ワイズ騒乱編3-1
「それを考察しても、無駄以外の何物でもないぞ」
フレオールの率直な物言いは、クラスメイトの非友好的な視線を集め、教室の雰囲気を一気に悪くする。
連休明け三日目の午後一番の授業が終わり、次の授業までの休憩の時、前の授業のおさらいや復習をする一年生が多いのは、単純に彼らが真面目なだからだけではない。
普段は出身国、または仲の良い者同士で固まることが多いが、この時はシィルエールを中心にクラウディアと一年生らが集っているのは、前の授業が対魔学であったからだ。
今年度より新設されたカリキュラムゆえ、三年で優秀なクラウディアさえわからぬことだらけなのだ。ほとんどの生徒が四苦八苦しているが、魔法帝国アーク・ルーンと戦うことを思えば、おろそかにしていい授業ではない。
対魔学を担当する魔術師たちの教え方が悪いわけではないが、竜騎士とその見習いの大半は、魔術に関する知識の下地がないので、どうしようもないのだ。
魔法に対処する方法。これが対魔学の教えることだが、教えられる側は魔法そのものを理解していないのだから、その対処法を理論的にわからなくて当然なのである。
しかし、戦況的にわからなくてすむものではないので、魔法に詳しいシィルエールの周りに集まり、質問攻めにしていた時に、その人の輪から外れている二人の内の一人、フレオールが学友らの努力を「無駄」と断じたのだ。
「無駄とは何だ! そんなに我らが、キサマらへの対抗手段を身に着けるのが怖いかっ!」
男子の一人が吠えるが、フレオールは平然と前の授業で使ったテキストをパラパラとめくりながら、
「ふむ。魔道戦艦のことは載ってないな。魔甲獣についても載ってない」
この発言でシィルエール、クラウディア、ミリアーナは指摘したいことがわかったが、大半の一年生は眉をしかめている。
「一個軍団に、だいたい魔道戦艦が三十から五十隻、魔甲獣が百から二百体が配備されている。魔砲塔も自走式のタイプが使われている。無論、旧式の魔道兵器も使用されてないわけではないが、主力兵器はとっくに交替しているんだ。そもそも、軍の編成そのものが、根本的に昔と違う。このテキストを役立たせたいなら、ネドイルの大兄を失脚させて、魔術師ってだけで威張れる、古き良き魔法帝国に戻すことだな」
「つまり、このテキストの内容、古くて意味がない?」
シィルエールの問いに、フレオールは皮肉めいた笑みを浮かべ、
「一昔前の我が国を知りたいなら、別に悪い資料ではないな。書かれている内容そのものは、完成度が高い。我が国の現状を踏まえた上でなら、参考資料くらいにはなるな」
つまりは、目前に迫りつつあるアーク・ルーン軍との決戦には、まるで役に立たないというわけだが、当然、どうすればいいか?と敵に聞けるわけがない。
敵の言いたいことを理解し、イリアッシュ以外の者は、困り切るか、白け切った表情となる。
この未来の竜騎士という敗者らの反応を、心底、情けないと思ったか、
「別段、難しい話でもないだろう。昨年の戦いで、生き残った将兵は十五万以上いる。そいつらは我が国の魔道兵器を直に見聞きしているんだ。その証言を集めて、分析すれば、一昔前ではなく、現在の我が軍の実態がわかるだろうて」
「なぜ、そのようなことを教える?」
クラウディアが鋭く問うのも当たり前であろう。
亡命してきた魔術師たちの知識は旧く実戦の役に立たないなら、それを放置した方がアーク・ルーンにとって有利となる。
だが、敵である魔法戦士は、七竜連合の取り組みの間違いを指摘し、あまつさえ別の対処法を提案してくれる。
表面的にはありがたい話だが、敵がそれを口にしているのなら、裏面に何があるかを考えねばならない。
「改めて言われると、失言だったと思うが、まあ、アドバイスをしたところで、意味がないだろう。アドバイスを活かす時間がないのだから」
「十何万人という証言を集め、その内容を吟味するか。たしかに膨大な時間と労力を必要するだろうが……」
表情を険しくするバディンの姫の反応に対して、フレオールは苦笑を浮かべ、
「頭でわかっても意味がない。その内容を元に兵たちの訓練を行い、身体で対処法を覚えさせねば、いざという時に対応できないぞ。が、それ以前に、魔法への対処よりも、連合軍の指揮系統を確立させるのが先決だろう」
「どういう意味だ?」
「去年、戦場にいたからわかるが、クメル山での戦いは酷かった。戦う兵と退く兵、国ごとに兵が勝手に動き、正に烏合の衆だ。まっ、死者の数と、損害比率が、連合軍のお粗末さを雄弁に物語っていると思うが」
昨年、アーク・ルーン軍はワイズの国境を突破するのに千の、アーシェア率いるワイズ軍八万との戦いで五百の兵を失った。そして、それまでのワイズ軍の戦死者は一万五千に満たなかった。
それが一気に一対三十以上の損害比率となったのは、クメル山の戦い以降である。
クメル山での大敗と、そこからの激しい追撃、さらに別動隊十万への不意打ちで、連合軍が五万に近い損害を被ったのに対して、一連の戦いでのアーク・ルーン軍の戦死者は三百に満たない。
明らかに連合軍の結成と存在がマイナスに働いたと見るのは一面的すぎるだろう。単に、複数の軍を合算した大兵力の運用に不可欠なもの、一本化された指揮系統による全体への命令の徹底を欠き、せっかくの数が敗因となったのだ。
一国でアーク・ルーンに対抗できぬ以上、七竜連合は連合軍を結成するしかない。いかにして連合軍を一個の軍として機能させるか。取り組まねばならない課題はいくらでもあるのに、対魔学などの役に立たない方策を取り、決戦までの貴重な時間を浪費する。
フレオールは内心の失笑を押し隠し、対魔学のテキストであおぎながら、
「まっ、少しでもマシに戦えるよう、魔道戦艦と魔甲獣くらいは掲載するべきだろう。無論、来年度ではなく、今すぐにでも、だ」
対魔学の実戦性に疑問を抱かされたクラウディアらが押し黙る。
が、その沈黙も、教室のドアが開き、
「皆さん、復習もいいですが、次の授業を始めますよ」
対魔学の見直しという、己の運命をまだ知らぬティリエランの登場によって、一同は対魔学のテキストをしまい、竜騎士の戦い方について書かれたテキストを取り出していく。
昨年、アーク・ルーン軍にまったく通用しなかった、伝統的な戦法の数々を学ぶために。




