落竜編10
結局、構想と嘆願はマヴァル皇帝に理解されず、レヴァンは三千の兵を城塞に残し、二万の兵を率いて、魔法帝国アーク・ルーンのロペス領に向かったというのは、いささか正確性に欠く。
レヴァンの率いる二万のマヴァル軍には、三騎の竜騎士と二隻の魔道戦艦、一人の亡国の王と約四百の亡国の兵が同行しているのだ。
二隻の魔道戦艦はマヴァル帝国に亡命していた魔術師たちが運用しており、七竜連合の滅亡後、マヴァル帝国に亡命したのは、ガーランドやゼラント王、二騎のゼラントの竜騎士のみだけではない。
バディン、シャーウ、ワイズ、タスタル、ロペス、フリカ、ゼラントの七ヵ国のみならず、ベネディア、リスニア、フェミニト、ゼルビノ、カシャーン、ウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールの十ヵ国からも、アーク・ルーンの統治と支配を否定し、国外へと落ち延びて行った者が大なり小なりといるのだ。
侵略者によって祖国にいられなくなったがため、または祖国を奪われた恨みを晴らすため、亡命してアーク・ルーンに一矢と報いることを選んだ者は数千を数え、その一部がゼラント王やガーランドに率いられ、レヴァンの軍勢と合流したのである。
たった二隻、三騎でも、魔道戦艦や竜騎士は貴重な戦力であるし、たった四百人ばかりでもいないよりはマシではあるが、一人の王と第二王子はいない方がマシというのが、レヴァンの正直な感想だ。
一応、王と王子ではあるので、レヴァンも丁重に対応こそするが、それも表面的なものにすぎない。両人とも、家族を見捨てて自分だけ逃げてきただけあり、人間的にも見るべきところはない。当然、共に国を失って逃げてきたから、上に立つ人間としても頼りにならないのは考えるまでもなかった。
実際にこの期に及んでも、両人は尊大な態度を改めず、口先だけは勇ましいことを言い続けているだけではない。ゼラント王もガーランドも、協力するどころか、亡命者たちの指揮権を巡って対立しているありさまだ。
アーク・ルーンと戦うためにマヴァル帝国に亡命した者たちは十七ヵ国から構成されており、ゼラントやバディンの出身ばかりではない。上がこんな状態でこの程度の人物では、いかに復讐心に燃えていようが、亡命者らがうんざりするのも当然で、従軍する四百人からも上に対する呆れ返った心情がありありと伝わってきた。
亡命者たちは戦力であるが、二隻の魔道戦艦を除いて、軍の不安要素でもあり、レヴァンとしては余計な頭痛の種を抱えたようなものだが、
「前方に氷でできた砦があります」
その報告がレヴァンの頭をさらに悩ました。
ロペス王国の国境を突破し、領土への侵入を果たした際、マヴァル軍は主な城や砦を焼き払っている。だからこそ、レヴァンは前回と同じ進軍路を取り、いくつか焼け落ちた城や砦を目にしてここまで来たのだ。
「この先には元から城や砦はなかったはず。それがどうしてある? そもそも、氷でできた砦とはどういうことじゃ?」
「そ、それは、それがしにもわかりません。それがしは見たままを報告していることだけにございます」
「たしかにそうじゃ。わかった。下がって良い」
偵察兵を下がらせたレヴァンが、馬上で頭をひねるのも当然であろう。
レヴァンのみならず、マヴァル軍の士官以上の者、兵卒であってもロペスとの戦いでこの一帯を進み、敗走した者まで、先日までなかった氷の砦の存在を不可解に思う者は多かった。
「おそらく、アース・ドラゴンが盛り上げた土を、アイス・ドラゴンが凍らせて固めただけの代物でしょう」
そのゼラントの竜騎士は推測を口にしただけではなく、上空からの偵察も行い、自分の推測の正しさのみならず、他にも氷の砦について貴重な情報を手に入れてきた。
「砦は上から見ましたところ、中の造りは雑で、明らかに急造の物でした。ただ、その分、急造の物にしては大きく、二、三千の兵の他、三騎の竜騎士がいました。それもティリエラン殿、シィルエール殿、イリアッシュ殿の三名にございます。それと、砦の前には大きく盛り上がった土の小山が二つありました。おそらく、これはバディンの北の砦の防備と同じく、小山の中にはアース・ドラゴンがそれぞれ潜んでいると思われます」
レヴァンにとって幸運であったのは、ティリエランらがどれだけ厄介な存在か、バディンの北の砦の防備がどれだけ厄介かも、情報と共にゼラントの竜騎士から聞くことができた点だろう。
「それでは、そなたたちは三騎いるが、イリアッシュとシィルエールの二騎を相手にしても勝てぬのか?」
「はっ、この両名は我らが姫と互角か、それ以上の腕前でありますれば、我ら二人ではシィルエール殿のみでも勝つのは難しゅうございます。ましてや、イリアッシュ殿が相手であった場合、三対一であっても厳しい戦いになりましょう」
ゼラントの竜騎士の返答に、ガーランドは面白くなさそうな顔となるものの、さすがにイリアッシュやシィルエールより自分の方が強いと吠えることはなかった。
一方、こうした情報も作戦を立てる上で、レヴァンにとっては必要不可欠なものだ。
二騎のゼラントの竜騎士は共にフレイム・ドラゴンを駆っており、ガーランドもダーク・ドラゴンを乗竜としている。敵は五騎いようが、空に飛び立てば三対二となると計算して作戦を立てていたなら、竜騎士を全て撃墜されかねなかった。
たしかに単純な戦力としては、三騎の竜騎士は大したものではない。だが、情報源としては、何より上空からの偵察ができるという利点に気づいたレヴァンは、亡命者への軽視を改める必要を認めぬわけにはいかなかった。
二万のマヴァル軍が、ロック率いる三千の立てこもる氷の砦に指呼の距離にまで迫ると、
「兵は待機し、総攻撃に備えて休ませよ。我らはその間に、今後の策を立てる」
味方の兵を、そして数少ない竜騎士を失わぬため、レヴァンは主だった部下を集め、作戦会議を開く。
一方、マヴァル軍の来襲と共に、氷の砦から一筋の狼煙が上がった。
フレオールの定めた作戦のとおりに。




