ワイズ騒乱編2-1
「くっ」
繰り出された槍を刀で打ち払い、クラウディアはその重さに呻きをもらす。
第一連休明けの二日目の実技の授業。ドラゴンの牙を素材に作り出された刀を手にし、運動着をまとうバディンの王女が相対するは、ライディアン竜騎士学園で唯一、ドラゴンの爪牙や角を素材としない武器を手にする者、魔法戦士であるフレオールであった。
いつもならイリアッシュと組むフレオールだが、今日はどのような意図か気まぐれか、クラウディアが手合わせを申し出てきたので、フレオールとクラウディア、そしてイリアッシュとミリアーナという組み合わせで授業が進んでいた。
クラウディアとしては、フレオールとイリアッシュはいずれ討たねばならない敵である。が、後者に比べ、前者の実力は充分に把握できていないゆえ、手合わせを申し出たのだ。
イリアッシュとあれだけ渡り合えるのだから、弱いと思っていたわけではないが、やはり実際にフレオールと戦って、痛感することがいくつもあった。
身軽なフレオールの動きは機敏だが、単純なスピードなら、ドラゴニック・オーラで身体を強化しているクラウディアのが速い。が、現実には自分より遅いフレオールの動きに、クラウディアは翻弄されていた。
スピードで勝るクラウディアがフレオールの動きにやや遅れるのは、クラウディアの動きに無駄がある、正確には無駄な動きをさせてられてしまうからだ。
洗練というよりも、精密なフレオールの動きは、無駄がないだけではない。その動きに合わせ、動いている内にクラウディアの動きにわずかずつだがロスが生じてしまい、それが積み重なっていった結果、当初は攻勢にあったクラウディアが、今はフレオールの攻勢へと攻守が転じている。
さらに厄介なのは、その軽快な動きに反して、フレオールの一撃一撃は強く重い。
魔槍が持ち主の膨大な魔力で穂先を強化しているためだが、刀にかなりのドラゴニック・オーラを注ぎ込んでなお、魔槍の強力な一撃を刀で払い、弾くクラウディアは、重い衝撃にたまらず呻くほどだ。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
素早く、そして間断なく繰り出される魔槍の重い一撃一撃に、クラウディアは次第に防戦一方に追い込まれ、どんどん状況が苦しくなっていく。
「さすがはフレオール様。クラウも粘っていますが、さて、どこまでもつか」
フレオールらの戦いに気を配れるほど、ミリアーナと余裕をもって対峙するイリアッシュ。
こちらはフレオールらよりも、さらに一方的な展開を見せている。
はた目、イリアッシュが飛ばすドラゴニック・オーラを、ミリアーナが必死でかわし、防いでいるように見えるが、その内実はもっと酷い。
手合わせを開始して、しばらくは無我夢中で、何発もひたすら飛来するドラゴニック・オーラをかわしていたミリアーナだが、だんだんとそれを間一髪で避けたり、防いだりできるようになっていった。
攻撃に慣れ、見切れるようになったのではない。ミリアーナの動きの方が見切られ、イリアッシュの方が攻撃をギリギリのものに調整しているのだ。
「くそっ」
ミリアーナが姫様らしきなく、口汚く吐き捨てるのも、無理からぬ心境だろう。
ただ強く、かなわないだけなら、ミリアーナの心中もそうまで乱れないだろう。七竜姫の中にも彼女より強い者はいる。
ゼラントの姫が激しく憤るのは、イリアッシュがちゃんと戦っていない点である。飛んで来るドラゴニック・オーラの数か威力が少し増せば、それだけでミリアーナは負ける。
クラウディアはフレオールの全力を以て翻弄されているが、ミリアーナは手加減してもらって、イリアッシュに弄ばれているのだ。
当然、悔しく、腹立たしいが、こうまで実力差が大きいと、どうにもならない。
歯噛みしつつも、放たれたドラゴニック・オーラに手にするフレイルを叩きつけて防ぐと、次の攻撃がこず、ミリアーナは一息つくと共に、怪訝な表情となる。
そして、自分を見ていないイリアッシュの視線を追えば、追い込まれていたクラウディアも、フレオールが攻めを止めて下がったため、崩されかけていた姿勢を正すと共に、怒りに顔を赤くしている。
正確には、フレオールがクラウディアにチャンスを与えたので、イリアッシュもそれに倣ったのだが、ギリギリの守りを維持していたミリアーナに、周りに気を配る余裕はない。
「このまま勝っても面白くないから、七竜姫の名に恥じない芸を見せてみろ」
そう言ったわけではないが、攻撃を止めて勝利を捨てたフレオールと、それに倣うイリアッシュの意図は明白であり、七竜姫の二人は屈辱に身を震わせつつも、それぞれ乗竜の能力を用いる。
クラウディアはまず乗竜ランドロックの能力を用い、左右に土壁を建て、フレオールの動き回る余地をなくし、互いに真っ向勝負するしかない状態を形成すると、刀を構えて、両腕のみを強化し、残るドラゴニック・オーラを全て切っ先に集約する。
ミリアーナは乗竜バーストリンクの能力を用い、十の火球を生み出す。
もちろん、ライディアン竜騎士学園でも、トップクラスの四人が全力で相対しているのだ。二組の間に走る張り詰めた空気は、他の一年生らの手を止めさせ、担当教官のティリエランまでもが、四人の勝負を固唾を飲んで見守る。
「槍よ! 刺し砕け!」
「絶斬っ!」
フレオールが投げ放った魔槍に、クラウディアが刀を降り下ろし、
「ブレイク・シュート!」
「ハアアアッ!」
ミリアーナが放った十の火球を、イリアッシュは十条のドラゴニック・オーラを走らせ、迎撃せんとする。
ドラゴンの肉体さえ砕く、魔槍の穂先に込められた膨大な魔力を、しかしクラウディアの全霊の一撃は、真っ向から斬りつけ、その威力に力負けすることなく、魔槍を地べたに叩き落とす。
一方、十の火球は、十条のドラゴニック・オーラによって、半数は打ち消されたが、もう半数は火力がだいぶ減じたものの、そのままイリアッシュに向かって飛び、
「ハアアアッ!」
再び放たれた十条のドラゴニック・オーラによって、残る五つの火球も打ち消されただけではない。
「ハアアアッ!」
三度、十条のドラゴニック・オーラが虚空を走り、ゼラントの姫の足元に、十の穴をうがつ。
ミリアーナが敗北した直後、クラウディアも同様の結果となる。
魔槍を叩き落としたまではいいが、思った以上に、穂先に込められた魔力が大きく、斬りつけた際の衝撃で、数瞬だが身体が硬直状態になってしまい、そこを投じた魔槍に続いて走っていたフレオールに突かれ、クラウディアはカンタンに懐に入られてしまう。
「……まいった」
二人の姫はほぼ同時にギブアップを宣言する。
イリアッシュが三度目に放ったドラゴニック・オーラを、わざと外したのは明白であり、懐に入ったフレオールの右拳は、クラウディアのみぞおちの前で寸止め状態にある。
フレオールとイリアッシュの対戦を見ているので、クラスメイトらも二人を弱いと思っていたわけではない。が、七竜姫の二人が負けたことに、ティリエランとシィルエールを除いたギャラリーは、激しい動揺を見せる。
「いやあ、負けた負けた。まさか、ここまで強いとは思わなかったよ。どうやったら、そこまで強くなれるのか、後学のために教えてもらえたいくらいだよ」
「参考にならないでしょうね。私の場合、小さい頃から、アーシェ姉様の訓練につき合わされ、自然とこうなっちゃったんですから」
負けて悔しがるクラウディアと異なり、思考と感情を切り替えたミリアーナの問いに、イリアッシュは疲れた表情と重い声で答える。
イリアッシュにこんな反応をさせるのだ。最強の竜騎士の実力を想像し、ゼラントの王女は乾いた笑みを浮かべる。
「いやあ、さすがは七竜姫。先のドラゴンらの死闘も良かったが、こうした仕合も良いものだ」
フレオールは満足げな笑顔をしているが、単純に勝利が嬉しいわけではない。強敵であるが、イリアッシュや五頭のドラゴンとは味わいの異なる戦いに、武門の家に生まれた若者は喜んでいるのだ。
イリアッシュ、実力で上回る相手に対して、己の全霊をぶつけ、勝ち負けではなく自分の限界と力量を見計る戦い。
五頭のドラゴン、生死を分かつ相手に対して、己の全力を以て、生き残るには勝利をもぎ取るより他にない戦い。
そして、クラウディア、実力が劣る相手を追い込み、その全霊を真っ向から受けて立ち、それを噛み砕けるか否かを試す戦い。
武人とは、戦いを糧に己を高める生き物であるなら、偏った糧ばかりではなく、様々な糧を食らい尽くしてこそ、より良い成長が望める。
ゆえに、フレオールは荒い息が充分に整わぬ内に、
「さて、ミリアーナ姫、一手、次の相手を願いたいのだが?」
「ははっ、勝てそうにないんだけど、ボクじゃあ」
指名を受けたゼラントの姫は、表面的には笑って、得物を構え直し、魔法戦士の申し出に応じた。




