プロローグ10
「そうかい。叔父さんが無事だったのかい。そいつは良かった。うちとしては看板娘が二人ともいなくなるのは残念だけど、身内と再会できたのは、本当に良かったね」
二年近く住み込みで働いていれば、小太りな女将さんが、その横で同じく我がことのように喜んでいる親父さんが、本当に良かったと心から喜んでいることがわかり、彼女の胸の内に熱いものが込み上げてくる反面、胸に痛みを覚えるのは、恩人に対して名前も身分も事情も、そして姿も偽り続けた後ろめたさのためだろう。
地位や身分はもちろん、能力さえあれば性別も問わずに高い地位を得られる魔法帝国アーク・ルーンは、たしかに女将軍が何人かおり、他国に比べればまだ開明的ではあるが、それでも社会構造が男性優位な点は他国と変わらず、女性が独りで生きていくだけ稼げるのが風俗業に限られるのも他国と同じだが、これには他国と同じ例外がある。
多種多様な労働力を求める大都市においては、体を売らずとも女手ひとつで暮らしていくのが可能であり、帝都に流れ着いた女ふたりが男に頼らずにやってこれたのは、しかしこれだけの大都市なら珍しいことではない。
それでも炊事も接客もろくにできなかった娘ふたりを雇ってくれ、一からいっぱしの仕事ができるようになったのは、店主夫婦の恩情によるところが大きいというもの。
だからこそ感謝しており、ようやく一人前の仕事ができるようになって急に辞めることには、
「申し訳ありません。これだけ面倒をかけておきながら、こんなに急に辞めることになってしまって」
「まっ、仕方がないさね。初日の仕事ぶりからして、何かワケありなのは見え見えだったからね。それでも雇ったのは私たちなんだ。あいさつも無しにいなくなるような不義理をされなかった分、マシってもんだよ」
本当に何もできなかった初日の仕事ぶりを思い出して娘は赤面しつつ、ますます感謝に頭を下げる。
実際にワケありの身であるので、当局に発見されれば見抜かれたとおり、あいさつをする間もなく逃げていただろう。
もっとも、当局に与する叔父に発見されたからこそ、こうしてあいさつはできる反面、逃げることができなくなったのだが。
そして、伊達に何十年と客商売をやっていない女将は、
「けど、その叔父さんとやらについて行って大丈夫なのかい? あんたの身内を悪く言うつもりはないけどさ。たしかに私らみたいなのにもちゃんとあいさつをする、立派な人ではあったよ。ただ、何て言うのか、うまく言えないけど、身内のあんたを見る目と、赤の他人の私らを見る目が同じように感じられたんだよ。思いすごしかも知れないけどさ」
観察眼の確かさもあるのだろうが、思い込みによる部分もあるのだろう。
明らかに平民の生まれとは思えない美しい姉妹が、こんな場末の飯屋に職を求めて来たのだ。ワケありなのは明白であり、その事情が先日、訪ねて来た『叔父さん』にあると勘ぐったとしても無理はあるまい。
「たぶん、叔父も色々とあったんでしょう。けど、決して悪い人ではないですから、心配はいりません」
本当は大丈夫ではないのだが、叔父について行かねば、両親や弟に最後に会う機会を逸するし、妹に会う可能性も失ってしまう以上、そう言うしかない。
「わかったよ。あんたがそう言うなら大丈夫なんだろうね。けど、何かあったら、うちに戻っておいでよ。私たちだけじゃなく、この店の常連はみんな、あんたの味方だからね」
「はい、ありがとうございます。あと数日、目一杯、働かせてもらいます」
何度目か、自然と頭を下げた娘は、自然とあふれた涙が褐色の頬につたうことを止められなかった。




