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滅竜編168-8

 竜騎士たちが敗れたなら、次に怪物と戦うのはアーク・ルーン軍となる。


 ベネディア軍などもいるが、竜騎士たちがかなわなかった怪物にぶつけても勝てるわけがないから、実質的にアーク・ルーン軍のみで何とかせねばならない。


 それゆえ、スラックスは怪物と竜騎士たちの戦いに注意を払い、アーク・ルーン軍を投入する時期をずっと計っていた。


 本心では、竜騎士が全滅、怪物が最も疲弊した時にゴーサインを出すつもりだったが、フレオールの自主参戦でそうもいかなくなった。


 フレオールがネドイルの異母弟であり、特段、忌まれているわけでないなら、その身の安全に気をつけねばならないのは、スラックスにしても同様である。


 ネドイルには将軍に取り立ててもらった大恩もあれば、スラックス自身が肉親への情が厚いこともあって、フレオールのことも気にしながらベッペルの様子をうかがっていたので、こうしてこの窮地に、百の黒林兵と二十頭の魔甲獣を率いて駆けつけることができたのだ。


 もちろん、スラックスの目的はフレオールを助けることにあり、怪物を倒すことは二の次にするつもりだったので、少数の兵しか伴って来なかったのだが、救出目標が魔槍の穂先で指し示す一点に気づいたので、百一本の魔槍を投じることとした。


 フレオールが心臓の辺りに組み込まれた悪魔と相対したのは確たる根拠があってのことではない。だが、漫然と真紅の魔槍を振るっていなかった魔法戦士は、心臓部の側に全身に障気を巡らす部位があるのに気づいたが、それに確信を抱く前に体力が尽きてしまい、後退せねばならなくなった。


 が、下がりながらフレオールがその部位を得物で意味ありげに指し示したことに気づくと、確信も詳しい意図もわからぬまま、スラックスは部下に魔槍を投げ放つように命じた。


 部下たちに魔槍を投げさせ、怪物の注意をそれらに向けさせるや、スラックスの投げ放った黒塗りの長槍が、見事にフレオールの示した部位を正確に深く突き刺さったのは、アーク・ルーン軍の第五軍団の長が指揮官としてだけでなく、武人としても非常に優れていることを意味するであろう。


 ともあれ、スラックスの放った魔槍が狙いに寸分と違わずに命中したことで、体内の障気が一気に噴き出し、怪物は自壊を始め、フレオールの読みが正しいことが証明された。


「総員退避っ!」


 ただ、フレオールにしてもスラックスにしても全知全能でない以上、いくつかの予想外の事態に泡を食うことは避けられなかった。


 その一つが怪物が自滅した際に噴き出した大量の障気だ。


 遠くから攻撃していた竜騎士らは、余裕をもって後退できたが、接近していた面々はそうはいかない。


 噛みついた魔甲獣は全頭、その硬いヒフすらグチャグチャに腐ってしまっているのだ。


 スラックスと黒林兵らは慌てて馬を駆り、怪物というよりそこから発生させる障気から離れて行くが、投げた槍が届くほど接近していた彼らが慌てて逃げれば何とかなるのだから、接近戦を演じていたナターシャとフォーリスは乗竜を羽ばたかせて難を逃れ、ミリアーナの乗竜の背にあるフレオールも障気に呑まれずにすんだ。


 最も危うかったのはティリエランだった。その乗竜であるアイス・ドラゴンは、ギガント・ドラゴンやアース・ドラゴンほどでないにしても動きは鈍重で、また飛行能力を有していない。おそらく、彼女単騎だったならば、逃げ延びることはできなかっただろう。


 幸いにも、組んでいたのがシィルエールであったため、彼女が起こした風が障気を吹き散らしている間に、無事に怪物の死骸から距離を取ったティリエランだが、


「早急に、竜騎士たちにドラゴンの骸の翼を破壊させよ! その後は、ベッペルの外で集結し、次の指示を待てっ!」


 一息をつく暇もなく、駆け寄って来たスラックスが、切羽詰まった声でそのように命じたのは、息絶えた魔甲獣らの腐った死骸が、次々と立ち上がり出したからだ。


 大量の障気のせいか、合成されていた悪魔たちが滅びる間際に何かしたか、はたまた死ぬ際にキメラの何らかの機能が働いたか、ゾンビとして動き出したのは、魔甲獣の骸だけではない。


 騎士や兵士、市民のみならず、ドラゴンの死骸も動き出そうとしている。


 障気を消す方法がない以上、死体のゾンビ化を食い止める手立てはない。


 それよりも、念のために障気がベッペルの外まで広がる事態に備え、王都の周りにいる兵や民に移動する準備をさせておくべきだが、それと並行してドラゴンの死体の一部を損壊しておいた方が、後々の対処がし易いというのがスラックスの判断である。


 どれだけゾンビが、それがドラゴン・ゾンビであろうと、四方を堅固な城壁で囲まれた王都に閉じ込めておけば、じっくりと一網打尽とする方策を練ることができる。


 しょせんは知性のないゾンビゆえ、準備さえ充分にできれば、さほど怖い敵ではない。


 ただし、狂ったドラゴンの時のように、王都の外に出てしまうと捕捉に手間がかかってしまうので、ドラゴン・ゾンビが城壁を飛び越えぬよう、あらかじめ翼を損壊しておいた方が良いのだ。


 もちろん、いざ討滅する時も、ゾンビ側に飛行できるものがいなければ、竜騎士は上空から一方的に倒すこともできる。


 その意図を真っ先に理解したミリアーナは、


「ガアアアッ!」


 乗竜バーストリンクに火を吐かせ、近くに転がるドラゴンの骸を、怪物と戦ってくれたバディンの竜騎士の死体ごと、一人と一頭を焼き払う。


 が、他の四騎は人もドラゴンもゾンビと化して起き上がりつつある。


 こうして発生していくゾンビと戦わされるのが自分たちであり、何よりスラックスの命令を果たせず、城壁を飛び越えたドラゴン・ゾンビが民に害を与えた場合、その責任が自分たちにくるのも明白なので、


「皆、手分けして、死したドラゴンを飛べぬようにしなさい!」


 ティリエランが切迫した声で指示を出すのも当然であろう。


 今の内にゾンビとの戦いが有利となるように動かねば、それ以上にアーク・ルーンの不興を買わぬように動かなければ、無惨に転がるドラゴンの亡骸が増えるのだから。



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