落竜編11
「撃てっ!」
レヴァンの命令が下り、二隻の魔道戦艦から放たれた魔力は、氷の砦の前の二つの小山へと命中する。
砦を攻める際、いかにその前にある二つの小山、正確にはそこに潜むアース・ドラゴンを駆る竜騎士が邪魔となるかを知ったレヴァンは、まずその排除にかかった。
遠距離からの一方的な砲撃である。相手にも魔道戦艦がなければ、一方的に撃たれ続けるだけだ。それを何とかするには、せっかく築いた氷の砦から打って出て、二万の軍勢、六倍以上の敵に挑まねばならない。
仮に、敵が打って出てこないなら、それはそれで良い。竜騎士二騎を討てた上、氷の砦を攻める際の最大の障害を撃ち砕くことができるのだ。それから二万の軍勢で砦を攻めればいい。
「まだ仕留めることができんのかっ」
レヴァンの声が苛立つのも当然であろう。
魔道戦艦からの砲撃を開始して半時。小山も健在なら、中にいる竜騎士もまだ健在なのだ。
魔道戦艦からの砲撃は、一発ごとに小山を砕いているが、中にいる竜騎士が乗竜の能力で修復してしまうため、一進一退の攻防となってしまったのだ。
「五隻、いや、せめて四隻あれば」
年の割には健康な歯でほぞを噛み、悔しがるが、無いものねだりをしたところで仕方ない。
七竜連合、正確には竜騎士との戦いで、魔道戦艦はその多くを撃墜したので、竜騎士を圧倒できる魔道兵器と世間では誤解されているが、実のところ一騎対一隻では竜騎士の方に軍配が上がる。それなのに魔道戦艦の方に軍配が上がり続けたのは、それなりにまとまった数を的確に運用し、魔砲塔や弓兵も巧みに活用してきた、言ってみればスラックスやヅガートの手腕によって、竜騎士らははたき落とされてきたのだ。
アーク・ルーンの諸将に比べ、レヴァンの手腕が劣るのは事実としても、それのみでこの老将を責めるのは酷であろう。レヴァンはこの日、この時、魔道戦艦を初めて運用したのだから。
「よし。全軍を二つに分け、砦の両側面から攻めさせよ。その際、敵の竜騎士が動いた場合、ガーランド殿らにはその牽制をお願いする」
魔道戦艦の砲撃は見方を変えれば、二騎の竜騎士を牽制していることになる。残る三騎をこちらの三騎で牽制できれば、敵に砦があるとはいえ、二万対三千となる。
レヴァンの指示に従い、二万の兵が一万ずつに分かれ出した途端、
「敵の砦より二騎の竜騎士が飛び立ちました」
「チッ、全軍の再編成を中断。弓矢を構え、竜騎士に備えさせよ」
舌打ちしつつ、指示と方針を変更する。
二対三でも敵わぬことを聞き知っているレヴァンは、味方にガーランドたちを援護射撃させ、二騎を撃墜しようと考えたのだが、イリアッシュもシィルエールも弓矢の届かぬ位置で飛び回るのみ。
「なるほど。竜騎士で牽制し、こちらが全面攻勢に移る機会を与えぬつもりか。この兵力差ならば当然の術策ではあるな」
上空を舞う二騎の竜騎士を見上げながら、そうつぶやくレヴァンはそこで思考を停止するような凡将ではない。
この場においてはマヴァル軍はアーク・ルーン軍を圧倒しているが、全体的に見ればアーク・ルーン軍の総兵力はマヴァル軍を圧倒しているのだ。少なくとも竜騎士が二、三十騎と駆けつけて来るだけで、この戦場の戦力的な優位など吹き飛んでしまう。
数で勝る側がわざわざこのような状況を作ったとなれば、こちらを誘き出すための罠でしかないが、それがどのような罠なのかはいくら考えたところで無駄である。
戦場での駆け引きには自信があるものの、策略を巡らせるのも見破るのも不得手なのを心得ているからだ。
無論、マヴァル帝国もレヴァンも密偵を放ち、アーク・ルーンの動向や思惑を探らせていたが、それがうまくいかなかったからこそ、レヴァンらはこの場に誘い出されたと言えよう。
アーク・ルーンの作戦と策略の全容はわからずとも、眼前の敵を一気に討ち果たし、敵に策略が完成する時を与えぬことが、敵の罠を噛み破る、少なくともアーク・ルーンに一矢と報いることにつながるはずだ。
「二千の弓兵はわしとともに上空の竜騎士に備えよ。残りは二手に分かれて、砦を左右両面から攻めよ。ガーランド殿ら竜騎士には、上空の竜騎士らの牽制をお願いする」
再びレヴァンの指示と決断の元、マヴァル軍は慌ただしく動き始める。
二隻の魔道戦艦が二騎の竜騎士に砲撃を加える中、レヴァンの元に二千の弓兵が集い、残る一万八千が二手に分かれて、氷の砦の左右両側面に移動していく。
上空のイリアッシュとシィルエールは、移動と攻勢を始めた九千ずつに急降下してその行動を阻害しようとしたが、
「放てっ!」
レヴァンの号令の元、放たれた二千本の矢が、二騎の竜騎士の阻止行動を阻害する。
「ガアアアッ!」
すかさずガーランドら三騎が飛び立ち、イリアッシュとシィルエールへと向かって行く。
ライディアン竜騎士学園を卒業した三騎だが、永遠に卒業できなくなった後輩にマトモに飛び向かえば遅れを取ることは明白ゆえ、レヴァンは小娘二人を相手に三騎の竜騎士のみならず、二千の弓兵も動員して、二騎対三騎と二千人という状況にならなかった。
「槍よ! 刺し砕け!」
「ガアアアッ!」
シィルエールと共にスカイブローの背に跨がるフレオールが投じた真紅の魔槍を、さすがにゼラントの竜騎士はドラゴニック・オーラを展開して防ぐが、
「ガアアアッ!」
エア・ドラゴンが地上の二千の弓兵に突風を叩きつけ、そうして射撃を封じている間に、ギガント・ドラゴンが魔道戦艦の方へと向かう。
当然、上空から迫る巨体に対して、二隻の魔道戦艦は砲撃でその接近を阻もうとし、
「ガアアアッ!」
砲撃の的から外れた二騎の竜騎士が土山から飛び出し、それぞれ氷の砦の側面に取りついた九千のマヴァル兵に、アース・ドラゴンの巨体を以て側面から突っ込んで横撃を加える。
「ガアアアッ!」
さらに氷の砦の正門が開き、乗竜を駆ったティリエランと五百の兵を率いてロックが飛び出す。
砦の側面に取りついているマヴァル兵は、どちらも竜騎士の横撃を食らって混乱している一方に、ティリエランを先頭にロックたちも突っ込む。
竜騎士に二度に渡る突撃を受けた九千のマヴァル兵は、混乱しつつロックらを迎え撃とうとしたところに、砦から矢の雨を降って来る。
ロックらと砦の守備兵、言わば挟撃された形のマヴァル兵に対して、
「全員、敵の右側面に回り込め!」
レヴァンからすれば「巧妙なっ」と舌打ちしたくなるような動きを見せる。
二騎の竜騎士と五百の兵が、砦の正門から離れる形で側面に回り込めば、混乱する九千のマヴァル兵は正門の方に向かうが、すでに固く閉ざされたそこを攻め破ろうとせずに通りすぎ、九千の味方と合流を計り、一万八千のマヴァル兵は更なる混乱に見舞われる。
敵前で、しかも砦から矢が降る状況で、おちおち一万数千の編成などできるものではない。九千のマヴァル兵は九千の味方に突っ込んだようなものであり、右往左往する一万八千の中に竜騎士らとロックたちも躍り込み、三十倍以上の敵を一方的に薙ぎ倒していった。
味方のふがいなさに腹が立たぬわけではないが、それ以上にロックの手腕には敵ながら感心するより他なかった。これが歴戦の軍人ではなく、二十歳にもならぬ若造の、しかも少し前まで軍事とは無縁の農夫の指揮統率とは、とても信じられなかった。
だが、二十歳に満たぬ元農夫の軍事的な手腕が信頼できるからこそ、フレオールは安心して一戦士として振る舞え、専念できるのだ。これが今年二十歳の元王女の指揮ならば、フレオールはその補佐に徹しなければならなかっただろうし、
「半数は竜騎士に矢を射続けよ。半数は弓矢を捨ててわしに続け。味方を助けるぞ」
レヴァンも慌てて味方を助けに走らずにすんだだろう。
フレオールがガーランドら竜騎士を、シィルエールが一千に減った弓兵を、イリアッシュが二隻の魔道戦艦を相手にする中、一千の兵を率いてレヴァンが劣勢にある一万八千の元へと向かうと、
「全員、砦に退くぞ」
老将が救援に動いたのに気づくや、あっさりとそれまでの優勢を捨て、ロックは手勢の引き上げにかかる。
マヴァル軍の方が数でははるかに勝るのだ。混乱していればこそ、多数の敵を少数で引っ掻き回せるが、レヴァンの指揮で混乱から立ち直ったら、多数の敵に撃滅されるだけなのでその前に引き上げにかかったのだ。
ロックが引き上げれば、レヴァンはその追撃よりも味方を混乱から立て直すのを優先させるだろう。無論、矢の雨が降る砦の側に立て直せるものではなく、また時刻も夕刻に近いこともあり、レヴァンは今日は引き上げにかかり、その点も見越してロックも引き上げたのだろうが、それは歴戦の老将と同じ駆け引きを元農夫の青年がしていることを意味する。
マヴァル軍というより、レヴァンが撤退と仕切り直しにかかったのを見て取ると、ロックのみならず、フレオールもシィルエールやイリアッシュに呼びかけて後退を始める。
「わしの孫よりも年下のクセして、どんだけ戦術眼がたしかなんじゃ」
深追いしようとするガーランドを制止する指示を出しながら、レヴァンは心中で深々と嘆息する。
生来、血の気が多いレヴァンは、フレオールやロックくらいの時分はガーランドくらいの後先を考えずに行動を取ることが多々あったものだ。
アーク・ルーンの意図や策略はわからずとも、氷の砦を早々に攻め落とさねばならないという判断が間違っているとは思わない。だから、すぐに攻めかかったのだが、三千ばかりで守るにわか造りの砦とはいえ、ロックやフレオールがいる限りはそうカンタンに攻め落とせるものではないのを痛感するより他なかった。
氷の砦を攻略するには、じっくりと腰を据えて攻めねばならないが、ヘタに時間をかけると、アーク・ルーンの策略が発芽を始めてしまう。
さりとて、慌てて攻め立てたところで、今日の二の舞になるだけだ。
整然と後退するまでの間、次の一手を決めかねる歴戦の老将は、眉間に深いシワを作ったままであった。




