落竜編シャーウ5
マヴァル帝国からの国書が転送され、カーヅの愚策を知ったスラックスは、トイラックの付帯意見に従って、マヴァルの先帝に弔意を示すようアーク・ルーン軍に命じ、春までマヴァル帝国への攻撃をひかえるように通達した。
当然、竜騎士たちもマヴァル帝国に手を出せなくなり、当面は暇となるということはなく、彼らには次なる命令、反逆者の捕縛が命じられた。
正確には、竜騎士たちの内、四十六騎にしか命令が下されなかったのは、反逆者たちがシャーウの王族であり、フォーリスを含む四騎がその血族だからである。
もちろん、反逆者の捕縛に駆り出されたのは竜騎士だけではなく、旧シャーウ兵や旧タスタル兵なども動員され、大体それでカタがついた。
軍務という名の略奪に勤しみ、家族への仕送りを稼いでいる竜騎士たちは、家族と共に暮らしていない。
そして、元国王であるシャーウ男爵の元にいるのは妻子とわずかな忠臣だけであり、竜騎士の一騎どころか護衛さえいないのである。
兵を差し向けられたシャーウの王族に対抗の術はなく、激しく抵抗したフォーリスの兄、ホルダーら十数人はあっさりと殺され、二百近いフォーリスの親類はことごとく捕らえられた。
捕らえられた家族は言わば人質であり、フォーリスら四騎はうかつに手を出せなくなったところに、ナターシャら四十余騎に竜首を向けられては、もうどうしようもない。
シャーウ貴族出身の竜騎士の中には旧主への忠誠心を失っていない者もいるし、他の竜騎士たちもフォーリスらに同情を寄せている者もいる。もし、シャーウ王族に抵抗の余地があったならば、それに何騎かが強力したかも知れないが、すでに抵抗の余地がない上に、ダメ押しに竜騎士を用いているのだ。
アーク・ルーンに降った竜騎士は、イリアッシュを除けば大別して、シャーウ、タスタル、ロペス、フリカ、ゼラントの出身の者で構成されている。
バディンとワイズは、他国に走ったガーランドのような例を除き、全騎、アーク・ルーンとの戦いでいなくなったからだが、降って生きながらえた竜騎士たちは、自然とフォーリス、ナターシャ、ティリエラン、シィルエール、ミリアーナを中心に、同じ出身国の者でかたまり、派閥を形成していった。
シィルエールはフレオールにべったりであり、ティリエランは父親の立場的にアーク・ルーンの意向に逆らうわけにはいかない。それはナターシャとミリアーナも同様で、家族の安泰を思えばフォーリスと敵対するのもやむを得ないと考えるしかなかった。
感情的になり易いフォーリスも、家族親類を人質にされた上、ナターシャら竜騎士に睨まれてはどうしようなく、彼女は武器を捨てて投降したが、フォーリスの遠縁に当たる二人の竜騎士は激発してしまい、たちまちナターシャやミリアーナに討たれた。
こうして武器甲冑、さらにお気に入りの髪飾りも取り上げられ、囚人として牢屋にぶちこまれたシャーウの元王女の境遇は、かつてのクラウディアに似ていると言えるだろう。
ただ、決定的に違うのは、クラウディアが乗竜を失って捕らえられたのに対して、フォーリスの乗竜は健在である。
それゆえ、フォーリスは鉄格子を力づくで何とかできるのだが、問題は彼女の牢屋の近くに家族がいない点だ。
脱獄すれば、たちまち家族が処刑されるのは目に見えている。乗竜の側にも見張りがおり、変な動きを見せても同様だろう。牢屋の鉄格子よりも、身内との絆で身動きのできぬまま、しかしフォーリスが獄中にある時は数日ですんだ。
シィルエールを伴って、フレオールが面会に訪れたからだ。
フレオールは鉄格子ごしにフォーリスの顔を見るなり、深々と嘆息して、
「だから、忠告したろうに。おとなしく支払いに応じさえすれば、それですむ話だったのに」
そう言われては、シャーウの元王女は憮然となるしかないが、言うべきことがないでもない。
「……忠告のとおりに、皆に言うだけは言いましたわよ。ですが、納得できないものは納得できませんわ。こちらの総意としては、サム将軍の訴えの真っ向から反論して、どちらが正しくか明らかにさせてもらいますわ」
再び深々と嘆息するフレオール。
「すでにサム将軍の主張は認められ、あんたらの有罪は確定している。サム将軍が訴えを引っ込めない限りは、シャーウの王族は全員、ドラゴンなり家畜のエサとなる。いや、あんた一人を除いてと言うべきだな。サム将軍に金貨一千枚を渡して、あんたは無関係と証言してもらったから、ここから出られるぞ」
この牢のものなのだろう、一本の鍵を愕然となるフォーリスに差し示す。
取り調べや審理が一度も行われず、反論や弁明が一言も許されず、サムの一方的な主張のみで有罪、否、
死刑と定められたのだ。しかも、その判決もサムの証言ひとつ、正確には金貨一千枚でくつがえる無茶苦茶さだ。
無論、アーク・ルーンの国法が、いや、いかなる国の法でもこんなデタラメなものであるはずがなく、サムの意向によって法が歪められているのは考えるまでもない。
「つまり、私はあなたに金貨一千枚で買われたということですの?」
「顔見知りが自分の罪でないことに裁かれるとなれば、さすがに放っておくわけにもいくまい。発案者であっても、失敗した策であるしな」
フォーリスのイヤミをあっさりと受け流しつつ、最初からアーク・ルーンが全てを知っていたことを暗に伝える。
開戦前からアーク・ルーンは七竜連合の重臣を何人も抱き込んでいたのだ。フォーリスの考案の元、実行されたサムへの工作など筒抜けであったことに、ようやく気づく。
元来なら首謀者の一人とされるべきフォーリスが、金貨一千枚が支払われたとはいえ無罪とされる一方、シャーウ王族の一人、彼女の又従姉妹に当たるまだ一歳になったばかりの赤子が、銅貨一枚も支払っていないがため、反逆の共犯として獄中にあり、その短い命を断たれる運命にある。
ここまで露骨な対応をされては気づかないわけがない。
今回の件は実際の罪状ではなく、サムの意向、有り体に言えばいくら支払ったかで罪の有無が決することを。そして、そんな貪欲な獣に手を出し、餌付けしようとした自分の策が、手を噛まれるどころか、自分の一族一門が丸のみにされようとする事態を招いたことを。
魔法帝国アーク・ルーンにおいて、フレオールは侯爵家の生まれであり、自身も千五百戸の領地を有する男爵である。何よりも、その異母兄は大宰相であり、母親は違うとはいえその関係は良好なものだ。
だが、そのネドイルは身内という理由よりも、能力の大小で相手を重んじる。将軍としての序列が父親のロストゥルよりスラックスの方が上なのが端的な例であろう。
だから、ロックと共にレヴァンを撃破した自分の才がサムに劣る以上、ネドイルに頼っても無駄なので、金貨一千枚という安くない額を払わねばならなかったのである。
「……わかりましたわ。何を言っても、いえ、何も言うことができないのでしたら、あなたの忠告のとおりにするしかありませんわね。納得できませんけど」
「いや、それももう無理だ。分割払いするにしても、頭金はいくらか必要だが、あんたらの財産は全て没収されている」
「なっ! 何ですの、それはっ!」
「当たり前の話だよ。あんたらは罪人として捕まったんだから、その財産は国に没収される。まあ、裏側を話せば、没収した財産の半分は国のものとなり、もう半分はサム将軍の褒美とされるって取り決めだ。あんたらが支払いを拒んだから、取り立てがトイ兄のトコに回った結果だな」
もちろん、シャーウ王族の全財産の半分では金貨二十一万枚どころか、三万枚に届かないが、債権の取り立ては折半という暗黙のルールで、トイラックはサムの依頼に応じたのである。
貪欲そうに見えて、サムは全額回収にそうこだわらない。いくらかになれば妥協するからこそ、フレオールは金貨一千枚でフォーリスを解放できたのだ。
サムの目的は金でフォーリスたちの命などどうでもいい。トイラックにしても、シャーウ王族の財産を没収する方便として反逆罪を適用したにすぎないが、
「それでも反逆罪を用いた以上、シャーウ王族の処刑は免れない。もう金がどれだけあったって、全員を助けるのは無理だ。オレがしたみたいに、金を払ってサム将軍に証言してもらうってのがせいぜいだが、それで助けられるのは数人くらいだろう」
方便でも反逆罪を適用した以上、無実の人間の首を落とさねばならないし、シャーウ王族の命などどうでもいいサムは、袖の下でももらわねばわざわざ助命したりしない。
つまりは、フレオールの最初の忠告を無視した段階で、シャーウ王族の命運はあっさりと尽きたのだ。
架空請求のついでに親族の皆殺しが確定したフォーリスは、
「……で、ですが、またマヴァルを襲えば、父や母くらいは……」
「軍令でマヴァルへの襲撃は当面、禁じられた。それをやったら、サム将軍に渡した金貨一千枚が無駄になるな」
ガチッと錆びついた牢屋の錠を手にする鍵で開けたフレオールの言葉に万策も金策の手立ても尽きたシャーウの元王女は、その場に膝を突いて牢の中に留まるというより、そこから動けずにいる。
マヴァルを襲えぬとなれば、短期間に荒稼ぎする方策がなく、わずかな身内も助けることができないと早合点したフォーリスに、
「だが、コノートなどの国を襲ってはならぬという取り決めはされていない。マヴァルから奪おうが、コノートから奪おうが金は金。金額さえ折り合えば、サム将軍は文句は言わんし、証言をしてくれるだろうよ」




