帝都編17
何の実りもないまま、財務大臣と吏部大臣との会談を終えたフレオールは、皇宮というより弟と妹の元にナターシャを送り届けてから、五人の元王女とオクスタン侯爵邸に帰るなり、
「あっ、ごめん。今からサリッサの所に行ってくれない?」
そうフュリーに告げられ、再び馬車を走らせることになった。
もちろん、全員で行く必要はないが、フレオールが行くとなれば、シィルエールとミリアーナが同行しないわけがない。何より、いい機会だからとサリッサと面識を得た方がいいと考え、ティリエラン、クラウディア、フォーリスに同行を促したのだ。
トイラックは妹を普通に大事に思っているだけだが、ネドイルの異常な溺愛ぶりは言うまでもない。それを思えば、ナターシャも誘うべきなのかも知れないが、皇宮に回るとだいぶ遅くなる上、時刻も夕刻に近いので、フレオールは直に馬車をトイラックの屋敷に向かわせた。
帝都にあるトイラックの屋敷は元々、ネドイルが死刑執行書にサインしたある伯爵のもので、ファリアースの屋敷に比べれば二回りは小さいが、それでも周りの屋敷よりは大きい。
その兄の不在の屋敷にサリッサは一人どころか、三十人余の子供と暮らしているので、音量という点でも周りの屋敷よりも大きかった。
慈善活動を行っているサリッサは、その一環として帝都のストリートチルドレンのごく一部を保護しているので、トイラックの屋敷はほぼ孤児院と化しているのだ。
サリッサの慈善活動は孤児院の運営だけではなく、定期的な炊き出しなども行っているが、トイラックはアーク・ルーンの高官であると同時に五千戸の領主であるので、慈善活動の資金は兄の収入で何とかなっている。
もっとも、慈善事業の支出が今の何倍になろうと問題はない。兄以上の高級取りである、三十万五百戸を有する大宰相がいくらでも資金を出すだろう。
また、大宰相の存在が見え隠れするので、元伯爵邸のご近所さん、アーク・ルーン貴族たちは近くで小汚ない孤児が暮らしていることに眉をしかめつつも、命が惜しいので文句や苦情を言うことはない。
中には命知らずがいて、かつてトイラックの屋敷に汚物を投げ込んだアーク・ルーン貴族は、犯行から一日と経たずに憲兵に逮捕されて処刑せれている。
何しろ、前任の憲兵隊長はトイラックに心酔するブラオーだったのだ。犯人逮捕にかける執念が違った。
そして、サリッサの身を案じる気持ちはブラオーの部下たちに引き継がれ、この辺りは貴族の居住区とはいえ、憲兵が頻繁に巡回している。
こうして多くの者に支えられ、慈善活動を行うサリッサだが、まだまだ若い彼女ではどうにもならぬこともあり、そういう時に頼るのがフュリーだ。
忙しい兄に頼れるものではなく、ヘタにネドイルに頼ろうものなら大事になってしまうので、心苦しいがサリッサは小さい頃から知るフュリーを頼ることが多い。
子供好きのフュリーがこの孤児院によく訪れ、何くれと手伝ってくれるので、内部事情に詳しいというのもあるだろう。
子供の世話があって孤児院から離れられないサリッサは、そこらを歩いていた顔見知りの憲兵に声をかけて、オクスタン侯爵邸へと走ってもらった。
元野盗の親分であったブラオーの部下、つまり野盗あがりの憲兵たちは、真っ当な職と生き方を与えてくれたトイラックに感謝しており、その妹の頼みとならば、目の前に他殺死体があってもオクスタン侯爵邸に走っただろう。
サリッサの伝言は憲兵からフュリーに伝わり、末の息子に丸投げされて、フレオールらを乗せた馬車はトイラックの屋敷に到着した。
勝手、知ったるほど訪れたことのある屋敷なので、馬車を子供たちの遊び場と化した中庭に適当に止め、フレオールは五人の元王女を先導して、まっすぐに厨房へと向かう。
時刻的に夕食の準備をしているというフレオールの考えは的中し、厨房では何人かの子供とエプロン姿のサリッサが調理に勤しんでいた。
兄よりも色素の濃い茶色の髪をポニーテールにし、兄よりも光沢のある銅色のサリッサは、十八という年よりも二つ三つ下に見えるが、その分、子供たちを前に無邪気に笑う姿は素朴な可愛さにあふれていた。
「あっ、フレオール様。よく来てくださいました。もうすぐ終わりますんで、すいませんが、先に居間で待っていてくださいませんか?」
来客に気づいたサリッサが、大鍋をかき混ぜながら一礼すると、
「じゃ、オレが案内する」
子供の一人が居間への案内役を買って出る。
案内されずとも、フレオールは居間の場所はわかるが、料理当番をうまくサボろうと真っ先に手を挙げたその子供の意図に気づき、サリッサも苦笑しながらも「失礼のないようにね」と許可するが、
「少し待ってくれ。ついでに茶を用意していく」
そう言うや、慣れた手つきでカップの用意を始める。
「すいません。それでは、八人分、お願いします」
フレオールと元王女たち、それとサリッサで七人となる。込み入った話の場に子供を同席させるわけがないから、もう一人分が用件と関係あるのだろう。
八人分のお茶を用意するとなれば、いくらか手間と時間はかかる。その時間を利用して、子供に聞かれても大丈夫な辺りくらい聞いておくか、とフレオールは考えたのだが、
「ヒューッ、ヒューッ、フレオールの兄ちゃん、モテモテじゃん」
「こっちの姉ちゃんたちも、リサ姉ちゃんより美人だぞ」
「けど、この黒髪の姉ちゃん、リサ姉ちゃんより胸がない」
「でも、フュリーおばさんよりは胸があるぞ」
「あっ、おばさんって言った! しかも、貧乳って! 言いつけてやろ!」
「バカッ! 止めろ! オレ、殺されんじゃん!」
「コラッ! 男子! いい加減にしなさい!」
「そうだよ。はしゃぐのを止めて、ちゃんとゴハンを作ろうよ」
「うるせいよ、ブス」
「そうだ、黙れ、ペチャパイ」
「うるさいのは、あんたたち! それと、黙って手を動かしなさい!」
「そうよ! ふざけて何もしないなら、ゴハンなしだよ!」
「ふざけるなよ! 何でオマエがそんなことを決めんだよ」
「じゃあ、みんなに聞いて見ようか? 料理当番をサボったあんたらがゴハンを食べていいか?」
「そうだよ。そうしようよ、リサお姉ちゃん」
「う~ん、さすがにそれは可哀想かな。けど、バツがないとみんな納得しないなら、フュリー様を呼んでゴハンを作って……」
「ごめんなさい、リサ姉ちゃん!」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「後生だから、それだけは許してよ!」
「それなら、今日はゴハン抜きでいいから、カンベンして!」
「リサお姉ちゃん、私からもお願いするから、男子を許してあげて」
「こいつらも反省しているみたいだから、もうこれでいいよ」
「それより、みんな、お腹を空かせて待っているから、早くゴハンを作ろうよ」
「私もお腹ペコペコだから、そうしよ」
シィルエールとミリアーナがべったりとくっつくフレオールへの冷やかしから、ふざけ出した男子とそれをたしなめる女子との口論が始まるが、それもサリッサの提案ひとつで一気に、男子一同は青ざめて土下座し、女子一同はそのフォローに回る。
「あっ、湯が沸いた」
子供たちがケンカして仲直りしている間に、料理の使わなかった冷めた残り湯を沸かし直したフレオールは、手際よく八つのカップにお茶を注ぎ、それをトレイにのせて居間へと向かった。
左右からシィルエールとミリアーナに腕を組まれた状態ながら、器用にトレイを持って。




