落竜編8
「おお、大漁大漁」
フレオールが喝采を上げるとおり、竜騎士たちの釣果は大変なものだが、陣地に魚が積み上げられているわけではない。
竜騎士たちの漁場であるマヴァル帝国は、七竜連合と同じく内陸国なのだ。陣地に積み上げられているのは、竜騎士らにとっては魚よりなじみ深い物、金銀財宝の類であった。
いかに皇族や貴族であろうと、一個人の保有する戦力はたかが知れている。有力な皇族や貴族なら、何十人と屋敷を守らせているが、その程度の数では竜騎士単騎で充分に蹴散らせたので、マヴァルの空を飛び、地を駆けた彼らは一騎も欠けることもなく、大量の財貨を家族の元に仕送りすることができた。
七竜連合が健在なりし頃は、王族や有力貴族であった竜騎士にとって、この程度の財貨は大したものではなかったが、祖国を失ってアーク・ルーンの一兵士となった彼らには、目もくらむほどの大金だ。
もちろん、マヴァル帝国から強奪してきた金品の半分はアーク・ルーンの物となるが、それでも竜騎士たちにとっては当座の問題が解決できるだけの額は残る。
もっとも、それはマヴァル帝国に自分たちのツケを倍払いさせたと言えなくもないが。
そのツケの最たるものは、ナターシャが捕らえてきた四人の子供であろう。
経済的にも切実ではあるが、より切実な問題を抱える元タスタル王女の側にはは、小山を成す金銀財宝の他に、魔法の縄で縛り上げられた四人の子供が転がっている。
傍系とはいえ皇族ともなれば、色々と政治的な価値はある。脅迫の材料にもなれば、見せしめの材料にもできるが、それを決めるのはトイラックやスラックスだ。あの二人なら、権力と無縁な皇族の子供でも、うまく政争の具として活用するだろう。
かつて、弟と妹がどれだけ泣き喚き、自分と両親どれだけ懇願しても、アーク・ルーンに通じないことを痛切に学んでいるナターシャは、情に訴えても弟妹は戻ってこない点を理解しているので、感情を押し殺して交換材料をさらって来ているのである。
ナターシャのように心を殺さねばならないほどではないにしても、せっかくの大漁も賊のマネごとをしての釣果となれば、竜騎士たちは素直に喜べるものではく、フォーリスのように複雑な表情をしている者もいれば、ミリアーナのように沈んだ表情も見られる。
ただ、その二人にしても、気が進まない任務であったが、ちゃんとこなしてマヴァル帝国から大金をせしめている。そうせねば、没落王家である家族を養っていけるものではない。
フォーリスは言うまでもなく、ミリアーナにしても家族のフォローに金がかかる。
兄たちのせいで村人らと険悪になった関係を思えば、村長などの有力者にまとまった金を渡しておく必要はあるが、何より母親の気分転換を計る必要があった。
ミリアーナの母親、ゼラント王国の元王妃は、夫や子供たちとは正反対で気弱な性格をしているが、大貴族の家に生まれ、蝶よ花よと育てられると、大概の深窓の令嬢は傲慢な性格になるか、ひかえめな性格になるもので、ミリアーナの母親の場合は後者である点が気に入られ、ゼラント王家に嫁ぐこととなった。
子供の頃から、いや、大人になっても、甘えた生き方が許されてきたのだ。それでも夫や子供たちと祖国を逃げ回った末、バディンに落ち延びた時は、周りに少なくない家臣らがいてかしずかれていた。
だが、今、ゼラントの元王妃の側にいるのは、粗暴で思慮に欠ける二人の息子であり、自分たちを睨みつけてくる村人たちである。
気の弱い母親はこの環境になじめないどころか、完全に怯えてしまい、小さい民家に閉じこもる生活を送る内に、気鬱の病にかかってしまった。
これで同居している兄たちがまったく頼りならないのがハッキリしたが、さりとてミリアーナの親類に頼りとなる者はいない。父方も母方も、財産も地位も全てを失っており、中には路頭に迷ったか、所在のわからない者もいるほどだ。
軍務があるので、母親の介護どころか、側にいることもできず、ミリアーナにできるのは、近くの町の医者を手配することと、
「気の持ちようというものでしょう。一応、薬は出しますが、一番の薬は安心して暮らせる環境と、定期的に気分転換を計ることですな」
この診断に従うならば、治療費がかなりかかることになる。
大貴族の家の娘として華やかな暮らしをしてきたからか、華やかな品、絹服や宝石などを買い与えると、暗い母の顔が明るいものとなるが、そうした気分転換は一時のものにすぎない。
根本的に母の弱った心を安定させるには、母の実家の屋敷を買うか、ゼラント王宮の一室を賃貸するかして、母親のかつての暮らしを可能な限り再現する必要があるのだが、それだけの費用を確保するには、もう何軒かマヴァル貴族の館を襲う必要がある。
さらにミリアーナにはマヴァル帝国に亡命した父親の存在もある。彼女としては、せいぜいマヴァル帝国の滅亡に貢献して、父親の助命が叶うだけの手柄と、もう一人分の扶養家族の生活費を確保しておかねばならない。
ちなみに、私掠行為に加わっていない五騎の竜騎士にも、フレオールの手配でそれなりの恩賞が出るようになっている。そうでなければ、不公平だからだ。
もちろん、イリアッシュは言うまでもなく、ティリエランもアーク・ルーンに父親が一応は厚遇されているので、経済的に困ってはいない。問題は残る三騎、特にシィルエールである。
アース・ドラゴンを駆る二騎は、多くの竜騎士と同様、特権と領地を失い、資産も一部しか残してもらえなかったので、金欠でピーピー言っているだけだが、フリカの元王女はフリカ王国の宮廷費の未払い分を支払わねばならず、しかもその請求書を握っているのがフリカ代国官ゾランガである以上、フレオールとしてはシィルエールの収入と懐事情に気を配らねばならない。
両親は亡く、兄も妹もマトモな生活を送れていないので、頼れる身内がいない点では、ミリアーナと同じであると言えるだろう。ただ、同い年であっても、ゼラントの元王女ほどバイタリティはないので、その分を補ってやらねばどうなるか。
アーク・ルーンというより、ネドイルは人材を登用するにあたり、能力さえあれば経歴や性癖を問うことはない。過去にナニをしていようと、ナニをする際、どれだけアブノーマルであろうと、才に優れていればオール・オア・ナッシングとしている。その端的な例が総参謀長である。だから、フレオールからすれば、同じ旗を仰ぐのを苦痛に感じるザゴンような、公人としては一流だが私人としてはクズという人材が、アーク・ルーン帝国には何人かいる。
フリカ代国官の職権を用いれば、そうした人物に旧フリカ王家の債権を譲渡し、フリカの元第一王女がクズのオモチャとなるように計ることもできる。あるいは、ゾランガが自らの資産で債権を手に入れ、シィルエールを借金のカタにクズへと売り渡すなども可能なのだ。
ゾランガの生きる上での楽しみは、旧フリカ王家の苦しむ姿のみである。とはいえ、フレオールがシィルエールの側にいる以上、この債権くらいでは、切り札とならないのは理解しているが、それでも手札の一枚とはなる。
そうした手札を確保しておけば、切るタイミング次第で、シィルエールを社会の最下層に落とすための一手となるかも知れない。無論、その一手を防ぐために、フレオールはシィルエールの支払い能力を確保しているのだ。
金はあって困るものではなく、逆に無ければ死ぬほど困るものであり、実際に金欠病が原因で、多くの元王侯貴族が野垂れ死するのがアーク・ルーンの統治である。
アーク・ルーンの請求に対して、無力・無一文ではすまされないから、フレオールは今回の金策を立てた。マヴァル帝国からせしめた大金は、半分でも竜騎士らの資産状況を改善させるに充分だ。加えて、もう半分のアーク・ルーン帝国への上納金と、マヴァル帝国の金銭的な被害は、竜騎士たちの功績となり、アーク・ルーン帝国の役に立ったという一事は、ある意味で金よりも負け犬たちが生きる上で必要なものである。
敗者だから功績に報いぬでは、魔法帝国アーク・ルーンに未来はなく、過去の栄光を食い潰して終わるだけだ。異母兄ネドイルがそのような愚かマネとは無縁なのを良く知るフレオールは、竜騎士たちが役に立つという事実を築いておかねばならなかった。
そのために、負け犬たちをうまくけしかけ、マヴァルをその牙で噛みつかせ、傷つけさせねばならない。
自分たちの味わった敗滅の悲哀を、マヴァル帝国に自らの手で味合わせてこそ、敗者が新たな敗者を踏み台にしてこそ、竜騎士たちにも完走のチャンスが生まれのだ。
ネドイルから、アーク・ルーンの首脳部から、使い潰していい、便利な道具と見なされている者たちにも、完走のチャンスが。




