ワイズ騒乱編6-1
「何を考えているんですの! あなたまで生徒会を辞めるなんて! あなたは副会長なのですよ! その意味がわかってますの?」
ライディアン竜騎士学園の生徒会室で、シャーウ王国の王女フォーリスに糾弾される先には、当然だがライディアン竜騎士学園の生徒会副会長の役職にあるのを辞めようとする、亡国の王女ウィルトニアが座している。
連休明け最初の休学日を明日にひかえた日の放課後、竜騎士学園の生徒会室には、七人の女子生徒と男子生徒ひとりの姿がある。
中央に置かれた円卓を囲む生徒会メンバー、会長のナターシャ、副会長のウィルトニア、会計のフォーリス、書記のミリアーナとシィルエールの五人と、その円卓から少し離れて適当に座るクラウディア、フレオール、イリアッシュの計八名である。
何のかんのと業務と雑務のある生徒会は、毎日のように集まる。無論、生徒会メンバーは全員、王女であるので、所用があって参加できない場合があるが、そうでなければここに六人の王女が集まるのが、今年の生徒会だ。
ちなみに、生徒会の顧問はティリエランだが、彼女はほとんどここに来ない。正確には、来れない状況がずっと続いていると言うべきだろう。
元々、生徒の自主性を重んじ、生徒会の方針に学園側があまり口を出さないのが、長年の慣習である。ゆえに、顧問は生徒会から頼られたりしない限り、たまに様子を見に来る程度で、教官としての職務を優先させる。
去年まで生徒会長だったティリエランは、その事情を良く知っており、だから生徒会に顔を見せないわけではない。この場にいる男子生徒の後始末で、深夜残業と休日出勤に明け暮れ、そんな余裕がないほどの、仕事漬けの毎日を送っているからだ。
三日前のフレオールの指摘は、存外、大きな反響を呼んだ。
一年生から他の学年や教官らに伝わっていった当初は、敵の言うことと取り合わなかったが、後で冷静になると、彼らも魔道戦艦と魔甲獣、魔法帝国の二大主力兵器に関する無知に不安を覚えた。それら魔道兵器によって、実際に戦死した竜騎士らの遺体を目にし、その葬儀に参列しているのだから、このままだと次は自分の番と考えたのかも知れない。
学園長であるターナリィも、ウィルトニア以外の七竜姫と協議し、敵の言ではあるが、どれだけ疑ってかかっても、考慮すべき内容であると判断し、対魔学のテキストの作り直すことにして、新たなテキストが届くまで対魔学の授業は停止したので、今年度、何度目かのカリキュラムの組み直し作業に教官らは追われる状況となった。
もっとも、生徒会の活動は顧問のいないことの方が多いし、三時間ぐらいのティリエランの睡眠を削るのは忍びないので、副会長の辞任宣言に対して、誰も修羅場のごとき教官室に走らず、生徒会長と前生徒会長と会計と書記二名でウィルトニアと向き合う。
ちなみに、敵側の二人はマイペースに部屋の片隅で、イリアッシュが「お姉さんが教えてア・ゲ・ル」と言いながら、フレオールの勉強を見ている。
フレオールらが自習するようなので、ただ見張るよりも一般生徒が来ない生徒会室に、クラウディアが連れて来たのだ。
対魔学のテキスト見直し問題で揺れる現状で、新たなトラブルを起こされたら、過労で倒れる教官が出かねないとクラウディアが判断した結果、副会長の辞任問題に巻き込まれたのである。
「落ち着きなさい、フォウ。まずはウィルの話を聞くのが先です。事情を知った上で、そのようなことは言うものですよ」
フォーリスをたしなめつつ、ウィルトニアに詳しい話を求めつつ、ナターシャはクラウディアの方を盛んに気にする。
七竜連合の中での格式となると、まずはクラウディア、次にフォーリスであり、残る五人の王女は同列となる。
年長者であり、生徒会長であるからナターシャが全体を取りまとめているが、元来というか、少し前までこうした役割はクラウディアのものであった。当人は生徒会長を辞したからか、出しゃばるのを避け、円卓にも着かずに様子をうかがうだけに留めている。
盟主国の王女がしゃしゃり出て来ないなら、副盟主国の王女が場を取り仕切るべきなのだが、とにかくフォーリスはこうしたことに向かない。
頭は悪くないどころか、知識面においては七竜姫の誰よりも優れてはいる。ただ、冷静な時はいいが、一度、感情的になると、自分で自分を抑えることができなくなり、周りが見えなくなって、相手を攻め立ててしまう。
自国の地位を当人も誇っているので、たしなめられたフォーリスは、ナターシャを睨みはしたが、年と生徒会での役職が上なためか、はたまたクラウディアの視線を感じたからか、タスタルの王女に噛みつくようなマネはせず、不承不承ながらウィルトニアへの糾弾を止める。
来年の生徒会のことを想像し、暗い気持ちになりながらも、
「ウィル、当然、なぜ副会長の辞任しようとするのか。その説明をしてくれますよね?」
「説明というほどのことではないが、知ってのとおり、私の家臣らは三つにわかれていがみ合っている。他にも色々とあるが、これらを何とかせねばならないと思い、当面、学園を休むつもりだ。学園にいないのだから、生徒会にも出れんし、いつまでかかるかわからんから、副会長を辞めようと思った次第だ」
すでに明日、トイラックとのアポイントを取っているが、その話し合いがうまくいかなくても、ワイズの亡命政権の実状は放置できない段階にきている。王女としては、休学しようが、中退になろうが、何とかせねばならない。
ワイズの亡命政権の酷さは、五人の王女も聞き知っている。それを直に見ているのはクラウディアだけなので、ナターシャら四人は大げさなうわさとも考えていたが、ウィルトニアの行動によって裏づけられると、フォーリスさえバツの悪そうに目を伏せる。
「どうしましょう、クラウ?」
「今はオマエが生徒会長なんだ。自分で決めろ」
そう口にしたわけではなく、ナターシャとクラウディアが目と目でやり取りをしてから、
「そういう事情なら仕方ありませんね。残念ですが、ウィル、頑張ってください。それと、私たちに協力できることがありましたら、遠慮なく言ってくださいね」
生徒会長の判断に、会計は異を唱えず、書記二人も外野も何も言わないので、副会長は一時的に空席になる。
もっとも、ウィルトニアは今日明日にでも学園を去るわけではない。しばらく休むことや副会長を辞めることを、忙しそうなので学園長にも生徒会顧問にも、まだ相談も報告もしていないのだ。
「問題は後任ですね」
クラウディアが辞任した後、ナターシャが生徒会長になったように、ウィルトニアの後任そのものは難しい話ではない。
「フォウでいいだろ」
「何か、あなたに譲られたみたいで、釈然としませんわね」
「気にするな。私が副会長になったのは、同情票の結果だ」
ライディアン竜騎士学園では、年度の終わりに生徒会長の信任投票と副会長の選任投票がある。
会長の信任投票は、副会長が会長にふさわしいかを決めるものだが、これまで不信任となった例はなく、副会長が会長になるのが学園の慣習になっている。
ゆえに、副会長の選任投票は、実質的に会長の選任投票でもあり、去年はウィルトニアとフォーリスが争った。
ウィルトニアの言うように、国を失った彼女に同情的な雰囲気が、当時の学園にあった。ただ、それだけではなく、人気の差というよりも、どちらが嫌われていたかが、去年の副会長の選任投票の決め手となった。
愛想がいい分、男子への受けはフォーリスの方が少し良い。が、同性の人気はウィルトニアがずっと上なのに加え、シャーウの王女は女子に嫌われていたのが、致命傷となった。
ちなみに、クラウディアの勝因も女子人気によるものである。
「で、誰が会計になるの?」
ミリアーナの疑問に、ナターシャは難しい表情となって、にわかに答えることができない。
ウィルトニアが副会長を辞め、フォーリスが新たな副会長になれば、今度は会計が空席になる。
「ナータ、ダメだぞ。私は会長に戻る気はない。だいいち、こいつらの監視はどうする?」
ナターシャのすがるような視線を受け、自分が会計に戻り、生徒会長の座を譲り返す方針を、クラウディアは言下に否定する。
「ボ、ボクにはまだ、荷が重いかな」
「わ、私も、まだ無理」
次に視線を向けられた書記二名も、経験不足を理由に固辞する。
事件とトラブルが多々あり、目まぐるしい毎日だったが、実際にはまだ入学式から三十四日目である。その間、ミリアーナとシィルエールは、トラブル処理の経験は豊富となったが、あいにく生徒会会計の仕事は、侵略者の後始末といった内容ではない。
「副会長が会計を兼任したらダメなのか?」
ドラゴンの生態について書かれたテキストを見ながら、フレオールの発したアドバイスに一同はハッとなり、生徒会室の書棚から生徒会会則の書物を取り出す。
「……兼務がダメとは書いていませんが……」
「それなら、問題はありませんわ。むしろ、二つぐらいでは物足りないぐらいですわ」
フォーリスが自信満々に言うが、決して大言というわけではない。
性格にやや難はあるが、彼女はそれくらいはこなせるだけの能力はある。加えて、特別あつかいされるほど、張り切る性分でもある。
「皆でフォローしますし、慣れてきたらミリィかシィルに引き継がせますから、それまで頑張ってください」
とは、ナターシャは言わない。言えば、能力を疑われたと思って、途端に不機嫌になるからだ。
「それと、ミリィ、私の相方のこと、私がいない間、何かと気遣ってくれ」
「うん、わかった。というか、去年は我が国の面々が迷惑かけてゴメンね」
「いや、こちらこそ、未来の竜騎士を減らしてすまなかった」
「いや、自業自得だよ。再起不能になったのはアレだけど、ボクもあいつは嫌いだったからね」
ウィルトニアとミリアーナのやり取りに、去年、学園におらず、かつ関係国でないフレオールとシィルエールが、見るからに話についていけてないので、
「フレオール様、去年のゼラントのトップが、酷い男で、一年の女子をいじめていたんですよ。で、そいつをウィルが再起不能にして、その女子を自分の部屋に連れて行って保護したんですよ」
その頃はまだ、アーク・ルーンの侵攻が始まっておらず、学園にいたイリアッシュが簡潔に説明する。
ちなみに、学生寮は総じて相部屋なのに、ウィルトニアが一人で使っていたのは、最初にそこにいたフォーリスが五日で我慢できなくなって出て行ったからである。
「私もやり過ぎてしまった。ちと新必殺技、ドラゴニック・オーラを高速振動させて体内に打ち込んだら、相手が死にかけたのだ。皆から、なぜか、二度と使うなと言われた」
体内に打ち込まれたドラゴニック・オーラを、すぐに自分のドラゴニック・オーラで相殺するなど、七竜姫でも難しい芸当だ。
が、相殺しないと、高速振動するドラゴニック・オーラが、相手の体内をズタズタにして、普通は死ぬ。相手が竜騎士見習いゆえ、とっさにドラゴニック・オーラである程度は防いだので、即死だけは免れたのだろう。
「あっ、フレオール様。あと、ウィルは武器を持っている時より、格闘戦の方が厄介ですよ。私もアーシェ姉様も、腕を折られたことがあります。レイドなんて首をやられました」
「首の骨を折られて死なないのは、さすがドラゴニアンと言うべきか」
妙な感心をする魔法戦士。
「さて、個人的な理由で皆に迷惑かけてすまないが、今日の夜までには発ちたいので、これで失礼させてもらう。とりあえずは、明後日までには帰ってくるつもりだ」
元生徒会副会長が一同に断りを入れてから立ち去ると、
「さて、それでは本日の生徒会を初めましょうか」
副会長兼会計が弾んだ声で、生徒会長の言うべきセリフを口にした。




