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落竜編22

 焼や捨てた城塞の周りにある七つの城や砦を焼き払ったアーク・ルーン軍が撤退を始めたことは、その動向を探らせていたレヴァンの耳にすぐに入った。


 もちろん、敗走して四散した兵を呼び集めているレヴァンに追撃を仕掛ける余裕どころか、アーク・ルーン軍の背中よりも焼失した西の防衛ラインを気にせねばならない。


 言うまでもなく、まだ公表されていないが、マヴァル帝国は皇帝が急死した状況にあり、さらに竜騎士による私掠行為は続いているものの、レヴァンは西の国境の守り、アーク・ルーン帝国に対する防備の再構築に専念するつもりであった。


 病床にある友人からの手紙が無ければ。


 重病でふせっている友が至急、帝都に戻るよう強く勧めているのだ。病で肉体が衰えたりとはいえ、心まで弱る男でないのを知るレヴァンは、何かあると感じて帝都に、正確には帝都の一角にあるマヴァル帝国の元大臣ジョルドの邸宅に直行した。


 竜騎士たちの空襲によってもたらされた混乱も下火になったとはいえ、まだ完全におさまっていない帝都を進み、皇宮に次いで被害の大きい貴族の居住区であったが、幸いにも友人の邸宅は無事であった。


 もっとも、館は無事でもその主の体は病でボロボロなので、レヴァンは応接間ではなく寝室に通され、土気色の顔で辛そうに身を起こしているジョルドと対面する。


 まだ五十となったばかりのジョルドだが、全身の生気が乏しいのがありありとわかり、余命がいくばくとないのは明白だが、


「……マヴァルの大将軍たるレヴァン殿に非礼を承知で申し上げる。もし、アーク・ルーンに敗れていたなら将軍の座から退き、ただちに謹慎して自らを処すべきです。新帝が定まるのを待っていてはいけません」


 その限られた命数を用いた言葉には重みがあり、何より己の命を削ってまでの忠告には耳を傾けねばならなかった。


「ジョルド殿は皇太子が、新帝がわしを処分すると言われるか? いや、たしかにこの度の戦、弁明のしようがないほど、アーク・ルーンに遅れを取った。敗戦の罪を問われるのは当然というもの」


 老将の長い戦歴の中でも、ここまで一方的な敗北は初めてのことだ。城塞を焼いてアーク・ルーン軍の奪取を阻み、一矢は報いて見せたが、文字どおりそれだけのことしかできなかった。


 敗将として許しを乞い、生き恥をさらす気など毛頭ないというレヴァンに、ジョルドは二、三度、咳き込んでから、


「勝敗は兵家の常。何より、このままではレヴァン殿は一戦場の敗北のみならず、マヴァルの受けた被害を全て背負わされて処刑されますぞ」


 フレオールの作戦で数千の兵を失い、マヴァル軍は城塞を焼いて敗走しただけではない。多くの皇族貴族が略奪にあった上、帝都までもが空襲を受け、皇宮は半壊して皇帝も死んだのだ。これらによってマヴァル帝国の動揺は大きく、人心の安定を計るために誰かに全ての責任を負わせて処刑を行う可能性があり、このままではレヴァンが詰め腹を切らされる公算が大きい。


「ゆえに、将軍はその地位を辞すだけではなく、今の地位をカーヅ殿に譲るのです。カーヅ殿は皇太子殿下のお気に入り。これで自らを処したレヴァン殿を、新帝もそれ以上に罰さぬでしょう」


「あの口先だけの青二才に、か」


 途端にレヴァンの声が不機嫌になるが、別段、カーヅは悪臣というわけでも逆臣というわけでもない。ただ、ジョルドも「口先だけの青二才」という感想には同意見ではある。


 カーヅの父親はレヴァンと並び称されるほどの名将であったが、惜しむらくは数年前、四十代の若さで死去している。


 将軍であった父親の影響か、カーヅは幼い頃から軍書を愛読し、軍学をよく修め、大人顔負けの博識であっただけではなく、時には父親さえ論破してのけたのだが、


「軍書を活用することと丸暗記することの違いもわからぬような奴に、軍事の大権を任せよというのか」


 ジョルドの評価も実のところは同じである。


 軍学の成績が実戦に反映されるなら、フォーリスは当代一の名将となっているだろう。


 だが、実際には、幼い頃から軍学を習ってきたアーシェアは、軍書を一度も読んだことのないヅガートに実戦での駆け引きで劣った。同じく軍書を一度も読んだことのないロックも、レヴァンと互角の駆け引きをやってのけている。


 ヅガートやロックは極端な例だとしても、こうした例はいくらでもあり、それが特に多いのが農夫、宦官、暗殺者、傭兵を将軍に取り立てているアーク・ルーンであろう。


 軍学はたしかに平均的な軍人を生み出すのには役に立つ。だが、天才という存在は既存の理論を打破するからこそ、そう称えられるのだ。


「カーヅ殿の危うさには同感です。ですが、弁舌に長け、それで以て皇太子殿下に取り入っているのが現実なのですぞ」


 父親を論破した点からもカーヅが能弁であるのは間違いなく、耳触りの良い言葉を途切れることなく並べ立てうまく取り入り、皇太子の第一の側近であるのも間違いないのだ。


 皇太子が即位すればカーヅが重用されることは目に見えており、この度の敗戦がなくとも、新帝はお気に入りの側近を大将軍に据えようとするであろう。


「我らはかつて互いのためなら首をはねられても惜しくはないと誓い合った身。本来ならば、私はレヴァン殿のために命を張って弁護すべきですが、この体ではそれもかないません。今の私にできるのは、レヴァン殿に不名誉を承知でこのようなことを申すことのみ。ですが、このマヴァルの後日を思えば、レヴァン殿には生きてもらわねばならず、何より私は友の首がはねられるところを見たくないのです」


 結局、友の真情に打たれ、ジョルドの忠告に従い、レヴァンはこの後、皇太子に辞職を願い出て、後任にカーヅを推挙することで、新帝の処罰、詰め腹を切らされるのを免れた。


 それはマヴァル帝国が貴重な人材を自らの手で失う最悪の事態だけは回避したのを意味すると同時に、魔法帝国アーク・ルーンの侵略を前に最善の国防体制を敷けなくなったことを意味したが。



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