エピローグ7
「それでは私も帝都に行って来ます。数日で戻りますが、不在の間、よろしくお願いしますよ」
帝都に行くトイラックを前に、ブラオーはやや心配げな顔となる。
ネドイルからの使者が来て、軍務大臣の令嬢と亡国の王女たちを招く旨を告げたのは、つい先日のこと。
当然、シャーウ王家への処刑を執行した後なので、
「トイラック様。あまり気にしすぎるのも良くありませんぞ。いかにトイラック様が優れていても、人の身である以上、先々のことを見通せるわけなどないのですから」
ブラオーが心配するのも無理はないというもの。
何しろ、言いがかりのような罪状で家族親類を皆殺しにされたフォーリスとの対面をネドイルが望んでいるが、極論すればフォーリスが凶行に走り、ネドイルが凶刃に倒れたとしても、ブラオーにとっては大したことではない。
彼が心配するのは、この時期に帝都に行くトイラックの身の安全だ。
サムに対する、
「義理は果たしたので、これ以上の面倒ごとは請け負いかねます」
という無言のメッセージを伝えるため、シャーウ王族を一人を除いて皆殺しにしたが、トイラックにしてはやや雑な処置ではあった。
もちろん、東の新領土の統治体制の確立と、更なる東への侵攻準備に追われる側からすれば、余計な手間をかけてもいれないので安直に処理した点は、全体の効率からは間違っていない。
ただ、タイミングが悪かっただけとブラオーなどは思っているのだが、トイラックが必要以上に気にしていたなら、自らの体と一命でフォーリスの凶刃からネドイルを守ると決意して、帝都に行こうとしているのではとの勘繰りに、
「気にしていないと言えばウソになりますが、私がネドイル閣下の側にいても、いざという時に足を引っ張るだけでしかありません」
これは謙遜ではなく、政略や知略に長けるトイラックだが、その腕っぷしは一兵卒に劣る。
ひるがえって、ネドイルは政略や知略のみならず、武芸にも秀で、アーク・ルーンでも屈指の魔法戦士である。
実力的にはフレオールよりやや上というくらいだが、挙兵したばかりの頃は陣頭に立って多くの敵兵を斬り伏せ、いくつもの修羅場をくぐり抜けているので、実戦経験ではフレオールと比べものにはならない。
実力はあっても経験の浅いイリアッシュくらいとなら、互角に渡り合えるだろう。だから、フォーリスが凶行に走ったところで、返り討ちにあうのがオチというもの。
仮にフォーリスの凶行に他の元王女が協力したとしても、ネドイルは易々と討てるものではないのだ。実力や経験もあるが、魔法帝国アーク・ルーンの重鎮たるその身は、いくつものマジック・アイテムで守られているので、双剣の魔竜レイドを刺客に放ってもその命を奪うのは難しいだろう。
これはレイドがいくら強くとも、暗殺のプロではない点が大きい。単純な強さならレイドに大きく劣るフィアナートがネドイルをもう少しで殺せたのも、事前に身を守るマジック・アイテムへの対処を含め、周到な暗殺計画を立てられる超一流の暗殺者であったからだ。
どれだけ腕が立とうが、暗殺者のマネ事で手が届くようならば、とっくに誰かが大宰相暗殺に成功している。
トイラックのような素人がネドイルを守ろうとしゃしゃり出ても、当人が言うように邪魔になるだけなのを当人が自覚していることにブラオーは安堵の息をつきつつ、
「しかし、ならば、トイラック様がわざわざ帝都に行かれるのです? 大宰相閣下があの娘たちを招くからではないのですか?」
「そちらとは無関係ですよ。ネドイル閣下は、たぶん妹の前に、彼女たちでアレを試そうとしているだけでしょう。私が帝都に行くのは、例の件の調整のためですよ」
「おお、それではいよいよですな」
忠実なる元憲兵隊長が歓喜するのも無理がなかろう。
トイラックの提案と構想が実現すれば、トイラックは実質的に東域の王となるのだから。
ただ、ブラオーの反応からして、それ以上を期待している節はあるが、トイラックは内心で苦笑しつつ、それに気づかないフリをして、
「ただ、それが主目的ですが、聞いたところによると、ワイズでの失敗のツケを払う時が来たみたいなので、ついでにそちらも精算しておこうと思いましてね。もっとも、情けない話ですが、ツケ払いになってしまうから、単に負債の内容が変わるだけですが」
新作を連載するので、次の帝都編は11月15日からの開始となります。




