落竜編シャーウ3
「なぜ、私たちがそのようなものを払わねばなりませんの! バカも休み休みに言ってくださいませ!」
シャーウ王国の宮廷費の未払い金を請求されたフォーリスは、タスタル代国官マフキンに対して盛大な金切り声を上げた。
シャーウ男爵がタスタル男爵より領民との和解文書を持ってくるのが一日ほど遅くなったのは、息子や娘のせいで話がこじれたからである。
それでも、領民との和解が成立したのは、困窮している領民に利となる条件を提示したからだ。フォーリスとて、頭ごなしに領民を従えようとするほどバカではない。
和解が成立してその文書をマフキンに提出し、家臣を釈放してもらえる点は、タスタル男爵の時と同じ対応であり、魔法学園の入学義務と高額請求を告げられたのも同じであった。
ただし、ひざまずいて対応したタスタル男爵の時と違い、マフキンは執務室の机の前にシャーウ男爵、ボルダー、フォーリスを立たせ、自分は座して元シャーウの王族と相対していた。
執務室にはソファーもあるのだが、マフキンが座るように勧めることもしないだけでも、ボルダーやフォーリスには腹立たしいのに、シャーウの宮廷費の一部支払いを命じられ、シャーウの元王子と元王女は怒りに頬を朱に染めてタスタル代国官を睨みつけた。
だが、トイラックにその才能と図太い神経を見込まれた、冴えない容貌の元タスタル貴族は、二人の怒りの視線を苦笑で受け止め、
「なるほど。シャーウ男爵閣下には支払いの意思がないということで、承っておきます。では、請求額がわかり次第、差し押さえを行いますので、財産を隠さぬようにお願いします」
「それは面白いですわね。これ以上、私たちから何を奪うと言うのですの?」
「そうですね。フォーリス嬢の髪飾りも装備一式も金になりますが、何よりもその美貌に高値がつくでしょう。シャーウ男爵閣下もボルダー殿も、タコ部屋に突っ込んで強制労働してもらえれば、まあ、いくらかの稼ぎにはなるでしょう。イライセン閣下のように私怨で二束三文の品を無駄にするようなマネはせんので、その点は安心してください」
イライセンの名を出した途端、その意向で行われた処刑で文字どおり手を汚した二人、シャーウ男爵とフォーリスは瞬時に青ざめ、その身を小刻みに震わせ出す。
バディン王家の凄惨な末路を思い起こせば、シャーウ王家の面々も肝が冷える思いだ。そして、実際にアーク・ルーンが一国の王族を処刑できることを実証した以上、フォーリスも己の内に流れる高貴な血に安穏としていられるものではなかった。
かつてはタスタル王家に頭を垂れ、他国の王家を敬っていたマフキンだが、トイラックを初めとするアーク・ルーンの優れた人物と接した今となっては、それがどれだけ下らない虚構であったかは、虚勢を砕かれた途端に、青ざめて立ち尽くすシャーウの元王女の姿が何よりも雄弁に物語っている。
次男坊とはいえ、貴族出身のマフキンは、アーク・ルーンの実力主義を全肯定しているわけでもなければ、血統を全否定しているわけでもない。ただ、トイラックのような巨大な才幹の塊に接してしまったため、目の前にいるような下らない人間に頭を下げるのが、心底、バカバカしく感じるようになってしまっただけだ。
「わ、私は、リムディーヌ閣下より、何かあれば名前を出して良いと言われているんですのよ」
「ならば、シャーウ男爵閣下の問題は、リムディーヌ閣下を交えて話すといたしましょう」
心理的に追い詰められたフォーリスが出してきた最後の切り札に、マフキンは吹き出すのをこらえながら、あっさりと切り返す。
フォーリスがリムディーヌの名を出したということは、己の才幹や血統に対する価値を無意識の内に否定したということだ。他人の名義を借りねば、反論ひとつできなくなったのなら、もはやマトモに相手にする価値もない。
リムディーヌの名が単なるブラフなら、シャーウ王族から未払金を遠慮なく回収するだけだが、本当に第十二軍団長が調停に乗り出してきても、それはそれで問題はない。
シャーウの王族のためにリムディーヌが本当に出てきたなら、請求書を引っ込めればいい。そうすれば、リムディーヌに貸しができ、それはアーク・ルーンにとって万金以上の価値とある。少なくとも、シャーウの王族からしぼり取り、ケツの毛まで引き抜くより、はるかに大きな利だ。
とはいえ、そこまでリムディーヌが本当にフォーリスらに肩入れするかわからないので、
「まだ請求額が出るまで日があるので、リムディーヌ閣下への相談を先にされるのがよろしいでしょう。こちらとしても、そちらの話がまとまらないと、対応を定めることができませんので」
リムディーヌの肩入れ具合を見極めないと、取り立ての際にどこまでやっていいか決めることができない。
「ところで、先ほどから聞いていると、そちらに払えと言っているが、我々の方から商人と話して解決してもいいのだな」
「それはそれで構いません。こちらは解決さえすれば、商人らが納得すればいいだけの話ですから」
ボルダーが突然、直に話をすると言い出した思惑は、マフキンにはカンタンにわかった。
さすがに元王子もアーク・ルーンに逆らう、そして支払いを拒む愚を理解したようだが、だからこそアーク・ルーンさえ絡まなければどうとでもなる、と考えたのだろう。
商人と言えど平民、王族の自分が一言、発するだけで、分不相応な請求を取り下げるというのは、マフキンからすれば甘い見方でしかない。
ボルダーやフォーリスの倍以上の年月を、市井に近い場所で生きてきたマフキンからすれば、商人たちは目の前の小僧や小娘よりずっと厄介な相手だ。
少なくとも、血統というものに守られて生きてきたを王族と違い、商人たちは資産を築くのも守るのも自分の力で成してきたのだ。
実のところ、御用商人の請求を各旧王家に丸投げせず、アーク・ルーンで受け持つのはそれなりの打算もあるが、負け犬たちのためでもあるのだ。
国が滅びる際の混乱で、御用商人らの納入した商品の記録には、あいまいな点や不備が目立ち、商人らがその気になればいくらでも水増し請求ができる。
もちろん、アーク・ルーンも請求書を額面どおりに受け取るほど間抜けではない。充分に調査し、過度の水増し請求が通らぬことを商人らに示すのが、最大の目的と言える。
統治する側は海千山千の商人と否応なしにつき合っていかねばならない。ゆえに、旧王国の債務をきちんと処理することで、商人らに恩を売るだけではなく、取引相手としての実力を見せておけば、今後の経済や物流の対処がやり易くなる。
そうした思惑と利点があるゆえ、マフキンは面倒な債務整理をしているのだ。だが、シャーウの王族が自分でやりたいと言い出し、結果、商人らに余計な代金を払うことになっても構わない。
もし、シャーウの御用商人らが水増し請求を行い、その証拠をつかめば、アーク・ルーン側は悪質な商人を市場と地上から排除できる上、他の商人らの良い見せしめにもなる。
とりあえず、お手並み拝見という面持ちで、マフキンは前日のタスタル男爵の時と同様、釈放の手続きをすませると、シャーウ男爵らを執務室から退出させた。
より苛烈な借金地獄が待ち受けることを知らぬ三名を。




