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落竜編ロペス1

 降伏した七竜連合の王たちの最も優遇されているのは、ロペス王国の元国王である。


 ベネディアなどの戦わずに降伏した国々の王よりは劣るものの、惨たらしく処刑されたバディン王、処刑される日を待つだけのワイズ王、一男爵として冷遇されているシャーウ王とタスタル王、元家臣にいたぶられているサクリファーンに比べれば、ロペス王、否、ロペス子爵ははるかにマシな扱いを受けていた。


 ロペスの旧王都の内の一千戸を領地として与えられ、ロペス王宮に変わらず家族と共に住め、アーク・ルーンの学芸官という決して低くない役職についている。


 無論、一国の王として君臨していた時とは比べようもないが、シャーウやタスタルといった元国王よりは、豊かで華やかな生活を送っていた。


 子爵令嬢となったティリエランも、父親、そして家族が、アーク・ルーンの下で安定した生活を送っていることに、しかし安堵することはできず、その美しい顔を苦悩でくもらせている。


 負け犬とはいえ、芸術方面での価値を認められ、ロペス王家はそれなりの待遇を受けている。アーク・ルーンにされた過去の仕打ちを忘れるように努めれば、自分たちの今の扱いはまだ我慢できるものであった。


 我慢できないというより、ティリエランが情けなく思っているのは、父親の変貌ぶりの方だ。より彼女の心情を正確に表現するなら、悲しいというべきか。


 穏和で優しかった父親が、強きにへつらい、弱きを蔑むようになり、タスタル男爵らなどの、同じ敗残の身である同胞を、口汚く罵り、自らが手を汚したバディン王すらも、その非業の死を悼むどころか、愚か者と嘲るほど、人格が一変してしまった。


 悲しいほど品位の下落したロペス子爵は、自分に媚びるだけの者のみで周りを固めるありさまだ。


 ロペスの旧臣の中には、かつての主君の現状に胸を痛め、いさめる者たちもいたのだが、彼らはかつての主君に忠義を尽くすほど遠ざけられる始末で、ロペス子爵の側には、自然と愛想笑いのうまい者だけしか残っていない。


 そうした取り巻きらのあからさまなおべっかに、上機嫌になっているロペス子爵の姿は、娘として正視し難いほどだが、


「父上。チェルシーから聞きましたが、あの子を帝都に行かせるというのは本当ですか?」


 問い質さずにはいられない話を耳にした以上、父親の醜態、何よりも腐ってしまった性根と向き合わねばならなくなった。


 チェルシーはティリエランの末の妹で、まだ八歳と幼い。そんな幼い妹が親元を離れ、見知らぬ遠い地である帝都に行けと言われれば、当たり前のように嫌がり、泣きじゃくっていたので、姉は父親のおぞましい企みを事前に知るができたのだ。


「仕方あるまい。アーク・ルーンで貴族であるならば、身内に魔術師が一人はおらねばならないのだ。可哀想だが、誰かが帝都に、いや、魔法学園に行かねばならんのだ。別に、一人で行かせるわけではない。身の回りの世話をする者も同行させるゆえ、心配はいらぬ」


 娘の問いに、やましいところのあるロペス子爵は、少し視線をそらしながら表向きな理由を口にする。


 口先ひとつで娘ふたりをごまかそうとする父親に、ティリエランは沈痛な表情と声音で、


「魔術を習得させるならば、帝都まで行かなくても、魔術師を雇って指導させれば良いではありませんか。シィルエールはそうでしたし、学園にいた魔術師の何人か生き残っていますから、彼らの誰かに頼めばすむ話です」


 七竜連合には三十人以上の魔術師がアーク・ルーンから亡命してきており、彼らはシィルエールのような素質のある者に魔術を教えたり、各国に魔術の脅威や有用性などを説いていた。近年では、ライディアン竜騎士学園の講師として招かれ、対魔学、魔術への対抗手段もレクチャーしていた。


 七竜連合が滅びた今、亡命していた魔術師らは、戦乱に巻き込まれて命を落とすか、マヴァル帝国などの国々に再び亡命するか、ネドイルの軍門に降るかしている。


 降伏した魔術師たちの内、何人かとは面識があるので、ロペス子爵家が個人的に雇うのは可能であり、チェルシーが家族の元で魔術を学ぶのは可能ではあるのだ。


 長女のもっともな指摘に、父親は歯ぎしりするばかりで反論できずにいるが、


「ティリエラン様。帝都と言えば大宰相ネドイル閣下のお膝元。その地の魔法学園となれば、皇族や有力貴族の子弟も通っておられましょう。そうした方々と面識を持つことは、チェルシー様のためにも、お家のためにもなるのは明白。その点を妹君に語って聞かせるべきではありませんか?」


 取り巻きの一人がフォローを入れてくれ、ロペス子爵は落ち着きを取り戻し、娘を真っ向から見据える。


「そのとおりだ。ティリエラン、子供のワガママに振り回されてどうする。そなたはその年となって、その程度の思慮も働かぬのか」


「では、父上。チェルシーを総参謀長の、あのような男の元に行かせるのが、思慮のあることだと言われれるのですか?」


 ナターシャとその妹の件を聞き及んでいるティリエランは、悲哀さえ込めて父親を糾弾する。


「父上、わかっているのですか? 妹は、チェルシーはまだ八つなのですよ?」


「……あいさつに行かせるだけだ。気に入るどうかは、先方次第ではないか。だが、総参謀長などという有力者とつながりができたなら、それが我が家にとってどれだけ有益かことか、そなたにはわからぬのか」


 自分の利益のために自分の娘を売り払おうとするほどに変わった父親に、ティリエランは愕然となるしかなかった。


「そなたにもわからぬわけではあるまい。弱きこと、無力なことが、どれだけ惨めなことか。アーク・ルーンの中では、元国王などという肩書きは何の意味がない。バディン王が、バディン王家がどのような最期を遂げたか、もう忘れたか。高貴な血ではなく、下賎な力こそが全てなのだ。だから、我々は頭を垂れていくしかないが、どうせ頭を下げるなら、効率よく頭を下げるべきであろう」


 ロペス子爵の見解と哲学は、ネドイル政権の内実を正しく理解したものではあった。


 現在の魔法帝国アーク・ルーンは実力が大きいほど敬われ、でかい顔ができる。血統ではなく、才幹が重んじられるからこそ、元浮浪児のトイラックが実質的なナンバー2となれるのだ。


 タスタル男爵、元タスタル王が元凶賊であるザゴンにいたぶられ、元家臣のマフキンに指図されるのは、血筋の高貴さでどれだけ勝ろうが、能力面で大きく劣るからだ。


 ただ、ネドイル政権下で無能者がうつむかず生きられる例は、わずかだが無いわけではなく、その端的な実例はサリッサであろう。


 トイラックの妹であると同時に、ネドイルに溺愛されている彼女は、その気になれば将軍や大臣、皇帝にすら尊大な態度を取れるのだ。


 残念ながら、ロペス子爵やティリエラン、旧ロペス王家の一門に、実力でのしあがれる者は一人もいない。だから、ロペス王国は降伏に先立ち、スラックスやシダンスに軽く扱われた。


 しかし、その当時、チェルシーが総参謀長の手元にあったなら、将軍とてロペス王をもっと丁重に対応したはずだ。


 アーク・ルーン帝国では実力のない者は肩身が狭いが、実力者に取り入れば肩をせばめて暮らさずにすむ。


 ロペス子爵の方程式は、情けないが正しくはあるので、


「ティリエランよ。そなたこそ、バディンに行き、トイラック殿にあいさつしてくるがいい」


 父親が娘に単なるあいさつではなく、抱かれて来いと暗に言っているのは、ニヤッニヤッと笑う取り巻きたちの反応で充分に理解できた。


「……父上。私には軍務があります。私のドラゴンでバディンに行っていては、軍務を怠ることとなってしまいます」


 ティリエランの乗竜であるアイス・ドラゴンには翼がなく、その動きも機敏とは言い難い。単純な移動速度なら、馬を駆ってバディンに向かった方が早いくらいだ。


「ちっ」


 さすがに軍務を放棄してまで行けとは言えず、舌打ちするロペス子爵に取り巻きの一人がささやく。


「子爵閣下。残念がることはありませんぞ。軍にはフレオール卿がおられるではありませんか。彼はネドイル閣下の弟君であられますぞ」




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