プロローグ9
天策上将。
それが魔法帝国アーク・ルーンが新たに設けた官位だが、元はミベルティン帝国にあったものである。
アーク・ルーン帝国による四方への侵略戦争は、どこも順調だ。
北の巨人大同盟は滅び、残敵の掃討もうまくいっている。
南の精霊国家群は大半が降伏し、わずかな精霊戦士が抵抗しているだけとなっている。
西の神聖帝国は聖都を陥落させた後、堅実に進軍して、残る国土は三割ほどという状況だ。
そして、東は七竜連合を含む十七ヵ国を併合し、広大な新領土の安定化を計ると共に、早くも更なる侵攻の準備に着手している。
当然、四方に軍を進めて大勝利した将たちは、多くの恩賞を賜ると共に、地位も進めることとなった。
多年に及ぶ多功により、メドリオーは元帥、シュライナーは副元帥の位を与えられ、他の十将もより高い将軍位につき、その内の一つである天策上将の位は、皇帝と大宰相、文武百官が見守る中、スラックスに授与されようとしていた。
アーク・ルーンの皇宮の謁見の間にて、天策上将位の授与式に臨むスラックスは、ひざまずいた姿勢のまま歓喜に身を震わせ、そのキレイな顔がくしゃくしゃになるほどの涙を流している。
ミベルティン帝国において、天策上将の位は常設のものではなく、皇族の中でも功績ある者か、よほどの大功臣にしか与えられないほどの地位だが、スラックスは単純に高い地位を得て喜んでいるわけではない。
スラックスが最も尊敬する祖国の英雄も天策上将の位にあった。つまりは、ミベルティンの歴史的な英雄と同じ地位につけたことが、元宦官の将軍を感無量といった心境にしているのだ。
もちろん、こうして喜んでいるもらうために、ネドイルが新たな将軍位を設けたのは言うまでもない。
そして、部下のやる気を刺激する地位や恩賞を用意したのは、スラックスだけではない。また戦場での働きのみではなく、東西南北の戦線で一定以上の戦果が挙がったのを機に、一定以上の地位にある武官や文官にも恩賞を与えている。
無論、地位が上がり、恩賞をもらおうが、それで感涙にむせび泣いて、ネドイルに改めて深く感謝する者ばかりではない。
いかなる厚遇を受けようが、淡々と職務に精励する姿勢を保つメドリオーのような者もいれば、サムやレミネイラ、そしてイライセンのように、いかなる扱いにも一喜一憂せず、ただ自己の目的に邁進する者もいる。
どれだけ褒美をもらおうとも、シュライナーやフィアナート、ロストゥルやヅガートのように、イヤイヤ仕方なくといった姿勢を保つ者もいれば、リムディーヌのように戦争に否定的な態度を変えない者もいる。
とはいえ、そのような例はむしろ少数で、スラックスの反応は極端としても、大多数はやる気を喚起されたのは言うまでもない。
メドリオーのような少数派はこれまでどおりに、スラックスのような多数派はこれまで以上に頑張るということは、アーク・ルーン軍の侵略戦争によって、七竜連合のような敗者が大量生産され、あのような惨劇が世界の果てまで繰り返されることを意味する。
そして、ネドイルの大恩に報いんと、誓いを新たにしたスラックスは、今、流している嬉し涙の数百万倍の量の涙を、新たな敗者たちに流させんと頑張るだろう。
当然、その大量の涙をはるかに勝る血が流れるのは言うまでもないが。




