落竜編フリカ4
「酒場の主人から、客に不穏な言動の者がいた、という訴えがあったそうでございます」
部下からその報告を受けたゾランガは、露骨に顔をしかめた。
着実に復讐を果たしているゾランガだが、だからと言って代国官としての業務と責務をおろそかにしているわけではない。
きちんと仕事をしているからこそ、アーク・ルーンの権力で復讐を行える点を理解しているゾランガは、何よりもフリカの代国官として膨大な業務をさばかなければならなかった。
復讐のために仕事をおろそかにして、復讐ができなくなるという本末転倒な事態にならぬよう、ゾランガはサクリファーンなどを直にいたぶりたいのを我慢して、日々、職務に精励している。
それはサクリファーンの苦しむ姿をじっくりと眺めていられないほど、仕事が忙しくて忙しくてたまらないことを意味し、そんな時に酔っ払いの戯言を報告されたのでは、ゾランガも不機嫌になろうというものだ。
タスタルよりはマシとはいえ、フリカも昨年の大寒波での被害が大きく、人々の日常を回復するのにすべきことが、文字どおり山ほどある。
オマケにフリカの一官吏だったゾランガは、代国官のような大役の経験もなければ、そもそもアーク・ルーン式の統治に不慣れであった。
マフキンの場合、最も酷いタスタルの地を任されているとはいえ、それまで若いが内務大臣の経験があり、アーク・ルーン式の手法に精通しているトイラックが、復興の下地を整えてくれてから業務を引き継いでこなせているが、ゾランガの方は一から十まで自力で何とかしなければならない。
もっとも、ベネディアなどの現地採用の代国官も、アーク・ルーン式の手法に不慣れで四苦八苦しているのは同じである。むしろ、彼らからすれば、代国官と復讐鬼の二足のわらじをこなせるゾランガの働きぶりこそが不思議でならないだろう。
「どうせ、酒が入っての発言だ。気にする必要はない」
ゾランガからすれば、正に取るに足らない事案であり、それだけで流したが、
「ですが、その者らはかなり過激なことを申していたそうですぞ。また、訴えを受けた者が調べたところ、何でも勤めている商会の主を逮捕され、それを恨んでいるとのこと」
「現場の人間はヒマでいいな」
復讐を思う存分にエンジョイできないゾランガからすれば、そう皮肉を言ってやりたいくらいだ。
「今は不満を口にしているだけですが、いつ、それが原因で凶行に走るやも知れません。ここは先手を打っておくべきではありませんか?」
「逆だな。不平不満は表に出ている方がいいのだ。ヘタに手を出し、裏に引っ込み、見えないところで不平不満が蓄積していく方が、ずっと恐ろしい」
訴えてきた酒場の主人は、昨年の王と王太子の内乱に巻き込まれる形で、何十年も営んできた酒場を閉めねばならなかった。
今年に入って酒場を再開できたのは、侵略者の統治が始まり、経済や物流が回復してきたこともあるが、何よりアーク・ルーンの平民向けの低利融資制度で運転資金を借りられたからである。
そうした点に感謝しているからこそ、酒場の主人は役人に訴えるという面倒事を進んで行ったのだ。
無論、ゾランガは酒場の主人の事情について詳しくは知らない。だが、善政を行えば民は感謝し、酒場の主人のような行動、体制の維持に協力するようになるのを知っている。
つまり、表に出ているような不平不満は、善良な市民らが監視しているも同然であり、
「そもそも、当人らは密談のつもりでも、酒場のような人目のある場所で反乱計画を練っているヤツら、放置しておいて問題はない。むしろ、放置せねば当人らは、本当に人目のない場所に行くようになる。我らがマトモに相手すべきは、最初から人目のない場所で計画を練っている連中だ」
上司の見識に部下は平伏して、自然と敬意を示す。
別段、ゾランガは不平分子を怖れていない。
民衆の同調しない反乱など成功するものではない。恐いのは不平分子の突発的な凶行だが、それは警戒する以上の対処法がないと、ゾランガは割り切っている。
これでこの件は終わりと言わんばかりに、ゾランガは次の仕事の書類を手に取りながら、
「重ねて言うが、不平不満というのはな、表に出ている方が良いのだ。不平を表立って口にできる社会の方が、むしろ安全で安心できる。不平を口にできない社会こそが、危険なものとなっていくのだからな」




