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落竜編7

「急げ! 急ぐのだ! 竜騎士を討たねば、我が一族が受けた屈辱! それをすすぐことができんのだぞ!」


 マヴァル貴族であり、三百の兵を率いるマヴァル軍の部隊長であるその男は、馬上で声を張り上げ、自分の手勢を休ませずに走らせ続けた。


 フレオールの作戦である竜騎士による私掠行為は広範囲に及び、それは飛行能力のあるドラゴンのみで行われたのではない。


 マヴァル帝国の西の国境付近の町や村は、アース・ドラゴン、アイス・ドラゴン、ギガント・ドラゴンといった、ドラゴン族の中でも移動速度が遅い竜を駆る竜騎士によって襲われ、その内の一騎が大胆にも、レヴァンのいる城塞から二日と歩いた所にある村を、正確にはその村の領主の館を襲撃したのだ。


 その村の領主はすぐにレヴァンの元に救援を求めたが、襲われてから使者を出していては間に合うはずもない。だが、村を襲ったのはアイス・ドラゴンを駆る竜騎士なので、すぐに兵を出せば捕捉するのは不可能ではなかった。


 しかし、レヴァンがこの救援要請を無視したのは、竜騎士を恐れてのことではない。アーク・ルーンの意図が不明であるため、自重したのだ。


 本来、レヴァンは猛将タイプの人物だが、年相応の思慮もあれば、敵の目的がわからぬまま軽挙に走る危険性も心得ている。


 アーク・ルーンの作戦行動を見極める段階とのレヴァンの判断に、しかし彼の手勢の多くは納得しなかった。


 自分の故郷が竜騎士に襲われているという不安を抱くのは当然のことであり、そうした不安が焦りを生み、座して動かない現状への反発が、一部隊の独断先行を招いた。


 救援要請を行った領主が、縁戚関係であったがゆえ、マヴァル貴族の一人がレヴァンの元から勝手に、三百の兵を率いて出撃してアイス・ドラゴンを駆る件の竜騎士を追った。


 やがて、人も馬も息を切らして走る三百人の、汗だくの火照った体は冷たい風を感じる。


「おお、竜騎士は近いぞ! 急いで追いつくぞ!」


 この判断の前半は正しいが、後半は致命的な誤断と言えるだろう。


 辺りの空気が冷えているのは、アイス・ドラゴンの発する冷気のためであり、実際に先頭で馬を駆るマヴァル貴族は、少し進んだだけで竜騎士の後ろ姿を視界に捕らえることはできた。


 だが、同時に追っ手の存在に気づいた竜騎士は、乗竜を反転させて三百人へとまっすぐに向かう。


 いかにアイス・ドラゴンの足がそう速くないと言っても、マヴァル兵らに息を整える間を与えず、


「ガアアアッ!」


 追っ手の先頭集団に冷気の吐息を浴びせ、二十人ばかりを凍てつかせ、永眠させる。


 そして、その凍死した者の中に部隊長が含まれていたため、残る二百八十人は武器を捨て、算を乱して逃げ出し始める。


 竜騎士と接敵する前に息と隊列を整えていれば、三百からの兵がいたのだから、善戦するのも不可能でなかっただろうが、現実にはマトモに戦うことなく決着があっさりとつく。


 腐っても、強盗のマネごとをしても、その竜騎士は敵を背後から攻撃するようなことはせず、逃げ去る雑兵が視界から消えると、アイス・ドラゴンを再び反転させ、のっしのっしと乗竜を進ませる。


 竜騎士に見逃してもらい、二百八十名がレヴァンの元にたどり着くことはなかった。


 ロックが派遣した民兵五十の待ち伏せにあい、百人以上が討たれ、城塞の門を勝手にくぐった部隊は、ほぼ半減した形で出た門をくぐることとなったからである。


 命令違反にも、無為に百五十人もの兵を失ったことにも、レヴァンは怒りを覚えずにいられなかったが、いつまでも顔を赤くしていられないのが、将たる者の立場だ。


 アーク・ルーンが一時の強掠を目的に動いているのであれば、恐れる必要はないが、


「これは大規模な作戦の前段階なのではないか」


 確たる根拠があって、レヴァンはそう考えたのではない。


 歴戦の武人としての直感が、そのような危険を訴えているだけだ。


 十七の初陣から五十年に渡って、正しく危険信号を発し続けた直感が。


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