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ワイズ騒乱編3-2

「トイラックという人物について教えて欲しい」


 亡命政権の窮状を座視するでなく、裏切り者に頭を下げて捕虜の件のみを片づけるのではなく、敵の知恵にすがることをまだ選んだわけではない。


 学園長と他の七竜姫が対魔学の見直しについて話し合っている放課後の一時、フレオールらの監視を理由に、会議に唯一、出席していないウィルトニアは、昨日と同じく人気のない校舎裏にいた。


 もちろん、ライディアン竜騎士学園のトラブル・メーカーは魔法戦士だけではない。イリアッシュも昨日と同様、少し離れた場所にいるが、その隣にいるのは昨日と違い、ウィルトニアの乗竜、ドラゴニアンのレイドである。


 いかに苦悩が深かろうが、敵に対する処置を怠らない姿勢に、大いに感心するフレオールに対して、ウィルトニアが切り出したのは、トイラックについてまず知ることだった。


「味方に頼るべき者はいないか。まっ、当然の判断だな。で、まずトイ兄について聞き、頼るべきか考える判断材料とする。慎重と言うべきかも知れんが、オレがもしウソを並べ立てたらどうする?」


「それにだまされるなら、私はその程度だっただけの話だ」


 見た目に反し、慎重なウィルトニアだ。おそらく、七竜連合が集めた、トイラックに関する表面的な情報には目を通しているだろう。


 ヘタなウソでだませるほど甘く見てもいなければ、そもそもフレオールにウソを並べ立てる気は毛頭ない。


「どのみち、何もしなければ、我々は味方に疎まれるだけだ。なら、敵にうまく利用された方がいい。姉上を破った手腕、期待しているぞ」


 底の浅いトリックを使う程度の敵なら、最強の竜騎士が破れるわけがない。一見、ウィルトニアが有利となる甘美な罠を張り、その実、自分たちに都合良く亡国の王女を動かす。


 ウィルトニアの理想としては、敵が信じさせるために用意するエサのみを食らい、敵の思惑のとおりに動かないことだが、逆に言えば、それくらいの危険な賭けに出ねばならないほど、ワイズの亡命政権は窮している。


 もちろん、虎穴に入るか否かは、これからフレオールが語る内容によって決める。


「わかった。それでは、ネドイルの大兄の最高の評価を得たトイ兄、トイラックなる人物について語ろう。で、七竜連合はトイ兄についてどれだけのことを知っている?」


「十一年前、浮浪児であったところを、ネドイルに妹と共に拾われ、助けられた。ネドイルの元で育てられ、十三にしてネドイルの部下として働き出す。そして、十七の時、毒刃に倒れたネドイルに代わり、大宰相代行となり、国政を取り仕切っただけではなく、大規模な内乱をも鎮めた。その後、内務大臣を務め、今はワイズの地を治めつつ、五十万の軍勢の後方支援も担当している。私の知っているのはこの程度だが、ふん、ワイズの民を思えば、オマエからマトモな話を聞きたいものだ」


「すまんが、非常識な話しかできんから、その辺りは期待しないでくれ。表面的な事柄ばかりだが、トイ兄に関してはその通りで間違いない。では、掘り下げた話をしよう。まず、トイ兄にはあんたと同じ年、四つ下の妹がいる」


「ちょうど私と姉上と一緒なわけか」


 単なる偶然だが、敵との共通性に、ウィルトニアは面白くなさげな反応を見せる。


 ちなみに、ウィルトニアの姉、アーシェアは、生きていれば今年二十一である。


「トイ兄の母親は小さい頃に死んでいて、父親も八つの頃に死んだそうだ。それで貧しいなりにやってこれた暮らしが破綻し、幼い妹を抱えて路上で暮らすようになった。どうにか二年は生き延びたが、ある日……いや、ちょうど、と言うべきか」


「何がちょうどなのだ?」


「いや、妹さんが高熱を出して死にかけ、トイ兄が大通りで必死に助けを求めていたところ、通りがかったネドイルの大兄が二人を助けたのだが、その日がちょうど、ワイズよりイライセン殿が来られ、和平について話し合う日だったそうだ」


「おじ、いや、イライセンがアーク・ルーンに行った際、相手に会談をすっぽかされたとか何とか。たしか、子供の頃にそんな話を聞いたような覚えがある。そのような事情があったのは知らなかったが」


 むしろ、彼女にとって印象深いのは、叔父であるイライセンが帰ってきた時だ。


 十一年前、ワイズ王国はアーク・ルーン帝国と和平条約を結んだが、その際、国務大臣、閣僚のトップであるイライセンがわざわざ遠く敵国の帝都まで行ったのは、和平を話し合う場にネドイルが出席するからだ。


 大宰相であるネドイルは、形式だけでもアーク・ルーンで第一の重臣である。ワイズ王国でそれだけの格式がある者となると、王か王族、または大臣ぐらいに限られる。元来なら外務大臣が赴くべきところ、あまりの大任に尻込みしてしまい、イライセンが代わりに会談に臨んだ。


 そして、大帝国たるアーク・ルーンを全面的に謝罪させ、多額の賠償金を支払わせたイライセンは、英雄として称えられた。


 幼いウィルトニアにとっても、叔父イライセンは掛け値なしの英雄だった。


 それだけに、昨年のイライセンの裏切りには、誰もが驚倒した。ウィルトニアも最後まで叔父を信じた一人である。


 和平後、イライセンが親アーク・ルーン派になっていたなら、ここまでの驚きはなかったかも知れない。が、現実には、イライセンは反アーク・ルーン派の急先鋒であり、和平の直後から十年間、ずっとアーク・ルーンの再侵攻に警鐘を鳴らし続けた。


 そうした背景があるからこそ、叔父の裏切りなど、ウィルトニアはまったく信じられず、信頼が深かった分、怒りと憎悪も大きくなった。


「しかし、残念だったな。もし、そちらがトイ兄を拾っていれば、ワイズが滅びることもなかっただろうに」


「無茶を言うな」


 ウィルトニアは無論、アーク・ルーンの帝都に行ったことはないが、人口百万以上の巨大都市が広大であるぐらいは予想できる。


 その巨大を想像すれば、たまたまそこに出かけていただけのイライセンとトイラックが出会うなど、まずありえない話である。


「まっ、前に話したとおり、トイ兄らを拾った大兄は、二人をオレの家に連れて来て、母上に任せたのだけど、とにかくトイ兄は遠慮深い上に頑固なところがあって、大兄も母上も養子にしようとしたが、当人が遠慮して拒み続けた。せめて、ちゃんとした学園に通わせようとしても、これにもとことん遠慮して、一通りの読み書きと計算ができるようになると、十三で働きに出ようとする。母上がいくら諭しても聞かず、大兄も困り果てて、自分の職場で働かせつつ、面倒を見ることにした。そこで政治や経済、法律や軍事、謀略なんかも自然に覚えていったそうだ。周りに手本となる人が色々といたのもあるだろうが」


「で、四年前の内乱の話となるのか? 何でも、十七であの大国をうまくまとめ上げたとか。私も十七だが、とてもそんな自信はない」


「それはそうだろう。何しろ、トイ兄が大宰相代行に任命され、最初にやったことは、重傷のネドイルの大兄を、地下牢にぶち込むことだったからな」


「……なっ!」


「オレも地下牢に入れられたし、大臣や将軍らの身内は軒並み拘束された。そして、普段から、トイ兄を元浮浪児と嘲っていた皇族二人、貴族五人を捕らえて殺した。当人ばかりではなく、赤子を含む家族も皆殺し、それも悪魔を使った公開処刑だ」


「……まさかっ」


 驚きが去ると、ウィルトニアもバカではないというより、過去の出来事ゆえ、トイラックの意図が何となく推察できた。


「そうだ。四年前の内乱は自然と起きたものではない。トイ兄が起こさせたものだ。何しろ、第二次大侵攻が準備段階に入っていたからな。安心して外征に出るためにも、国内のうみを出し尽くしておかんといかん。オレも今だからこう言えるが、当時は呆然と事の成り行きを見ているしかなかった」


 当時、七竜連合と偽りの平和状態にあったように、将と兵の多くは国内にいた。不平分子が反逆を企むなら、現在のような兵がほとんど外に出ている時を狙うのが常道だ。


 それゆえ、普通のやり方、普通の状態では、国内のうみを出し切るほどの、大規模な内乱など起こりようがない。


「何人も投獄などして、人々を激しく動揺させる。わざと大きな隙を見せた上、様々な流言を密かにまく。特に効果的だったのは、自分をバカにした人間を殺し尽くすというものだった。トイ兄は生まれが生まれだから、心当たりのある皇族、貴族はいくらでもいる。そういう連中が七人、いや、七家族だけではなく、十を越した辺りになると、奴らは完全に恐慌状態になり、殺られる前に殺れという心理状態にまで追い込まれた。特に大きかったのは、その連中の中に当時の皇太子殿下がおられた点だろう」


 自分も王族ゆえ、ウィルトニアは上流階級のつき合いの多さを、うんざりするほど知っている。


 皇族、貴族が兵を挙げるなら、普段からのつき合いの多さによる人脈を頼る。彼らはすっかりと心理的に追い込まれており、なりふり構わなくなっているから、その行動はカンタンに目についた。


 ネドイルの支配が確立されて二十年近い。浅はかな者らはとっくに族滅されており、生き残っている皇族や貴族は、生き残れるだけのしたたかさを持っている。そうした連中を反逆に追い込むには、生半可な手では不可能なのだ。


 もっとも、したたかさでは、ネドイルやトイラックの方がはるかに上である。第二次大侵攻を前に、国内の不安要素を排除する準備していたところに、暗殺者がネドイルを当面、起き上がれぬ体にした。普通なら、これで計画は頓挫か延期の憂き目を見て、体調が回復するまで大過なくすごそうとするが、四十のおっさんと十七の若僧の発想は違った。


 ネドイルは自身の不幸を計画の前倒しにする材料にした。そして、トイラックは己の生まれをバカにされ続けた不幸を、計画を成功させる材料にしてのけた。暗殺者によるアクシデントは偶然の産物であり、トイラックが人々に見下されたのは自然の成り行きだった。自らの不幸を武器にし、即興で計画の大舞台を整え、大国を騒然とさせるシナリオを書き上げ、様々な状況をアドリブでしのぐ。敵も味方もたった二人の合作に踊らされ、次回作『世界征服』のための前公演は大成功の内に幕を下ろした。


「言うまでもないが、トイ兄はちゃんと将軍たちと密かに連絡を取り、反乱の火の手が大きく広がるまで傍観させ、火種が残らず発火してから、討伐にかかった。大規模な内乱だったが、たった十日で鎮圧された。鎮圧後、内乱で生じた混乱や爪痕も、トイ兄は見事にきれいにして、大兄が復帰する頃には、チリ一つ残さず、大掃除を終えて国権を返したんだが、最大の問題が起きたのは、むしろその時なんだよ」


 フレオールが深々と吐いたため息は、何やら呆れた風であったが、その理由はすぐにその口から語られた。


「ネドイル閣下の指示に従っただけであり、自分は大したことはしてない。そう言って、トイ兄は恩賞を辞退し、これまたネドイルの大兄をとことん困らせたんだよ。こうなると、本当に頑固な人で、大兄はあの手この手で、恩賞を受け取らせようとしたんだが、トイ兄も手強いんだ、これが」


 ウィルトニアも呆れた風となりながら、ネドイルとトイラックの攻防に耳を傾ける。

「まず、総指揮を執った者が恩賞を受け取らないと、その下で働いた将たちが恩賞を受け取り難いと諭して、一端は受け取らせたんだが、恩賞の沙汰が終わると、トイ兄は恩賞を国に返還したんだ。それも正規の手続きを踏んで」


 一端、受け取った恩賞を返すのは、たまに耳にする話である。単純な遠慮というよりも、恩賞をもらいすぎると、周りから妬まれるので、味方に快く思われなくなる。組織の中で孤立、浮かないために、そのような用心をする。


 ウィルトニアも、昔、叔父イライセンが同様のことをしたのを目にしている。


 もっとも、トイラックの場合は、本当に単純な遠慮しているだけな上、正規の手続きを踏んでいるので、ネドイルも相手の遠慮を国庫に収めるしかなかった。


 最高権力者であるからこそ、規律や法を軽んじるわけにはいかない。上の者が法を守るからこそ、下の者もそれに従うのだ。


「当人が受け取らないので、大兄は次の手立てとして、妹の方に何回かにわけ、恩賞を間接的に与えようとしたが、トイ兄はそれをオレの母に譲るように指示したそうだ」


 有力な家臣の家族に恩賞を与えるのも、聞かぬ話ではない。


 また、もらった恩賞を有力者の一族にそのまま譲る例も少なからずある。


 フレオールの母親は、ネドイルの実母ではないが、にも関わらず自分の子と同様に育ててくれたので、ネドイルにとって数少ない頭の上がらない相手だ。その恩義のある相手のものとなっては、大宰相でも手を出せない。


 トイラックも妹と共に世話になっているので、その恩返しをしつつ、ネドイルの心理を読んだ上で、一石二鳥の対抗策を取ったのだ。


「まっ、最後には何とか恩賞を受け取らせたのだけど、その内容が金貨十万枚と、荒廃した土地の五千戸だ。トイ兄はそうした貧しい土地の者を見捨てないし、金貨は復興資金として活用する。今は貧しくても、復興が成れば、その土地からの収益で豊かな暮らしが送れると考えたわけだが、これもうまくいったとは言い難い」


「復興がうまくいかなかったわけか」


「いや、土地が復興した上、新しい産業も興させ、領民は豊かなになり、かなりの収益が出るようになったが、それに自分の大臣としての給金の大半も加え、無料の医療所をいくつも作って、貧しい人間が医者にかかれるようにしている」


 おそらく、ネドイルに拾われる直前、医者にかかれる金がなく、妹が死にかけた経験が大きく起因しているのだろう。


「立派な人物とは思うが、ワイズの民のことが心配だ」


 連休明けの放課後の手紙と照らし合わせると、トイラックという人物の異常性と危険性が、ウィルトニアにもいくらか理解できた。


 私人としては我欲が少なく、心優しい、善良な人物ではある。


 が、公人としてはその立場と責務を最優先とする。国が善政を是としたら最高の善政を行い、国が謀略を是としたら最悪の謀略を張り巡らせる。特に後者は、四年前の内乱時、人の命を撒き餌に使い、赤子すら殺している。


 ワイズを統治にするに当たり、ネドイルが善政を命じていれば心配ない。が、虐殺を命じた場合、どうなるか。


 ウィルトニアも祖国のことは気がかりゆえ、その情報はいくつも耳にしている。ワイズの現状はよく治まっており、民が苦しんでいるという話は聞かない。が、それが今後も続く保証はないし、何より一つ自分が大きな過ちをおかしていたのにも気づく。


 亡国の第二王女は瞑目し、


「……なぜ、姉上が私たちの前から消えたか、ようやくわかった気がする。どうやら、会わねばならないか。トイラックとやらに」


「立場が違えど、目的が同じなら、協力の余地もある。その点がわかったなら、問題はない。トイ兄にアポを取っておこう。最善の策は、トイ兄が考えてくれるだろうからな」


「ああ、うまく私を利用してくれ。ただし、だますとしても、ワイズの民の姿を偽ることだけは許さん。それだけは肝に命じておけ」


「言われるまでもなく、肝はとっくに冷えているよ。そのための見せしめに、クラウディア姫らとあんたらが殺されるんだ。その点ではなく、自分の心配をした方がいいぞ」


「相変わらずわけがわからん。言っておくが、今回の件だけだ、協力するのは。うまく計ってくれれば、感謝はする。が、戦場で私が手心を加えると思わぬ方がいいぞ」


 閉じていたまぶたを開き、キッパリと言い放たれたフレオールは、力なく笑って応じ、内心でただ哀れむ。


 戦場が、戦えて勝敗が決するなどという、有り得ない未来を見ていることに。



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