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落竜編13

 わずか兵が守っているだけの城や砦が、大軍の進軍を阻んだ事例は、軍事上、いくらでもある。


 大軍を擁しながら小城を落とすのに、長々と包囲しなければならなかったり、間断なく攻め続けてようやく落城にこぎつけたりなど、兵力で勝る相手の手を焼かせるのは、充分に可能なのだ。


  無論、大軍が全力を以て攻め続ければ、どれだけ固く守ろうが落城は必至だが、五百の兵が守る城を落とすのに、一千や二千、それ以上の兵を失えば、城を攻め落とせたとしても、攻城側は用兵学的に失策を犯していることになる。


 そのような用兵学の初歩、歴戦の老将たるレヴァンは充分に心得ているのだが、砦を力で以て攻める愚策に走るより他にない苦境にあるのだから仕方ない。


 強引な力攻めで数千の兵を失おうと、このまま座していては兵糧が尽きて飢えて倒れるか、前後から挟撃されることになりかねないのだ。


 だから、背後から竜騎士たちが襲来する前に、どれだけ犠牲を出そうが正面の砦を攻め落とし、挟撃の危機を逆に各個撃破の好機に転じるしか活路がないレヴァンは、早朝から全軍を以て猛攻を加え、すでに数百の死者を出しているにも関わらず、マヴァル軍は未だに不退転の決意を以て猛攻を維持している。


 退くことの許されない戦いと事態において、レヴァンの用いた戦法は真正面からの正攻法で、初日のように土山を避けて兵を二つに分けたり、魔道戦艦を牽制に用いるようなこともしていない。


 無論、正面から砦に取りつこうとすれば、二つの土山に潜む竜騎士から攻撃を受けるし、実際にそれで百人以上のマヴァル兵が倒れている。だが、その一方で二隻の魔道戦艦からの砲撃によって、氷の砦の壁が何ヵ所か撃ち砕かれている。


 砕かれた壁は、その都度、ティリエランが氷で塞いでいるが、壁を、否、氷を砕いている魔道戦艦の砲撃だけではない。


 マヴァル兵は数人がかりで丸太をぶつけ、氷の破砕に努めている。当然、ロックたちはそれを阻止せんとするが、数で圧倒的に勝るマヴァル兵の方は、守備側の阻止行動を阻止せんと動き、ロックも手勢を少なからず失っている。


 二万の兵にしゃにむに攻められては、三千の兵で支え切れるものではない。ティリエランや土山に潜む竜騎士らだけではなく、イリアッシュやシィルエール、フレオールも砦から文字どおり飛び出し、ガーランドらと交戦しつつ、上空から攻撃を加えて要所要所でマヴァル兵の勢いを削いでいるので、どうにか砦はもちこたえているが、ロックの手腕を以てしても兵力差の分、どうしても押されてしまう。


 もちろん、損害比率はマヴァル軍の方がずっと大きく、凍結した土壁を挟んだ激しい攻防によって、守備側が百近い兵を失っているものの、攻城側の死者は千を越えているが、十倍以上の損害比率に怯まずに強攻しているからこそ、マヴァル軍は優勢に戦えていると言えよう。


 強攻に強攻に重ねたのが功を奏したか、千数百もの兵を失ったが、現在の強攻を維持していれば、三千の兵を失う前に三千の兵が守る砦を落とせると思われた矢先、


「レヴァン将軍、陣地から火の手が上がっています!」


 側にいる部下が報告というより、悲鳴を発するとおりに、マヴァル軍の陣地の一部が盛大に燃えている。


「あれは兵糧のある辺りではありませんか?」


「ああ、そうじゃな」


 別の部下が愕然と発するセリフに、レヴァンは苦々しくうなずきながら、老将は二つの点に気づいていた。


 おそらく、陣地に火を放ったのは、城塞からの伝令、正確にはそれに扮したアーク・ルーン兵らであろう。彼らが伝えてきた内容があまりにも衝撃的であったため、そちらにばかり気を取られ、彼ら自身の身元の確認をおろそかにしてしまったのだ。


 そして、アーク・ルーンがあらかじめこのような間者を用意していたのであれば、次の一手は容易に想像がつく。


 自陣から上がる火の手に、マヴァル兵らは動揺して先ほどまでの勢いを失っているどころか、一部の兵は立ち尽くし、砦から放たれる矢の格好の的になっている。


 この状態ではマヴァル兵は攻勢を維持するどころか、動揺がこうじて敗走に転じるのも時間の問題というものであった。


「閣下。無念でございますが、ここは退くべきです。留まっていては、イタズラに被害が出るだけですぞ」


「その前に弓兵を三百、いや、百でも揃えておかねば、大きな被害が出ることになるわ」


「どういうことでございますか?」


「こちらが退けば、敵が砦から打って出て来るのは明らかだ。ならば、弓兵に正門を狙わしておけば、打って出た敵の出鼻をくじくことができ、撤退に際して敵の追撃を鈍らせることができる。わかったら、早々に弓兵を集めよ」


 敗走する自分たちを、アーク・ルーンが追撃しないわけがない。動揺しきった自軍では整然とした撤退などできようはずもなく、追撃を受ければ一方的に背中から討たれるだけだ。


 だが、追撃しようと矢先に痛撃を加えれば、アーク・ルーン軍は警戒して追撃を自重するはずだ。アーク・ルーン軍のクレバーな戦いぶりを見る限り、勝ち戦で無用なリスクをおかす可能性が低いというより、その可能性に賭ける他ないのがレヴァンの現状である。


 動揺し、混乱するマヴァル兵の中から、どうにか弓矢を手にする兵を百人ほどかき集めると、


「全軍、後退だ! 陣地を捨て、城塞まで退けっ!」


 レヴァンの口から撤退命令が発せられると、動揺し、混乱していたマヴァル兵らは、ごく一部を除いて我先にと逃げ出し、中には武器を捨てる者さえいた。


 マヴァル軍が敗走、否、潰走する様は醜態としか見ることのできないものであり、


「憎きマヴァルの畜生どもが逃げるぞっ! 総員、出撃だ! 奴らを逃がすなっ! ひとり残らず殺せ!」


 ロックの興奮した声が届いたか、氷の砦の正門が開き始める。


 レヴァンの号令を待つ百の弓兵の前で。



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