落竜編16
現在、レヴァンの手元には三騎の竜騎士がいる。
祖国が滅亡し、亡命して来たバディン王国の第二王子ガーランドと、同じく亡命して来たゼラント王につき従う竜騎士二騎である。
約一万三千のマヴァル兵と共にアーク・ルーン軍に前後を挟まれ、身動きの取れないレヴァンは敵将フレオールと交渉の末、城塞の明け渡しの可否をマヴァル皇帝に仰ぐ使者としてゼラントの竜騎士を一騎を飛び立たせた。
さすがに一国の元王子を使いに出すわけにもいかないゆえの人選だが、可否を問わずともマヴァル皇帝が城塞の明け渡しに応じるわけがないのは分かり切っているが、敗走して乱れた自軍の再編をするのに時を要するので、交渉に応じるふりをする必要があり、無駄を承知で竜騎士を飛ばしたのだ。
レヴァンからそうした説明をされ、マヴァル皇帝への書状をあずかり、乗竜たるフレイム・ドラゴンを駆る竜騎士は、単なるパフォーマンスの無駄飛びをさせられているゆえ、帝都に向かうにあたって警戒なくまっすぐ飛び、その異変に気づくのが少し遅くなったとしても、仕方ないことであろう。
竜騎士は乗竜の視覚や知覚を借りて用いれば、遠くものが見えるようになり、周囲の異常も敏感に察知できるのだが、それも竜騎士当人が意識して用いてこそだ。
漫然と飛行していたゼラントの竜騎士は、最初、上空を飛び回るそれらを単なる鳥と思ったが、すぐに帝都が竜騎士たちに空襲されているのに気づいて愕然となった。
マヴァル帝国の帝都は六万の兵で守れている。一方で、空襲を仕掛ける竜騎士の数は三十一騎。もし、これが平原で相対していたなら、さすがの竜騎士でもカンタンに撃破することはできなかっただろうが、皮肉にも市街戦であることが、小回りの効かない竜騎士たちの有利に働いた。
帝都空襲の作戦を立案したフレオールが着目したのは、六万の兵も広い帝都に分散配置されている点だ。
六万の兵がある程度、固まって配置されているのは、皇宮と外壁ぐらいだ。三十一騎の竜騎士を三隊に分け、ナターシャ、フォーリス、ミリアーナに指揮させた。
ナターシャの隊は皇宮に次々と降り立ち、手当たり次第に暴れ、殺し、壊し、奪う。
フォーリスの隊は、皇宮の周りの皇族貴族の居住区に次々と降り立って、手当たり次第に暴れ、殺し、壊し、奪う。
そして、ミリアーナの隊は皇族貴族の居住区と市民の居住区の境に次々と降り立ってゆき、街路を近くの建物を壊すか、燃やすかしてふさいでいく。
帝都の中心部、皇宮と皇族貴族の居住区にいる兵は一万に満たない。残る五万も、ミリアーナの隊の破壊工作により、街路をふさがれて交通を遮断されると、むなしくガレキの山や火の壁の前で立ち尽くすしかなかった。
そこにフォーリスの隊が暴れることにより、皇族貴族たちは皇宮への救援よりも自宅警備を優先して動かず、私兵は元より、近くの正規兵も自分の元に呼び寄せるありさまだ。
こうして孤立した皇宮はナターシャの隊に蹂躙された。それでも皇宮には五千以上の兵に守られていたが、建物を壊すことを気にせずに動き回る竜騎士らと、建物が邪魔で隊伍を組める場所が限られるマヴァル兵たちでは勝負にならない。
それ以前に、いきなり皇宮が直に襲われ、マヴァル側はひたすら戸惑い、右往左往するばかりであった。
まさか、六万もの兵が守る帝都が襲われることはないという油断は、帝都の対空防備の少なさと、後手後手の対応が何よりも雄弁に物語っていた。また、攻められた際は、外から内へと向かうもので、いきなり中心に攻撃してくるなど、誰もが想像しておらず、マヴァル側は完全に不意を突かれた結果が、皇宮の惨状だ。
先日から何度も私掠行為を働いてきた竜騎士たちには、もう奪うことにも殺すことにもためらいはない。それどころか、襲撃を指揮するナターシャはせっかくの美人が台無しになるほど、目を血走らせ、鬼気迫る表情で、小脇にマヴァル皇族の幼児二人を抱えているので、他の竜騎士たちも手加減も容赦もなくマヴァル皇宮で暴れ回った。
無論、三十一騎が暴れ回る中、使者としてやって来た一騎のみで突入してどうにかなるものではないどころか、ヘタに帝都に近づいたそのゼラントの竜騎士は、マヴァル兵から矢を浴びるはめとなった。
もっとも、五万以上のマヴァル兵は障害物の前に立ち尽くしているだけではなく、ガレキの撤去と消火活動に勤しんでいるので、ナターシャも長々と人さらいに奔走するわけにもいかず、魔法の縄で三人目を縛った時点で、
「ガアアアッ!」
街路の封鎖が突発されると判断したミリアーナが、咆哮を発して撤収を促す。
ドラゴンの轟き渡る咆哮を、ドラゴンの優れた聴覚が察知すると、壊すだけ壊し、奪うだけ奪った三十一騎の竜騎士は次々と飛び立ち、マヴァルの帝都より去っていく。
半ばガレキの山と化したマヴァル皇宮を後にして。




