落竜編15
ロックの負傷で即興でフレオールが変更した戦法は次のとおりである。
シィルエールの乗竜スカイブローに乗り、街道に十四騎の竜騎士と合流し、西進して敗走するマヴァル軍の方へと向かう。
一方、イリアッシュらは進軍速度を落とし、伏兵に注意しながらゆっくりと進み、ティリエランらが追いついて合流した後も、ゆるやかな追撃を維持させる。
敗走するマヴァル軍は、兵を失い、あるいは一部が逃げ散ったとはいえ、約一万三千はいるものの、隊列を整えるではなく、あくまで固まって逃走しているだけゆえ、兵馬を再編せねば戦える状態にない。もっとも、兵の一部は逃げる際に武器を捨てているので、再編しても戦力にならない者もいるが。
レヴァンならば、追撃が甘い点に不審を覚えてはいるだろうが、軍を再編せねば背後の敵に手を出せるものではないし、その点を読んでフレオールは十四騎の竜騎士を西へと進め、マヴァル軍に再編の時を与えぬようにしたのだ。
前面に十五騎の竜騎士が立ちふさがり、後方から四騎の竜騎士と二千五百の兵が迫りつつあるマヴァル軍は、軍を再編する時に加えて兵の一部が武器がないだけではなく、兵糧もほとんどない。もちろん、目前に挟撃の危機が迫るマヴァル軍にとって、兵糧があろうがなかろうが長期戦という選択はない。
フレオールも絶対の自信があるわけではないが、レヴァンは動きたくとも、否、戦いたくとも戦えない状態にあり、それでも無理をして強行突破を計るとしたら、つけ入る隙を見出だしたとしても背後の敵でなく、前面の自分たちに向かって来るだろう。
兵糧のないマヴァル軍には城塞に引き上げるしか生き延びる術はなく、東に戻るしか方策がないのだ。
それでも一応、フレオールはイリアッシュやティリエランに、マヴァル軍が向かって来たら戦わずに退くように言ってある一方、十五騎の竜騎士にはマヴァル軍が背中を見せたら突っ込む構えを見せている。
さらにダメ押しとして、レヴァンの元に使者を送っており、
「城塞を明け渡すならば、マヴァル軍の通過を認めるものとする。ただし、通過する際にマヴァル軍には武装解除してもらうこととする」
魔法帝国アーク・ルーンのロペス領の東の守りは、ロペス王国の末期にマヴァル軍によってズタズタにされ、ろくな城や砦が残っていないが、侵略する側としては軍事拠点がないわけにはいかず、さりとて一から大規模な城を造れば費用などがかさむので、こうした経費削減もフレオールの作戦案の中に盛り込まれているのだ。
もちろん、侵略される側にとっても防衛拠点は必要であり、マヴァル帝国にとってはとても放棄できる情勢ではないが、一万以上の兵が挟撃によって全滅されかねない現状では無下に断るわけにはいかない。
街道はふさがれ、狭い間道から行けば襲われた際にひとたまりもない。とりあえず、交渉に応じれば、少なくとも軍を再編する時をいくらか得られるので、レヴァンはフレオールと会談することとした。
竜騎士とマヴァル兵が見守る中、両者は護衛を伴って進み出て、一同の眉をしかめさせた。
進み出たフレオールとレヴァンは共に竜騎士を一名ずつ護衛としている。レヴァンの傍らにいるゼラントの竜騎士に対して、護衛として進み出たシィルエールはフレオールにすり寄っており、敵味方のひんしゅくを買っている。
イリアッシュとティリエランがマヴァル軍の後ろにいる以上、十五騎の竜騎士の中で最も強いのはフリカの元王女であるのはたしかだが、一方で精神的に今、一番にヤバイのも彼女である。
レヴァンの長い軍歴において、戦場に女を伴い、侍らすバカ貴族を何人か見てきたが、さすがにこのような場にまで同伴してきた大バカは初めてだ。
「さて、用件はすでに告げたが、国境警備のために貴国の城塞を譲ってもらいたい。その代価として貴殿らを見逃すのだ。悪い取り引きではないと思うが?」
「キサマッ!」
ふざけた態度でふざけた要求を述べられ、祖国を滅ぼした手先への怒りを爆発させんとしたゼラントの竜騎士を、
「ひかえろ」
苦虫を噛み潰したような顔でレヴァンは制止する。
自分の四分の一も生きていない若僧の振る舞いに、レヴァンこそ怒声を放ってやりたいが、そのような腹立たしさをこらえねばならぬ苦境にあるのが、マヴァル軍の現状だ。
生来、血の気の多い老将は、若い頃なら確実につかみかかっていたであろう大宰相の異母弟に、
「そちらの条件は理解した。だが、城塞はわしの所有物ではなく、マヴァル帝国の全ては陛下の御手にあるのだ。そのような条件、わしの一存で判断できるわけがなかろう」
「では、使者を出してそちらの陛下におうかがいを立ててくれ。こちらはその間、軍事行動をひかえても問題はないんだからな」
兵糧のないマヴァル軍は条件受諾か強行突破か、早急に結論を出さねば飢えることになる。それを見越してアーク・ルーンが、否、フレオールが強気に出ているのがわかるからこそ、レヴァンの顔はますます苦いものとなる。
だが、これはマヴァル軍にとっても悪い展開ではない。最悪なのは、アーク・ルーン軍に問題無用で前後から挟撃されることなのだ。しかし、時を稼げれば、軍を再編して前後からの挟撃に対応できる陣容を整えることができる。
無論、長々と引き延ばすのはかなわぬが、ゼラントの竜騎士のどちらかに飛んでもらえば、帝都まで往復してマヴァル皇帝より返事をもらってくるまで三、四日ですむ。それくらいならば兵糧は何とかもつし、軍の再編も終えられる。
長年、仕える主君の性格を知るレヴァンは、皇帝が城塞の割譲など受諾するはずがないとわかるからこそ、強行突破ができるように軍を整えておかねばならない。
「わかった。陛下の元に使者を出し、そちらの条件を伝え、ご裁可を仰ごう。こちらが返答するまで休戦ということで良いのだな?」
「誓約書でも書きましょうか」
この言いぐさに腹は立つが、レヴァンとしては怒りを抑えて敵の計略に乗るしかなかった。
そうせねばマトモに戦うこともできないのだから。




