落竜編ゼラント1
「いや、もういっそ、牢屋に入れたままにしていてください、兄たちは」
二人の兄が投獄されたとの報せを受けたミリアーナは、ため息まじりにそのようなことを口にするほど、身内の不始末にうんざりしていた。
魔法帝国アーク・ルーンは降伏した竜騎士たちを自軍に取り込んだが、その扱いは特務兵士というもので、彼らには一兵の指揮権もない。
七竜連合において軍の要職を占め、司令部を成していた竜騎士たちだが、彼らがいかに指揮官として無能だったかは、敵であったアーク・ルーンの方が良く知っており、貴重な兵士を任せるわけにはいかないが、ただの兵卒として扱うにはドラゴンを保有する彼らは、一騎一騎が強力すぎる。
だから、特務兵士という地位を設けて与えたのだ。
特務兵士は命令権こそないものの、軍では士官待遇であり、ドラゴンにかかる経費も支給されるが、それ以外の特権はない。
かつては国や軍の中枢にいた竜騎士らは、アーク・ルーンの扱いの低さに憤る者は多いが、ミリアーナはその点の不満を口にする愚はおかさない。彼女がグチをこぼすのは、専ら家族のことだ。
ゼラント王である父親は、わずかな家臣と共にマヴァルあたりに亡命しただろうが、兄や母親などの家族の大半はアーク・ルーンに捕まった。
幸い、衣服以外の金目の物は没収されたが、命だけは奪われずにすんだものの、元王族とはいえ、さんざんに抗った上での降伏なので、貴族の位も領地も与えられず、ミリアーナたちの今の身分は平民とされている。
少し前までゼラント全土を治めていても、今はマードックらがゼラントの地を掌握しているので、王宮どころか故国に身の置き所がないので、ミリアーナの兄たちはロペス領の東部にある村で暮らしている。
リムディーヌの誘いを断り、指揮と指示を仰ぐことを選んだフレオールが、ロペス領の東端、マヴァルとの国境に近い村を勧めたからだ。
なぜ、そのような危険な場所を勧めたかは明らかで、アーク・ルーン軍の一員となったミリアーナの任地は最前線であり、実際に彼女は兄たちが投獄されたことをすぐに知ることができた。
いや、今回の件に限らず、兄たちは移住してからしょっちゅうもめ事を起こしているので、ミリアーナとしてはため息しか出てこないのだ。
ドラゴンにかかる莫大な維持費は支給されているし、士官待遇の給与は税金を引いても、大黒柱が亡命した一家を支えるのに充分であった。
ただし、慎ましく生きる分には、である。
遊興費がかさまぬよう、フレオールは町ではなく村に住むのを勧めたので、ミリアーナの稼ぎだけで暮らせはする。だが、ぜいたくができない、ろくに遊ぶことのできない境遇は、兄たちは大いに苛立たせるのに充分であったようだ。
ミリアーナ以外は働いていないので、苛立たった兄らにはいくらでもトラブルを起こせる時間や暇がある。
ゼラント王国がマードックらに劣勢に立たされた時、王と王子らはその苛立ちを兵士や使用人を殴って発散していたので、二人の元王子は旧ロペスの民にムチを振るったが、当然、ゼラント王族ではなく、同じアーク・ルーンの民になった彼らに、殴り返さない理由はなかった。
護民法は皇族貴族が平民を傷つけた際に適用される法なので、平民同士のケンカは基本的に両成敗とされる。
一方的に殴りかかったミリアーナの兄たちの行為は悪質なものだが、何しろ一発、殴って、村人たちに十発、殴り返された形なので、役人は双方に説教してすましたが、問題はそれで解決しなかった。
家族が村人たちと完全に対立してしまい、かなり険悪な仲となり、互いにケンカが絶えなくなってしまったが、元王子で武芸の心得があるとはいえ、多勢無勢だ。
今日も兄たちが牢に入れられたのも、村人を傷つけたからではなく、村人らに一方的にボコられていたので、保護の意味で役人は投獄したのだろう。
時を置いて双方の頭が冷えたら、兄たちは牢から出されるだろうが、しょっちゅう、もめ事を起こされて頭を悩ませている役人としては、こうしたもめ事を逐一、報せることで、暗に身内の不始末を何とかしてくれと訴えているのだ。
もめ事ばかりを起こす身内に、ミリアーナは内心、ずっと牢に入れてくれと思うものの、兄たちの罪はあくまでケンカ、しかも反撃をたっぷりと食らっているので、一方的な被害者というわけではない。
村の役人もうんざりしつつ、昼に捕らえた元王子らを夕方に釈放するという繰り返しで、何度、投獄し、説教しても、その行状が改まることはなかった。
タスタル男爵やシャーウ男爵のように、忠実な元家臣が側にいてくれたら何かと助かるのだが、ゼラントへの忠節を尽くそうとする家臣らは父親の元にいる。
ミリアーナの方も軍務があり、兄たちの不始末にばかり気をかけていられない。彼女は何騎かの竜騎士と国境付近にいるだけだが、それがレヴァン率いるマヴァル軍の牽制となっている。
ロペス軍、マードックら、アーク・ルーン軍に連敗し、マヴァル軍の戦力は低下しているが、民兵主体のロックの部隊を真っ向勝負に引きずり出せば撃破できるだけの戦力は有している。
だが、同時にミリアーナら竜騎士に対処するだけの戦力は足りず、レヴァンが現有戦力でできるのは、ミリアーナらを警戒しつつ、ロックの部隊を睨んで動きを封じることだけだった。
無論、ミリアーナらがヘタな位置取りをした場合、レヴァンはロックの部隊に全力を傾けられるので、マヴァル軍の動向には常に注意を払わねばならない。
特に、今はフレオールがおらず、友軍の死命はミリアーナの肩にずっしりとかかっていたので、スカイブローの姿を遠目に見た時には、ホッと安堵の息をついた。
ミリアーナがエア・ドラゴンの存在に気づいたように、向こうもバーストリンクの存在に気づいたのだろう。シィルエールはスカイブローをすぐ側に着陸させる。
スカイブローの乗っていたフレオールがその背から降りると、シィルエールもそれに続くように降りる。
相変わらずフレオールのなるべく側にいようとするシィルエールの姿に、ミリアーナは少し表情をくもらせながら、
「こっちは変わりないか?」
「うん、ないよ。変わらず、睨み合いのまま」
魔法戦士の問いに、うなずいて答える。
「で、そちらはどう?」
「多少の変更と修正はあったが、臨時収入の件はオッケーをもらった。もっとも、ベネディアからここに集結するから、作戦の決行には時間はかかるが」
「それは助かるね。これでボクたちの抱える問題の大半は片づくだろうから」
竜騎士を駆り、軍功を挙げることは、アーク・ルーンの下で生きる必要なことではある。だが、フレオールの目的は、この作戦で軍功と共に得る物で、それでミリアーナたちが抱える問題は、根本的には解決せずとも、一時的には何とかすることができる。
もっとも、全ての問題を対処することはできず、フレオールを背後を少し振り返り、子犬のように無邪気に側にいるシィルエールの姿を見て、そっとため息をつく。
フレオールの作戦がうまくいけば、多くの竜騎士の窮状を救うだろう。だが、シィルエールに迫る復讐鬼に対しては、何の役にも立たないだろう。
ゾランガが抱く狂気的な復讐心の前には、黄金の山も石ころも同然なのだから。




