落竜編12
「街道に陣取る竜騎士の数は十四騎。これではとても兵糧を届けることはかないません。どうか、閣下の兵を以て、連中の排除をお願い申し上げます」
城塞からの伝令、五人のマヴァル兵の一人が口にする凶報に、レヴァンやその幕僚ら、ガーランドにゼラント王、二騎の竜騎士と魔術師たちは息を飲み、重苦しい空気がその場に満ちていく。
レヴァン率いるマヴァル軍がにわか造りの氷の砦に攻め寄せて五日目の夜、初日のみならず、毎日のように攻撃を加えているものの、攻め落とすことがなかわず、この日の攻撃も失敗して陣地に引き上げ、明日の攻撃について思案を巡らせているところに、城塞からの伝令が訪れ、竜騎士らによって補給路が断たれたことを告げた。
二万人の兵糧である。補給路を断たれては、早晩、陣中の兵糧は尽きて、兵馬が飢えることになる。
城塞にいるマヴァル兵の数は三千。十四騎とはいえ、竜騎士らを強行突破できる数ではない。それに城塞を空にするわけにはいかないから、補給に用いれる兵は千五百がせいぜいだろう。
「その竜騎士たちは城塞に攻め寄せて来てはいないのだな?」
「はい、街道に陣取るだけで、竜騎士はこちらに攻撃を加えようとする動きは見せていません」
城塞はロペス王国との国境に設けたものだけあり、竜騎士に対抗するための防御兵器をいくつも備えつけてある。十何騎で攻め寄せば、城塞の防備を突破するのは不可能ではないが、竜騎士とて無傷ではすまないだろう。
「レヴァン閣下。これこそがアーク・ルーンの策略であり、我が軍はその術中に陥りつつあります。ここは早急に街道の竜騎士を討ち取り、補給路を回復して、それから砦の攻略に取りかかるべきでしょう」
「慌てて陣払いなどすれば、砦の敵が背後より襲いかかって来るのは目に見えている。陣中の兵糧はまだいくらか余裕がある。ここは砦を早急に攻め落とすのが先決というものだ」
「いや、ここはこの状況を利用すべきよ。慌てて陣払いしたように見せて退き、それに釣られて敵が砦から出て来たならば、そこを反転して連中を全滅させれば良いのよ」
この意見には、さすがにレヴァンも苦笑を浮かべるしかなかった。
今日までの砦の守備、采配を見れば、この程度の策に引っかかる相手でないのは明白であるというもの。
「一同、落ち着かれよ。兵糧は間道を使い、運び込めば良いだけではないか」
「あのような整備もされていない道から兵糧を運ぼうというのか?」
「いくつか荷車では通れぬ場所があったはずだぞ」
「それ以前に、そもそもが、竜騎士、いや、ドラゴンなどという巨大な生き物が一ヵ所に集まるまで、その動向にまったく気づかなかったというのは、どういうことなのだ」
正確には、竜騎士がマヴァル帝国を闊歩しているのが当たり前の状況を作っていたからこそ、竜騎士が一ヵ所に集うまでその動向に気づかなかったのだ。
先日まで、いや、今もだが、竜騎士たちはマヴァル帝国で私掠行為を働いている。当初は襲われる度に報告というより、悲鳴まじりの救援要請を行っていたが、祖国が竜騎士の跳梁に無力と悟ると、無駄な救援要請を行わなれなくなっていった。
マヴァル帝国の西部も、さんざん竜騎士の略奪にあい、城塞に助けを求めて無駄と考えるようになった。
今回も竜騎士たちを目撃している者はいくらでもいたが、誰もが城塞にそのことを報告しなかった。一つには、竜騎士たちは単独行動で各所から街道へと集結したので、目撃者たちはいつもの略奪目的の単独行と判断したのだろう。
レヴァンが氷の砦を攻める前に上がった狼煙が、この作戦の合図と今頃わかっても遅い。問題は、補給路を断たれ、前後を敵に挟まれた状況、敵の罠をどう噛み破るか、だ。
「砦を無視して進み、敵の食料を奪うことはできんのか?」
「すでに収穫は終え、しかも近在の民は全員、収穫した作物を抱え、ここより離れているようです。ヘタに前進すれば、敵地の深くで兵糧が尽きることになりかねません」
ロペス軍やゼラント軍と戦っていた時は、竜騎士の強さに頭を悩ませることはあれ、敵の作戦行動につけ入る隙がここまでないということはなかった。
八方塞がりな事態に、誰もがレヴァンに視線を向け、老将の判断と采配にすがる。
だが、戦場の外でもう劣勢が定まっており、レヴァンとて後はどう傷を浅く退くかしか、手の打ちようがない。
しばし考え込んでから、歴戦の老将は自軍の方針を一同に告げた。
「我が軍は全力を挙げ、明日は必ず砦を落とす。そうして、後方の安全を確保した後、撤退して、街道の竜騎士たちを討つ。前後の敵に挟撃の間を与えず、各国撃破する」




