンベクレは、このような時、宗主国に援軍を頼んでアーク・ルーン軍と戦ってもらうのだが、そのミベルティン帝国もアーク・ルーン帝国の侵攻を受け、先日、二十万のミベルティン軍が大敗している。


 一方、トンベクレ公国は十万のアーク・ルーン軍を二度に渡って撃退していた。


 アーク・ルーン軍に攻め込まれた直後のトンベクレ公国は、正に連戦連敗、ついにトンベクレ軍は兵の大半を失い、国土の半分を奪われるに至った。


 宗主国ミベルティンの手前、降伏もできぬトンベクレ公国は、残った正規兵を公都に集結させつつ、各地で民兵の決起を促した。


 公都への戦力の集結と防備の強化を果たす間、民兵をぶつけてアーク・ルーン軍を足止めするのがトンベクレ公国の首脳部の思惑であったが、それは良い意味でサムという一人の農夫によって裏切られた。


 サムはトンベクレ公国南東部にある数多の農村の一つで、小さな畑を耕して妻子を養うありふれた農夫であったが、唯一、ただの農夫と違ったのは、妻の父親、舅が元軍人であった点であろう。


 昔の血が騒いだか、軍を退いても国のための戦う心を失っていなかったか、娘婿を引きずるように民兵として決起し、その軍事的な才能に瞠目することとなった。


 ロペス王国の末期、侵攻して来たマヴァル軍に立ち向かった平民の中で、頭角を現したロックの元に民兵が集まり出していったように、サムが三千の民兵を統率するようになると、メガラガ率いるアーク・ルーン軍十万と戦い、くぼみを利用した罠で大破して、その農村ではありふれた名を轟かした。


 わずか三千に万を越す兵を討たれたメガラガが後退すると、次にシュライナー率いる十万のアーク・ルーン軍と戦い、これも打ち破った。


 サムによって隘路に引き込まれたシュライナーは、二千の兵を失いつつも、約九万八千の兵と共に危地から脱し、さしたる時日を置かずに負傷と疲労の少ない一万の兵と共に、サムに再戦を挑もうとしている。


 シュライナーとの初戦の直後、トンベクレ大公からの使者が訪れ、サムに将軍の位を与えた。それは肩書きだけのものだが、それでも一介の農夫の功績を認め、名ばかりでも将軍の位を与えたトンベクレ大公は、若いができた人物ではあるのだが、問題は大公が与えたのは地位だけでなかった点だ。


 メガラガを破った功に報いるために訪れた使者は、シュライナーも破ったことに驚きつつも、その勝報をもたらすために大公の元に戻った。


 一人の軍監とその取り巻きを残して。


「サムなる者はよくやってくれてますが、所詮は農夫にすぎません。その手下も無知無教養な平民の集まりです。今はうまくいっていても、いずれ専門知識の無い点が問題となりましょう。今すぐ軍学を修めた優秀な軍人を派遣し、民兵どもが失敗せぬように手を打つべきです」


 その将軍は民兵の指揮権を自分の部下に与えるように進言したが、トンベクレ大公はその優秀な軍人が連戦連敗する様を見ているので、その主張を全肯定することはなかった。


 ただ、民兵に軍事の専門家がいないという点は無視できず、軍監をあくまでアドバイザーとして派遣したのだ。


 が、トンベクレ大公の意に反して、その軍監はサムたち民兵を見下し、自分が新たな指揮官とばかりに尊大な態度を取り、


「何を言う! 敵は一万! しかも、こちらを素通りし、無防備な背後をさらしているのだ! ここで打って出れば、我らは敵の背中を一方的に突き、勝利は確実なのだぞ! そのようなこともわからぬのか!」


「味方は三千だから、一万より少ないべ」


「何を言う! こちらは三千で十万を破ったではないか! しかも、二度も!」


「一万でも十万でも、ここを守っていれば、守り切れるべ。でも、打って出れば負けるべ。一万でも十万でも」


 シュライナーがあまりに早く再来襲したため、サムも新たに地形を利用したトリックや罠を用意できず、天険に拠って守りを固めることしかできなかった。


 だが、民兵が拠る岩場は天然の要塞であり、シュライナーもそこをマトモに攻めても無駄と悟った。


「軍監殿。敵はこちらを誘き出すためにわざと背中を見せているのです。こちらが打って出れば、敵はたちまち反転して、三千対一万の戦いとなり、勝ち目はありません。ここは敵が通りすぎるのを待ち、次に来る敵の後続も全て見送ってから、出撃するのです。敵が公都に攻め寄せれば、我らは背後を突き、敵が反転するようなら、再びこの岩場に戻って守りに徹すれば、敵の足止めとしてはこれで充分でしょう」


 言葉が足らず、なまりが多い娘婿に代わり、元軍人の舅は理路整然と策を語る。


「足止めでは、敵を倒せぬではないかっ!」


「時が経てば、公都の守りが強化され、軍の再建が進み、ミベルティンからの援軍も来ましょう。アーク・ルーンの強さに萎縮している味方が勇気を取り戻し、武器を手に決起することも期待できます。遠征軍に対して長期戦は有利。これは軍事の常識ではありませんか」


 さすがに軍事の基礎の基礎を語られては反論のしようがなく、

「チッ、これだから無学な平民は……」


 軍監は舌打ちと捨てゼリフを残して、サムの前から荒々しく立ち去って行く。


 ようやく迷惑な手合いがいなくなると、


「オヤジさん。何かややこしいことを言って来たが、大丈夫だべか?」


「心配はない。奴らが何を言おうが取り合わねばいいだけだ。兵はこちらが掌握しているのだからな」


「わかった。早く決着をつけて、女房と子供のトコに戻りたかったけんど、あの将軍を相手じゃそれも無理だべ」


「ああ、そうだ。戦において最も肝心なのは、勝つことよりも負けぬこと。それよりも大事なのは死なぬことと、大事なものを守ることだ」


「うんだうんだ、オヤジさん」


 舅の言葉にサムは、失ってはならぬものを失った男は、何度もうなずいた。



次は帝都編、その次は過去編2としばらく変則的に進行します。

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