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落竜編フリカ2

 ゾランガの憎悪は、フリカ王族にのみ向けられるほど狭小なものではなく、また最も強く激しく憎しみを向けている相手は、フリカ王族ではない。


 投獄の憂き目にあい、家族を失うに至ったのは、私益のために国益を損なう、商人や貴族の買い占めに対処した結果、その恨みを買ってしまって無実の罪をでっち上げられ、それをフリカ王が黙認したからである。


 フリカ王への憎悪は当人の死で昇華されず、その子供や血族にも及び、彼らはゾランガの統治下では冷遇され、いびられ続けることになるのだが、イジメですんでいる分、まだマシであると言えるだろう。


 不幸などという表現ですまない境遇なのは、買い占めに走り、共謀してゾランガを無実の罪に陥れた商人や貴族、そしてその家族たちだ。


 代国官として赴任した当初、ゾランガはとにかくフリカの地の復興を優先し、そのために憎んでも憎み切れない商人らと協力し、フリカ領の経済と流通の正常化を計りさえした。


 どれだけ猛々しい復讐心を抱えようが、それを冷徹に遂行できるのが、ゾランガの凄味であろう。


 フリカの復興に尽力することで、実績を示し、人心を掌握して、新たな統治体制を築き、自己の権力を確立し、強権を振るえるだけの足場を整えてから、油断させていた商人や貴族たちを家族ごと一斉に検挙した。


 彼らを逮捕するに当たり、ゾランガは罪をでっち上げるようなマネをしなかった。その必要がなかったからである。


 大宰相ネドイルの専制下にあるアーク・ルーンにおいて、司法大臣は貴族の横暴を制する法を、内務大臣は平民の権利を守る法を整えたので、フリカの法では問題にならずとも、アーク・ルーンの法では罪となる事柄がいくらでもあり、それを遡及適用すれば、罪に問える者はいくらでもいるのだ。


 そのアーク・ルーンの法の元、逮捕した商人や貴族たちを、ゾランガは投獄したというより、フリカ王宮の地下牢に文字どおり詰め込んだ。

 フリカの地下牢は一人が寝るだけのスペースしかないが、かつて自分が入れられた場所に、ゾランガは一家族、少なくとも五人、多ければ十人を強引に叩き込んだ。


 狭い場所に五人も十人も詰め込まれ、罪人たちは寝るどころか、満足に座れず、子供や老人の中には圧迫死する者もいるほどだ。


 皮肉にも、そうした死者が腐り、柔らかくなって潰れるほど、生者の活動スペースが広がるのだが、充分に身動きもできず、牢の隅にある便所に移動ができず、糞尿は垂れ流しというありさまである。


 自分の糞尿と家族の腐肉にまみれ、ちゃんと休むことのできない状態で、彼らは何日も牢にいるのだ。


 投獄当初こそ、ゾランガをひとしきり罵り、それから必死に許しを乞うていたが、それも今では暗い表情で絶望に沈んでいるだけなので、フリカ代国官は囚人のために特別メニューを用意させている。


 その日も、数人の獄吏と特別料理を伴い、ゾランガは地下牢に訪れた。


 特別料理の効果は抜群で、罵声も謝罪も無意味と悟り、少し前までうつむいて無反応だった囚人たちも、食事の時間になると、怯えて震えるようになっている。


 特別料理と言っても別段、変わったモノではなく、単なるスープである。ただ、ぐつぐつと煮えたぎった状態で、囚人たちに配るのだ。


「手早く食わしてやれ」


 ゾランガの命令に、獄吏たちは慌ただしく動くのも当然だろう。


 大鍋のスープを器によそうと、それを牢の中、囚人たちに向けて投げつけるのだ。


 器をぶつけられる痛さはあるが、煮えたぎったスープがこぼれて浴びるのに比べれば、大したものではない。


「ぎゃあああっ」


 熱湯をかけられているも同然の囚人らは、ヤケドして絶叫を発するが、狭い牢ではのたうち回ることもできない。


 獄吏も大変である。何しろ、スープが冷める前に全ての牢に配り終わらねば、ゾランガから叱責を受けるからだ。


 イヤな仕事ではあるが、その分、賃金を弾んでもらえているので、それで獄吏らは不満を飲み込んでいる。


 食事の配膳を終えると、ゾランガも獄吏も足早に立ち去って行くが、それはこれから正視に耐え難い光景が繰り広げられるからだ。


 ヤケドの痛みがおさまると、囚人たちは食事を始めるが、スープは言うまでもなく床にこぼれているだけではなく、床に垂れ流した糞尿と混じっている。


 とても食えた状態ではないが、空腹に耐えられず、囚人たちはそれを口にするが、そんな不衛生な食事をすれば、下痢になるし、体調も崩す。


 腹を下しながら食事をする者はまだマシな方で、体調を完全に崩した者は、スープがかかっても何の反応を示さないのだ。


 商人や貴族として、美酒美食を味わってきた彼らだが、こんな状態で数日もいれば、投獄前の生活が思い出せなくなっていき、考える気力をなくしていくというより、マトモな思考力が残っていれば、こんな床をなめる生き方などできるものではないだろう。


 苦しいことを苦しいと感じていては、とてもこんな状態で耐えられるものではないのだ。


 命の灯が消えるまで。



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