落竜編1
登場人物
フレオール……大宰相の異母弟。魔法戦士。十七歳。
イリアッシュ……軍務大臣の令嬢。竜騎士見習い。二十歳。
クラウディア……アーク・ルーン帝国の事務員。十九歳。
フォーリス……シャーウ男爵令嬢。アーク・ルーン軍の特務兵。十八歳。
ティリエラン……ロペス子爵令嬢。アーク・ルーン軍の特務兵。二十歳。
ナターシャ……タスタル男爵令嬢。アーク・ルーン軍の特務兵。十九歳。
シィルエール……フリカ男爵の妹。アーク・ルーン軍の特務兵。十七歳。
ミリアーナ……アーク・ルーン軍の特務兵。十七歳。
スラックス……第五軍団の軍団長。元宦官。二十八歳。
リムディーヌ……第十二軍団の軍団長。元は土司の奥方。四十七歳。
トイラック……バディン代国官。元浮浪児。二十二歳。
ゾランガ……フリカ代国官。フリカ王国の元官吏。三十九歳。
マフキン……タスタル代国官。元タスタル貴族。四十歳。
ロック……ロぺス領の国境守備隊長。十八歳。
ネドイル……アーク・ルーンの大宰相であり、実質的な支配者。四十五歳。
レヴァン……マヴァル帝国の老将軍。六十七歳。
ジルト……コノート王国の若き天才軍師。十七歳
七竜連合とその周辺十ヵ国を併合した魔法帝国アーク・ルーンだが、その侵略戦争が終わったわけではない。
併合した土地の先には、マヴァル帝国を初めとする国々があるのだ。
もっとも、獲得したばかりの新領土は安定にほど遠く、新たな侵略の準備よりも、侵略を終えた土地の統治を優先せねばならないのが、東部戦線の現状だ。
もちろん、これは東部戦線に限ったものではないが。
侵攻の本格的な準備に着手するためにも、新領土の統治体制を確立せねばならないが、そのための重要な案件の一つは敗者に対する扱いだ。
ベネディア公国、リスニア王国、フェミニト王国ゼルビノ王国、カシャーン公国、ウェブレム王国、クーラント公国、ダムロス王国バルジアーナ王国、モルガール王国の、戦わずに降伏した上、七竜連合を滅ぼすのに協力した王たちは、五千戸の領地と伯爵の位を与えられ、大貴族として悠々自適な生活が約束されている。
王族・貴族を問わずに領地と財産は、親アーク・ルーン派は全て安堵されたが、中立派は八割も没収され、反アーク・ルーン派に至っては全て没収されたが、これでもアーク・ルーン帝国からすれば、抗戦せずに降伏した点を考慮した措置なのである。
当然、七竜連合に対しては、徹底抗戦した末の敗滅を考慮した措置が取られている。
それでも親アーク・ルーン派の領地と財産を全て安堵されたが、反アーク・ルーン派はもちろん、中立派であろうと、七竜連合の貴族は全てを奪われた上、路上に放り出され、王族の大半も同じ処置を取られたが、彼らはバディン王国の王侯貴族に比べればマシだろう。
アーク・ルーンに捕らえられたバディンの王族・貴族は、親アーク・ルーン派を除き、殺されるか売り払われるかしているのだから。
もちろん、領地や財産の一部だけは残してもらえた、シャーウ、タスタル、フリカ、ロペス、ゼラントの一部の王族は、本当にマシでしかない扱いを受けている。
財産の九割以上を没収され、領地も百戸や五十戸という、下級貴族並みの所領だ。無論、彼らは生まれ育った屋敷を取り上げられ、その所領に見合った小さな館への引っ越しを余儀なくされたのは、ロペス王を除いた王たちも同様である。
バディン王は凄惨な最期を遂げ、ワイズ王は帝都で処刑される日を待つ身の上だ。ゼラント王はわずかな家臣と共に逃げ、おそらくマヴァル帝国あたりにでも亡命するだろう。
ロペス王が一千戸の領地とロペス子爵位を与えられ、さらにロペス王宮の一部を自由にして良い権利までも提供されたのは、アーク・ルーンがその忠勤を認めたからではなく、その学識を認めたからである。
統治者にはその地域の文化学芸を保護する責務があるが、実質的にアーク・ルーンの東部を取り仕切っているトイラックは、自分が芸術に疎いことを自覚しているから、学識者であるロペス子爵を学芸官に任命したのだ。
正しく芸が身を助けることとなったロペス子爵は、これまでのように王業にわずらわされることなく、得意分野に専念できる身となった。
サクリファーンは三百戸の領地とフリカ男爵位をもらい、本来なら私物を片づけてフリカ王宮から妹と共に去らねばならぬ身だが、フリカ代国官ゾランガの計らいでフリカ王宮に住み続けられることとなった。
目の前で母親を殺され、自身も首をはねられかけ、下の妹が精神に変調をきたしているサクリファーンとしては、慣れ親しんだ場所で暮らせるのはありがたい話だった。
ただ、シィルエールに関しては、フレオールが強く求めたこともあり、その側に置かれることとなり、兄は二人の妹と共に暮らすことがかなわないが。
奪われた父祖の地で暮らせず、フレオールの側にいることになったのはミリアーナも同様だが、彼女の場合、自発的にそうしている点が、同年の元王女と異なる。
どのみち、ゼラントの地はマードックらの統治で居場所はないし、竜騎士はアーク・ルーン軍に正式に組み込まれ、今後も侵略戦争における使い捨ての道具とされるのが明白なのだから、フレオールにこびを売っておいた方が得と考えたのだ。
父親がいつアーク・ルーン軍に捕らえられるかわからぬミリアーナとしては、その助命嘆願のためにも、有力者とのつながりは維持せねばならないのだ。
シャーウ王はシャーウ男爵として叙せられたが、その領地が二百戸とされたのは、サクリファーンと違って悪あがきをしたからであろう。
その悪あがきを理由に処刑されてもおかしくなかったことを思えば、文句を言える立場ではなく、実際にシャーウ王やフォーリスもこの処遇に不平を鳴らすことはなかった。
少し前の両者ならば、文句の百や二百を言い立てただろうが、シャーウ王はアーク・ルーンに降伏してから、別人のように気弱な性格になったし、フォーリスもそれがいかに危険なことを叩き込まれたので、負け犬としてアーク・ルーンの投げ与えるエサに不満を口にすることはなかった。
タスタル王の処遇は基本的にサクリファーンと同じだが、いくつかは異なる点がある。
シャーウ王と同様、王宮から追い出されたのもその一つだが、タスタル王の場合、息子と娘が帝都に軟禁されたままとなっている。
もちろん、一男爵で新参者では、総参謀長が飽きるまで娘を取り戻しようがないが、息子の方もどうにかできるだけの発言力や信用度もなかった。
タスタルの第二王女と違い、王太子の方は特殊な性癖が理由で親元に帰れないわけではない。万が一の時の際の人質として確保されているのだ。
バディン王太子を処刑する際、シィルエールに母親の首が転がる映像を見せた途端、処刑は速やかに執り行われた。
もし、ナターシャがそのような反応した際、タスタルの元王太子の手首の一つも転がる映像を見せれば、親友のクラウディアであろうが、矛でメッタ刺しにするだろう。
ザゴンのように嬉々として、アーク・ルーンに逆らう者をなぶり殺しにする必要はないが、スラックスのようにアーク・ルーンに逆らう者を淡々と処理できねば、せっかく確保した人質を返すアーク・ルーンではない。
つまりは、ナターシャが弟や妹を返してもらうには、スラックスが自分にしたようなことを、マヴァル以東の国々の人たちに行っていき、自らの手を汚して実績を積んでいくしかないのだ。
生き残った敗者は降伏したが、それは負け犬たちが安住を得たことを意味しない。
猟犬として言われたままに獲物に噛みつき、また忠犬のような忠実さを示さねば、アーク・ルーンは飼うだけの価値を認めず、どれだけ鳴こうがエサを与えてくれなくなるのは明白なのだ。
だから、負け犬たちは必死に芸を覚え、尻尾を振らねばならない。飼い主に不要と判断されれば、捨てられるか殺されることになる。
もちろん、どれだけ芸を覚えようが、愛想を振りまこうが、飼い主に気に入られなければ同様であり、もし機嫌を損ねれば、虐待死を迎えることもあり得るのだ。
敗者は勝者に許されねば生き残れぬ。勝者に生きることを許されねばそれまでなのだから。




