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落竜編2

「竜騎士たちが動き出したか」


 その報告を受けたレヴァンがオウム返しにそう声を張り上げたのは、それだけ事態が逼迫している証明だろう。


 マヴァル軍の重鎮であるレヴァンは六十七歳。本来なら、年齢的にも立場的にも中央司令部に鎮座しているか、もう引退しているのが普通なのだが、現場からの叩き上げであるので、後方より前線を好み、また髪や髭はすっかりと白くなっていても、鍛え上げた肉体は頑健で、まだ充分に実戦指揮を採れた。


 ロペス王国への再侵攻の際、アーク・ルーン軍に大敗して、マヴァル軍は撤退させられた。


 そして、自領に退いて敗残兵の編成に取りかかったマヴァル軍に襲いかかったのが、ロックとその手勢三千である。


 大敗して半数以上がロペスの地で屍とさらしたが、それでもロックの怒りと憎悪はおさまらず、敗残兵を追ってマヴァルとの国境を越え、マヴァル兵を追い回し続けた。


 その味方のふがいなさにレヴァンは業を煮やし、周りの制止を振り切って出馬した結果、ロックは歯噛みしつつも、マヴァル軍にヘタな襲撃を加えられなくなった。


 レヴァンは敗残兵を中心に新たに一万八千の兵馬を整えた。数はロックの部隊の六倍に及び、正面から戦えば充分に勝てるが、だからこそロックは三千の手勢を潜ませ、マヴァル軍とマトモに戦うのを避けた。元々、ロックの得意技は奇襲戦術であり、敵軍に隙と油断なく構えられては、とても仕掛けられるものではない。


 そうしてロックの部隊と睨み合うというより、その所在を探している内に、近くに数騎の竜騎士が進出してきたので、そちらの動向にも注意を払わねばならなくなり、ますますロックの部隊を捕捉するのが難しくなった。


 これで一端、両軍は膠着状態となったのだが、それも長い間ではなかった。さらに竜騎士が集結し出し、その数が数十騎となったからだ。


 ゼラント軍やロペス軍とも戦った経験のあるレヴァンは、竜騎士の強さを承知している。


 集結した数十騎に全面攻勢をかけられては、一万八千とそれが立てこもる城塞でも、防ぐのはとても難しい。


 レヴァンは援軍を求めると共に、城塞の守りを固めたが、万が一に備えて撤退の準備も進めた。


 竜騎士たちがいかなる動きを見せても、充分に対応できるように準備しつつ、敵の、竜騎士らの動きを見張り続けたので、竜騎士たちが動いたという報告がすくにレヴァンの元に届いたのだ。


 だが、竜騎士たちの行動、フレオールの作戦は、レヴァンの想像を上回るものであった。


「それで竜騎士たちはこちらに向かっているのか?」


「……いえ、それが竜騎士たちの大半は方々に飛び立ち、その姿は見失ってしまいましてございます」


 詳しく報告を聞き、レヴァンは眉間にしわを寄せる。


 飛び去るドラゴンの姿を把握するのは不可能なことであり、恐縮して報告する部下を叱り飛ばすようなマネはしないが、レヴァンのみならず、彼の腹心や参謀らも竜騎士らの行動を把握しないことには、対処法を定めることもできない。


 だが、悩んでいるばかりでは解決しないどころか、後手後手に回ることになるだけだ。


「ドラゴンの中には飛べぬものもおろう。それを駆る竜騎士はどうしておる?」


「そうした竜騎士も方々に駆け去っているとのことです」


「では、竜騎士は全てどこへともなく去ったのか?」


「いえ、五騎のみが留まっているそうにございます」


「そうか、わかった。他に気になる点があれば、また問うゆえ、そのままひかえておれ」


 報告に来た部下から聞くべき点を聞き終わると、レヴァンは腹心や参謀らを見渡し、


「アーク・ルーン軍は何を企んでおると思う?」


「……それはわかりませんが、竜騎士の大半がいなくなり、残るはたった五騎ならば、ここは打って出て、その五騎を討つべきでしょう」


「たった五騎と言うが、竜騎士は正に一騎当千の存在。これを討つには、単純に五千の兵を繰り出す必要が

あるということだぞ」


「五千どころか、一万、いや、一万五千を繰り出し、残っている竜騎士と隠れ潜んでいるアーク・ルーン兵、一挙に討ち果たしてやればいい。ここの守りには三千も残せば充分だろう」


「それこそが、アーク・ルーン軍の策なのではないか。竜騎士は散ったように見せかけ、近くに潜んでおり、我らが出撃して来るのを待っているのではないか?」


 この意見に多くの者がうなずいたが、レヴァンからすれば疑問を覚えずにいられない。


 そのようなまどろっこしい策を用いずとも、竜騎士が全騎、攻め寄せれば、マヴァル軍は城塞を捨てて逃げるしかない。そこをロックたちが背後から襲いかかれば、勝利も戦果もカンタンに得られるのだ。


「竜騎士たちは方々に飛んで行ったと申したが、具体的にはどちらに飛んで行ったかわかるか?」


 ふっと思いつき、レヴァンがひかえさせている部下に問う。


「それが、本当に方々としか言いようがなく、飛び去ったもの、駆け去ったもの、固まることなく別々の方向に向かって行きました」


「では、一概にどちらに向かったか、我が国の要所を目指しているとかもわからぬか」


「はい。将軍の懸念のとおり、要所を襲う可能性もあれば、どこかの村や町を襲うのも可能でしょう」


「竜騎士の単騎駆けが、ここまで厄介であったとはな」


 長い軍歴の中で戦ってきた竜騎士たちは、必ず兵を率いて正面から挑んで来た。竜騎士による遊撃戦など、経験豊かなレヴァンでも初めてのことであり、


「しかし、竜騎士たちが無差別に我が国を襲うとなれば、どうにもならんでしょう。もし、近隣の町を守るために兵を派遣すれば、この城塞は空になりますぞ」


 一万八千という数でも、近くの町を全てを守るには足りない。村々まで含めれば、絶望的なまでに絶対数が足りない。


 その腹心が発言したとおり、アーク・ルーン軍が、いや、竜騎士らが無差別攻撃に行った際には、対処の術がないのだ。


 レヴァンにとって厄介なのは竜騎士ばかりではなく、ロックの存在も頭痛の種であった。


 当初は二十歳に満たぬ元農夫が三千程度の民兵を率いていると聞き、カンタンに討ち果たせると考えていたレヴァンだが、実際に相対してみれば、老練な自分が手を尽くしても捕捉ができず、マトモに戦うことさえできぬありさまだ。


 自分たちに恨みを抱いている点も聞き、わざと隙を見せても食いついて来ない。あまりの巧妙さに、ロストゥルなる老練な将軍が実際に率いているのでは、と疑っているほどだ。


 一つ確かなのは、三千の民兵も竜騎士らと同様、警戒を怠っていい敵ではなく、軽はずみな行動は自軍の破滅を招く点であろう。


 竜騎士やロックの所在を把握するか、フレオールの策を看破するかせねば、レヴァンは自軍の行動を定めることができず、城塞から動くことができない。


 五十も年下の若造の想定どおりに。



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