落竜編シャーウ14
フォーリスが、フレオールたちも含め、旧シャーウ王族が処刑されたのを知ったのは、魔法帝国アーク・ルーンのモルガール領への撤退を終えた直後の話であった。
墜落して動けぬほどの負傷をしたブラックシューターが回復して動けるようになると、フレオールはすぐに竜騎士たちに撤退を命じたが、当然、引き上げる際の備えを怠ることはなかったので、コノート軍も形ばかりの追撃をするのみで引き上げた。
そうして無事に撤退したフレオールや竜騎士たちは、フォーリスの親類が無事でないことを知ったのである。
「……そんな……父や母は……皆はもう、いないというのですの……」
しばし愕然となっていたフォーリスは、その場で崩れ落ちて嗚咽をもらし、この痛々しい姿に他の竜騎士たちは深く同情すると共に、一部の者は非難するような視線をフレオールに向けた。
バツの悪い表情となりながらも、フレオールは小首を傾げて、
「しかし、なぜ、もう処刑を執行したんだ?」
フォーリスが両親を含む最低限の身内を助けるために金策していることは、トイラックに伝えてある。
また、コノートで金策した成果を、ウィルトニアとの乱戦で失ったという余計なことも伝えていない。
サムの目的は金であり、シャーウ王家の生死などに興味はない。それはトイラックも理解しているはずだ。
今回は失敗したが、改めてロシルカシルかスティスあたりで荒稼ぎすればいいだけの話である。例え何らかの形でコノートでの金策に失敗したのが伝わっていたとしても、支払いの当てが何ヵ国もあることは、サムもトイラックもわかっているはずなのだ。
そもそも、すでにシャーウ男爵たちの処刑が執行され、それがフレオールらに届いているということは、時期的にウィルトニアらと遭遇する前に、少なくとも処刑の準備が進んでいたということになり、それがどうにも不可解であったのだが、
「罪人の一部が脱獄を計り、シャーウの旧臣の一部が罪人を救い出す動きを見せたため、混乱の拡大を未然に防ぐ意味もあり、早々に処刑が執行されたのでございます」
報せと共にそれだけでも事情を伝えてもらえれば、トイラックの思惑を察することができた。
ぶっちゃけ、旧シャーウの王家の管理に手間をかけるのが面倒になったのだ。
フォーリスが乗竜を殺されなかったように、シャーウ王家に連なる他の竜騎士も乗竜を殺されておらず、彼らはその気になれば脱獄も反抗も容易にできる。また、旧シャーウ王家の者たちは厳重な監視下にあるわけではなく、普通の罪人と同じように牢屋にぶち込んでいるだけなので、外からの助けがあれば脱獄も不可能ではなかった。
無実の罪で投獄された側は何日も牢ですごす内に、さすがに我慢の限界がきたか、不穏な言動や行動が多くなり、そうした現場の声をマフキンなどがトイラックに報告したのだ。
「連中が早晩、騒乱を起こすのは必定。我らの動かせる兵では現状を維持することはできても、そうした騒乱を鎮圧するには不安があり、早急に騒乱に対処できるだけの兵をこちらに回していただきたい」
この要望は、アーク・ルーン軍の一部でも回せばいいだけのものだが、それは現在進行中のベネディアなどの新領土の地ならしに支障や遅滞を生じさせることを意味する。だが、放置すれば騒乱が起きて新領土の治安を乱すことになる。
旧シャーウ王族を捕らえた際、その財産を没収してまとまった金を確保したことで、サムへの義理を果たしたと判断したトイラックは、フォーリスの家族親類を皆殺しにして騒乱の根を断ち、軍事や行政の日常業務に悪影響が出ぬようにしたのだ。
おとなしくしていれば何人かは助かったのだが、言いがかりのような罪状で死刑判決を受けた側からすれば、騒がずにいられぬわけがないというもの。フレオールやフォーリスの、その点への配慮やフォローが足りなかったと言えばそれまでだが、平静を欠く死刑囚らを何十日も落ち着かせるだけの手を打てる権限などないのだから、結局はどうしようもなかっただろう。
かくしてトイラックの走らせた急使は、旧シャーウ王家の処刑執行を伝え、その役割を終えたわけではなく、
「それと、大宰相閣下の要請により、イリアッシュ、ティリエラン、ナターシャ、シィルエール、ミリアーナ、フォーリス、クラウディアの七名は帝都に赴き、大宰相閣下の元に出頭するようにとのこと。トイラック様はフレオール様にこの七名を帝都に連れて行くようにお望みです」
こちらが本来の急使の役割ではあり、処刑を執行した件はついでだったのだろうが、同時にフレオールは裏面の事情も察した。
異母兄ネドイルの性格からして、イリアッシュらに「来い」と命じただけだろうが、トイラックがその命令を知ったのは、シャーウ王族への処刑を執行した後だったのだろう。
でなければ、フォーリスへの人質として両親くらいは殺さずにいたはずだ。それは家族親類を皆殺しにされ、自暴自棄になっているかも知れない者を、ネドイルに会わせることになるのだから。
もちろん、いくら「しまった」と思っても、落とした首は元に戻るものではないので、フレオールに「何とか穏便に」すませてもらおうと「お願い」するしかなく、その部分に命令を用いていないのだ。
性格はわかっていても、異母兄の目的や全容はわからない。イリアッシュらに何をするかわからないし、それ以上にどれだけ無神経なことを言うかもわからないのが、フレオールの最も年の離れた兄である。
ネドイルが今の地位を築くまでに、流れた血や失われた命は数え切れず、その中には女子供も含まれ、赤子さえも殺して、敵の血筋を絶やしたことは何度もあるが、当然、そんなことを気にしていたら覇道など歩めるものではない。
敗者の悲哀や悲劇など「ふーん、あっそう」ですます異母兄の振る舞いを思えば、例えトイラックに頼まれずとも、フレオールは帝都に同行したであろう。
フレオールは異母兄の性格を知っている。そして、価値観も知っている。
竜騎士であろうが王族であろうが、ナターシャたちなど無価値な存在だ。だから、ちょっとしたきっかけでその命をためらわずに奪うだろう。
目障りなゴミをあえて残しておく必要などないのだから。




