落竜編17
「こっ! 皇帝陛下が崩御なされたというのか?」
「はい。どうも、そのようにございます」
驚愕すべき報告を受け、レヴァンは大きくなりかけた声を必死に抑えて問い返し、ゼラントの竜騎士は狼狽した様子ながらうなずいた。
帝都に使者として派遣した竜騎士が、想定よりも五日も遅れて戻って来た理由を思えば、むしろ五日程度の遅れですんだと考えるべきだろう。
竜騎士たちによる空襲が終わった後のマヴァル帝国の帝都に、さすがにドラゴンに乗って近づけるものではなく、少し離れた場所に着陸し、そこから徒歩で帝都へと向かった。
空襲を受けて混乱する帝都を苦労して進み、マヴァル皇宮に歩いてたどり着いた竜騎士だが、市中とは比べものにならない大混乱の渦中にある半壊した皇宮において、ただレヴァンの書状をしかるべき者に渡すだけのことに、市中を進む時以上の苦労と時間を強いられることになった。
物損だけではなく、少なくない死傷者が出た上、その死者の中に崩れたガレキに押し潰されたマヴァル皇帝が含まれているのだから、皇宮が大いに混乱するのも当然であろう。それでも一応、レヴァンの書状を高官に渡したが、考えるまでもなく皇帝の裁可など仰げるものではないし、何よりその死後処理で右往左往している高官たちは、老将の訴えにかまっていられる状況ではなかった。
だから、書状を渡してから竜騎士は何日も待たされ、その間にもれ聞いた話から皇帝の死を知って確信した五日目に見切りをつけ、レヴァンの元へと戻ったのである。
さすがに耳にした内容が内容なだけに、主君であるゼラント王に何も話せず、レヴァンにも人払いをしてもらい、竜騎士は帝都で起きた一連の出来事を話し、老将を大いに苦悩させた。
祖国の帝都が何十という竜騎士に襲われたというだけでも充分に衝撃的な内容だというのに、その襲撃で主君が死んだと聞かされては、歴戦の老将をしてもどうして良いかわからず、そもそも現在のレヴァンはどうにもならない戦況にあるのだ。
マヴァル軍がアーク・ルーン軍に前後を挟まれ、身動きのとれない状況にあるのは変わらないが、マズイのは元から少なかった兵糧が欠乏し出したことだ。
無論、元から話し合いですむとは思っていなかったレヴァンは、すでに全軍の再編を終えているが、一方で強行突破に打って出るタイミングがつかめずにいる。
「少々、あのフレオールとかいう小僧を見くびっていた。向こうはひんぱんに竜騎士を飛ばし、上からこちらの動きに注意を払っておる。これでは動きたくとも動けん」
かつてスラックスの第五軍団に包囲されたタスタル軍は、竜騎士を先頭に強行突破を計ろうとし、ことごとくそれを阻まれたのは、竜騎士の駆るドラゴンの巨体が良い目印になったからである。
さすがにレヴァンはそんな間抜けな采配はぜず、ガーランドらを陽動に使うくらいの知恵はあるが、上空からスカイブローに跨がったフレオールに見下ろされていては、マヴァル軍の動きはカンタンに把握されてしまう。
さらに厄介なのは同乗するシィルエールの存在で、彼女がドラゴンの咆哮を発すれば、地上の竜騎士たちに上空から見たマヴァル軍の動きが伝わってしまう。
だが、何より侮れないのはフレオールの姿勢と警戒だ。
フレオールとの交渉の場で一時休戦を取り決めたが、レヴァンはそれを律儀に守るつもりはない。この苦境を脱するためなら、敵との口約束にこだわる気がないのは、長い戦歴で兵法とは詭道、偽りと欺く道と学んだからである。
だが、フレオールは休戦の約定に安心せず、油断することなく構え、レヴァンに不意を突くことも動くことも許さなかった。
マヴァル軍にはもうほとんど兵糧がない。これから一日、一刻ごとにマヴァル兵は弱っていく。隙なく睨んでさえいれば、弱り果てたところを挟撃するも、虜にするもアーク・ルーン軍の自由というもの。
「ところで、私などが心配するべき筋でないのを承知でお聞きしますが、このように急に皇帝が亡くなり、貴国は大丈夫なのですか?」
「その点は心配ない。陛下は生前、皇太子をきちんと定めておられる。今は多少の混乱が見られようが、皇太子殿下が即位されれば、今の騒ぎはすぐにおさまる。心配めさるな」
竜騎士の懸念を言下に否定したレヴァンの言葉は虚勢ではなく、後継者問題などが起きぬようにマヴァル帝国は手を打っている。
マヴァル皇帝は生前、皇太子を定め、世継ぎであることを明言しており、有力な家臣が皆、皇太子を支持するように根回しもしており、かくいうレヴァンもその一人である。
刎頚の友、その友人のためなら首をはねられても構わぬ間柄にある、マヴァル帝国の重臣の一人が、皇子たちが帝位を巡って争わぬよう手を打ってあるので、皇太子が生存しているならばその点に不安はない。
ただ、どれだけ周到に準備していようが、皇太子が即位して新たなマヴァル皇帝となるには、まだまだ日数を必要とする。単純に、即位式の準備を整えるだけでも十日や二十日ですまぬはずだ。
それを待たずに戻って来たゼラントの竜騎士の判断は間違っておらず、十日も待っていては、マヴァル兵は飢えて倒れていたであろう。
「とにかく、敵の狙いがこちらを兵糧攻めにすることは明白なのだ。そして、このまま無策でおれば、敵の術策にはまって倒れるのみ。多少の犠牲は覚悟の上で、強引に敵の罠を噛み破るより方策はない」
ロックの負傷を知らぬレヴァンは、フレオールの苦肉の策を深読みする。
それゆえ、偶然の産物である皇帝の殺害も、アーク・ルーンの策の内と考えている。
だが、不幸な事故でしかなかったロックの負傷を、フレオールが即興で兵糧攻めに変更した策の内容は、レヴァンの読みどおりであり、その点に関しては誤りはない。
そして、偶発的な戦果とはいえ、マヴァル皇帝の死を無駄にするアーク・ルーンではなかった。
突発的な事態で修正を加えた作戦が雑なものとならないのは、ワイズ王国、引いては七竜連合によって証明されている。
今、マヴァル帝国においても思わぬ奇禍を得て、魔法帝国のアーク・ルーンの作戦は変化しつつあった。
甘くなるどころか、より過酷な内容へと。




