落竜編23
急死したマヴァル皇帝の葬儀も新帝の即位の式典も大がかりなものであったが、辞任したレヴァンの後を引き継ぎ、スラックスとそう変わらぬ年でマヴァル帝国の大将軍に就任したカーヅの任命式も派手なものであった。
帝都の郊外に拝将台を設け、四万の将兵が整列する中で厳かに執り行われたのは、何も見栄だけのことだけではない。
皇帝と国家が大将軍のために大がかりな儀式を行えば、誰の目にも大将軍に任命される人物が重んじられているのは明白だ。
こうして主君が大将軍を重んじる姿勢を示し、その権威を高めれば、将兵も自然と新任の大将軍に敬意を払うようになる。
何より、主君であろうが要職にある家臣には礼節を示さねばならない。でなければ、家臣を侮辱したことになり、それが離反や反逆の理由となりかねない。
竜騎士らの空襲で半壊した皇宮や破損した帝都各所の復旧工事も始まっており、レヴァンが焼き払った西の国境の城塞も再建されることが決まっている。
新帝の元、復興へと歩み出したマヴァル帝国だが、この日、大将軍の任命式に参列した四万の将兵は、口では喝采を叫びつつ、その多くが複雑な表情をしていた。
彼らが心からこの晴れの日を喜べぬ理由は二つ。一つは長年、マヴァルの総大将を務めてきたレヴァンが辞任したことへの不安。
もう一つの不安は、魔法帝国帝国アーク・ルーンと国境を接するようになってから、マヴァル帝国は連戦連敗であり、ついには帝都に直接攻撃を受けたことだ。
カーヅとそう変わらぬ年齢であり、知勇にそう秀でているわけではないが、まるっきり暗愚というわけでもない新帝は、場のそうした雰囲気を感じ取ったか、
「カーヅ大将軍。改めて述べるまでもないが、西の七竜連合が滅びてより、境を接するようになったアーク・ルーンが、ひんぱんに我が国に侵略の牙を向けている。これに対処する方策を述べてもらいたい」
拝将台の上で、ひざまずく新任の大将軍にご下問する。
主君の問われ、カーヅは自信に満ちた面を上げ、自信に満ちた声音で、
「言うまでもなく、アーク・ルーンは我が国を上回る大国です。これに一国で対抗するのは難しくございます。されば、我が国は周辺諸国と手を結び、これに当たるべきでしょう。コノート、スティス、ヴァーレ、ロシルカシル、マグの五ヵ国と組み、六ヵ国同盟を締結して、連合軍を結成すれば、アーク・ルーンが大軍を以て攻め寄せようが恐るるに足りません」
「なるほど。大将軍の考えはわかった。しかし、同盟を呼びかけるのはいいとしては、それに周辺の国々が応じるであろうか? コノートなどと我が国の関係は決して良好なものではないぞ」
立板に水といった風に述べる同盟案に、新帝が小首を傾げるのも当然であろう。
魔法帝国アーク・ルーンとは比べものにならないとはいえ、この一帯の国々の中でマヴァル帝国は抜きん出て大きい。そして、その国力を背景に、マヴァル帝国は周辺の国々を圧迫してきた経緯がある。
そうしたこれまでの関係を思えば、同盟の誘いにコノートなどの国々が易々と応じるとは思えないというもの。
「たしかに周辺の国々との関係は良好とは言えません。ですが、我が国が敗れれば、次にアーク・ルーンの侵略の矢面に立たされるのは彼らなのです。その点を指摘すれば、我らと手を結ぶことを頑なに拒むことはないでしょう」
「なるほど。たしかにそうだ。しかし、同盟を組み、連合軍を結成するとなれば、相応の時を必要とするぞ。それよりも先にアーク・ルーンが兵を進めてきたならばどうする?」
「その心配は無用にございます。間もなく冬となりますゆえ、アーク・ルーンも軍事行動をひかえましょう。我らは冬の間に、周辺諸国との同盟を締結させればいいのですから」
「おお、たしかにそのとおりだ。次の春にはアーク・ルーンへの反撃がかないそうであるな」
感嘆の声を発したのは新帝のみならず、居並ぶ四万の将兵らの顔から不安の色がだいぶ和らぐ。
だが、まだ完全に払拭されたわけではなく、
「しかし、軍は動かずとも、竜騎士は雪に埋まった道を踏み越え、または飛び越え、我が国への、何よりこの帝都に再び襲いかかって来るのではないか?」
「それに対処するため、帝都の、そして皇宮の対空防備を強化しています。また、西の国境も城塞を再建するのみならず、防衛ラインを構築してより多くの兵を配置しますので、二度と竜騎士は我が国の境を越えられぬでしょう」
「だが、その守りが完成するまでも時がかかろう。その時をどう稼ぐのか、何か策はあるのか?」
「策ほどのものを用意しなくとも、一通の書状で時を得られます。ただ、陛下の御手をわずらわせねばなりませんが」
そう前置きをしたカーヅ大将軍は、主君に自らの妙策を告げる。
自信をみなぎらせた表情で。




