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落竜編9

「七千だとっ! 援軍の数が一桁は違っておろうがっ!」


 その報告を持ってきただけの罪なき使者に、レヴァンが年の割りには大きい怒声を浴びせたのも、その失望の大きさから無理からぬことだろう。


 レヴァンが率いる兵は現在、一万六千。近隣に出没する竜騎士を勝手に討たんと出撃する部隊がいくつか出て、その全てが返り討ちにあったか、レヴァンは二千の兵を失った。


「このままでは我が国は、竜騎士らについばまれ、弱っていくばかり。そもそも、竜騎士らがこちらを攻められるは、我らが守勢にあるからです。であれば、こちらが攻勢に転じれば、敵は守るために竜騎士を必要とし、こちらを攻める余裕を失います。できますれば、攻勢に、いえ、大攻勢に出るための兵、それをこのレヴァンめにお任せ願いたい」


 祖国マヴァルの実状と、フレオールの作戦の実害を知ったレヴァンは、そうした内容の書状をマヴァル皇帝に奏上した。


 軍事に決して無知というわけではないマヴァル皇帝は、老将軍の進言を是としたが、皇帝の命令で集まった兵はわずか七千でしかなく、


「我がマヴァルは列国と比して三倍以上の大国ぞ。総兵力は五十万を数え、三十万といかずとも、今でも二十万、いや二十五万の兵がこの城塞に集い、マヴァル兵であふれさせるのも可能であろうに」


 これは決して大言壮語ではなく、マヴァル帝国の国土・国力はバディン王国と比べれば約三倍に及ぶ。無理をすれば一戦場に三十万の兵を集められたのは先年までの話であり、今年に入ってからの三連敗でそれは叶わなくなったが、それでも二十万から二十五万の動員は可能であるのは机上の空論にすぎない。


 だが、それにしても、援軍がわずか七千であるのは、これも全て竜騎士を恐れてのことである。


 いつ竜騎士が来襲するかわからぬゆえ、皇族や貴族らか我が身を守るのに兵を手放そうとしない、本末転倒な反応をしたのは、皇帝も同様な始末だ。


 帝都も地方も守りを固めるばかり。皇帝も、老将の提案にうなずきこそすれ、帝都を守る六万の兵を動かさず、貴族たちに強引な出兵を命じて反発を買うのも避け、申し訳程度の援軍でお茶を濁された方は、


「仮に、竜騎士が十騎とまとまって襲ってきたなら、その備えには一万の兵がいるのだぞ。それを国の要所だけならともかく、全ての町に配置できるわけなかろう。町や村をわずかな兵で守ろうとしたところで、各個撃破されていくだけだ。兵力は集中して用いてこそのものであり、分散や逐次投入は兵を無駄に損なうだけではないか。兵を動かすならば、最大戦力を一気に投入せねば意味がないのだ」


 レヴァンの見解は、たしかに軍事的には間違っていない。ただし、その一面において、ではある。


「閣下。恐れながら申し上げますが、我が国の食料事情を思えば、とてもそのような大軍を動かせるものではありません」


 使者が恐る恐る言うとおり、マヴァル帝国も大寒波の影響で昨年も今年も不作で、何十万という大軍の兵糧を用意できるものではない。今年に入ってからの三度に渡る出兵も、五万だの半端な数であったのも、食料不足で大軍を動かしたくとも動かせなかったからだ。


 そして、これこそアーク・ルーン軍がマヴァルなどへの本格的な侵攻に着手できぬ最大の理由である。


 ウェブレム、クーラント、ダムロス、バルジアーナ、モルガールを除いて、東の新領は今年も不作で、兵糧として領内や市場から大量の食料が消えれば、新領が混乱するのは目に見えている。

情勢や民心の安定も大事だが、収穫量も安定せねば、とても落ち着いて侵略できるものではなかった。


 裏面で謀略を進めつつ、来年の収穫量を見極めてから、アーク・ルーンは表立って兵を動かすかどうかを定めるであろう。

「収穫の直後ゆえ、食料があるように見えますが、今年は昨年以上に厳しい年になるとのこと。閣下の言われるような大軍の動員など不可能にございます」


「そのようなことは言われるまでもない。だが、この十倍の援軍は派遣できたであろうし、それだけの兵糧は何とかなったはずじゃ。また、最低限、それだけの軍勢がなくば、竜騎士に太刀打ちできん。竜騎士の強さを知らぬわけではあるまい」


 七千の援軍と合わせれば、レヴァンの手勢は二万三千となる。ロックの手勢は三千だが、これに五十騎の竜騎士が加わるとなれば、単純な数の大小で優劣を決められなくなる。少なくとも、レヴァンの長すぎる戦歴でも、一度に五十騎の竜騎士と相対した経験はない。


 竜騎士の手強さを知り尽くしている老将は、充分な兵力で対処するつもりであったのだが、


「ですが、その竜騎士の強さを心得ているからこそ、援軍に竜騎士や魔道戦艦を同行させられたのではありませんか?」


「二、三、そんなものが加わった程度で何とかなるかっ! 敵は五十騎なのだぞ!」


 マヴァル帝国に亡命したのは魔術師ばかりではなく、バディンの第二王子やゼラント王を守って二騎の竜騎士も先日、落ち延びて来ている。それに昨年、買い上げた五隻の魔道戦艦の内、二隻も援軍に加えている。


 だが、五十騎を相手に三騎と二隻である。レヴァンからすれば「ふざけるなっ」と言いたい心境だ。


「し、しかし、それを私に言われましても……私は陛下のお決めになったことをお伝えしておるだけですので……」


 使者の役割として決まったこと伝えに来ているだけなのであり、伝達事項の決定に関わっているわけではない。使者を怒鳴ったところで無意味どころか、そもそも彼を怒鳴ること事態が理不尽なのだ。


 ようやくクレームをつける相手が違うと気づいたか、怒鳴って少し冷静となったか、


「これはご使者殿には無礼をした。どうか、許していただきたい」


「いえ、将軍のご苦労は察しております。ただ、私は伝えるべきことは伝えましたので、後は将軍の方で善処をお願いします」


 頭を下げるレヴァンに、使者は鷹揚に応じるが、一方でそれ以上は立ち入ることなく、自分の役割を果たすと、一礼して去って行った。


 使者が去った後、レヴァンは深々とため息をつき、仕える主君、マヴァル皇帝の丸々とした顔を思い描き、さらに重いため息をつく。


 先帝の長子として生まれ、大事に育てられて、スムーズに父親から帝位を引き継いだ今帝は、知能や性格が悪いわけではない。凡庸な善人で、暗君でもなければ昏君でもないのだが、苦労知らずで考えが甘く浅い人物ではあった。


 頭が悪いわけではないから、レヴァンの進言が理解できぬわけではない。ただ、アーク・ルーンと相対する現状の危うさを理解できないから、表面的な対応で大丈夫と、甘い考えをしてしまうのだ。


 そうした危機感の薄さが、援軍の数に表れていると言えるだろう。


 だが、ため息ばかりついていても仕方ない。マヴァル皇帝への書状を改めて認め、更なる増援の必要性と、現在、祖国が存亡の危機にあることを訴え、理解してもらわねばならない。


 何しろ、相手は七竜連合を下した魔法帝国アーク・ルーンなのだ。なあなあの対応で何とかなるわけがないのだから。



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