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落竜編タスタル3

「労役ではなく、雇用ならば応じさせてもらいましょう。冬場に仕事をもらえるのは、こちらとしてもありがたい話ですので」


 村長にしても、村人に暴力を振るわれたことに憤りを感じていないわけではないが、現実的な観点から新たな領主ともめたままでいるわけにはいかないし、何よりタスタル男爵の示した和解案は多少の不満を我慢するのに充分な利があった。


 元タスタル王のために用意された三百戸の領地、カストの村は、街道から外れた平地にある広大な農村で、そこそこ豊かな土地であり、毎年の収穫量は多いのだが、主力の農業が打撃を受けるとたちまち困窮するという欠点を抱えていた。


 当然、天候の影響で昨年は不作、今年はさらに不作となるのが確定している。農村では農作業のできない冬場は、内職か出稼ぎでしのぐのが一般的だが、去年の冬は出稼ぎに行ける状況でもなければ、内職の材料を取りに行ける状況でもなかった。


 たくわえなどとっくに底をつき、雑草さえ食べて飢えをしのいでいるカストの村は、内職に励んで冬を越せる状態ではないので、農閑期の人夫仕事はこの上なくありがたいものであった。


 おまけに、タスタル男爵はケガをさせた村人らに見舞金を出すとも申し出ているので、村長としてはカストの村を維持していくためにも、和解して気前の良い領主を受け入れるしかない。


 資産の大半を没収され、身の回りの品しか残してもらえなかったタスタル男爵だが、何しろ国王の身の回り品だ。一つ叩き売るだけで金貨数百枚となる品もあるので、館の改築のみならず、より大きく立派な館を新築することも可能だ。


「それでは、村長。此度の件、双方、遺恨はなしということでよろしいですか?」


 父親の隣に座るナターシャが和解がうまくまとまり、安堵の表情で最終確認を行う。


 領主の館はとても人の話せる状態ではないので、タスタル男爵とナターシャは村長の家の小さな応接間にいるが、机越しに二人が相対しているのは、村長だけではない。


 タスタル男爵の領地はそこそこ大きい村だが、村の大小に関係なく、こうした村落では村長のみで物事が決められるほどその権威は高くないので、この場には他に村の有力者が二人、同席しており、村長はその二人に同意を確認してから、


「領主様にはこちらの事情をご理解していただき、ありがとうございます。それで私どもはどうすればよろしいのでしょうか」


「我々の問題が解決したことを文書にしてください。先日、捕らえられた家臣を助けるのに必要なので」


 この申し出に村長は心中はともかく、表面的には快諾する。


 正に円満解決だが、元々、村人たちが反抗したのは、困窮に喘ぐ自分たちを頭ごなしに労役に駆り出そうとしたからである。カストの村の事情を考慮し、ちゃんとした話し合いを行えば、村が労役に応じることはなくとも、ここまでもめることはなかっただろう。


 強権を振りかざして道理を欠いた自分たちの落ち度に気づいたタスタル男爵らは、村長の差し出す和解文書を受け取りながら、もう一度、頭を下げる。


 もちろん、両者の和解が成立した最大の要因は、誠意を以て話し合ったからだけではなく、タスタル男爵が用意した冬場の人夫仕事だ。


 民は非力な存在である。ナターシャがその気になれば、カストの村などカンタンに滅びてしまう。


 だが、それゆえに生き延びることに関しては強かな存在であり、アーク・ルーンの支配を受容したことも、タスタル男爵との和解も、自己の心情よりも自己の生存を選択した結果だ。


 ただ、生き残るためならば強者にこびる反面、生き残るためなら強者にも歯向かうからこそ、タスタル男爵の強要した労役に対して反抗したのだ。


 民は非力な存在だが、柔軟な存在であり、生き残るための利を受容する。しかし、無力な存在でもないので、生き残るためなら反抗もする。


 アーク・ルーンと違い、そうした民の本質を知らぬまま、タスタル男爵やナターシャは民の利となる約束をすることで、この場では和解は成立した。


 約束を守れれば問題ない。しかし、約束を守れなかった場合、民は生き残るために再び牙をむくことを意味する。


 そして、敗残者として己の現状を知らぬまま、民という危険な存在に、軽々しく約束してしまったタスタル男爵らは、和解文書を手にしただけで全て解決した気となり、ホッとした表情で再びタスタル王宮に向かった。


 己の資産状況を正確に把握せぬままに。



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