落竜編18
「良いかっ! ただ前に進むことのみに集中せよ! 反撃しようとするなっ! 倒れる味方に構わず、城塞にたどり着くまで進み続けよ!」
アーク・ルーン軍、いや、竜騎士の弱点は個々がいかに強くても、その数が少ないことにある。
その点をふまえ、レヴァンは非情な判断を下した。
マヴァル帝国の帝都からゼラントの竜騎士が戻った翌早朝、夜明けと共にレヴァンに全軍に強行突破を命じた。
二隻の魔道戦艦に三騎の竜騎士と共に、レヴァン自ら一千の弓兵を指揮して、しんがりに立って竜騎士四騎と二千五百の敵兵を阻み、強行突破を計る味方の背後を守ることに努めた。
マヴァル軍が動くと同時に、その背後に陣取るアーク・ルーン勢の内、実際に前進したのは四騎の竜騎士のみで、二千五百の兵は形ばかりの動きを見せるだけであったので、イリアッシュやティリエランがいるにも関わらず、レヴァンは背後を突こうとするアーク・ルーンの動きを掣肘できた。
もちろん、油断なくその動きを見張っていたフレオールも、マヴァル軍が動くと同時に、竜騎士たちに命じてマヴァル兵の行く手をふさぐ形で土壁を作らせ、さらに土壁を凍らせてカンタンに打ち崩せぬようにしたが、こうした行動はレヴァンの想定のもなのであり、
「各隊、順次、壁を乗り越えよ! 留まれば、それだけ被害が大きくなるぞ!」
マヴァル軍の各部隊は凍った土壁の各所に整然と取りつき、その冷たさに身を震わせながらよじ登って行く。
当然、強行突破を計る敵に対して、竜騎士は各々、アース・ドラゴンに石つぶてを撃たせ、アイス・ドラゴンに冷気の吐息を吹きかけさせ、ギガント・ドラゴンにはマヴァル兵の中に踊り込ませ、その巨体を振るって薙ぎ払い、たちまち数十人を倒してのける。
だが、数十人が倒される間に、その数倍のマヴァル兵が土壁を乗り越えるのに成功していた。
氷の砦での攻防で凍結した土壁を打ち崩すのがいかに難しいかも、竜騎士を打ち倒す困難さも、レヴァンは熟知している。そして、そうして点に手数を割くほど、竜騎士の攻撃を多く受け、被害が大きくなる。だから、強行突破する際、レヴァンは兵に攻撃せずにただ走り去るように指示していた。
土壁を乗り越え、竜騎士の脇を駆け抜けるまでに、マヴァル兵は竜騎士の強大な力にさらされるが、所詮は十五騎による攻撃だ。
一万強が一目散に走り去る間に、いかな竜騎士とはいえ皆殺しにできるものではない。せいぜい、数百人が限界で、一万一千以上のマヴァル兵が、しかし逃げ切ったわけではなかった。
「全騎反転! マヴァル軍を追えっ!」
フレオールの命令が下り、十五騎の竜騎士は百八十度、竜首を巡らし、マヴァル兵の背中に攻撃を加え、追撃戦へと移っていく。
「火を放てっ」
味方が強行突破を果たした直後、陣地に火を放ち、煙にまぎれてレヴァンらしんがりはバラバラに逃げ出す。
煙がレヴァンらの姿を隠すだけではなく、炎に包まれた陣地が敵の足止めをしてくれる。
元来は強行突破がうまくいき、獲物を取り逃がしたフレオールらも向かって来る予定での備えなので、レヴァンは数頭のアイス・ドラゴンでも対処できぬほど盛大に陣地を燃やしており、しんがりを務めた一千のマヴァル兵らの後方の安全は予定どおりに確保できたが、一方で一万一千のマヴァル兵は十五騎の竜騎士に予定外に後方から攻撃を受けている。
しかし、それに対して、レヴァンにはもう、一人でも多くの兵が逃げ延びられるよう祈ることしかできず、歴戦の老将は煙にまぎれてこの場から去り、間道から城塞に戻る以外の選択肢はない。
もちろん、老練なレヴァンには敵の狙いがマヴァル兵の背中をなるべく多く討つだけではなく、城塞の奪取も睨んでのことであるのは見抜いている。
だが、見抜いてはいても、レヴァンには打つ手がなく、その点も含めて無事を祈ることしかできないのが実状だ。
マヴァル兵や城塞の無事などかなうべくもない願いであるのを承知の上で。




