滅竜編168-7
フレオールが考案し、提案した戦法は、接近するのは自分と五人の元王女に限り、他の竜騎士は距離を置いてドラゴニック・オーラを放つだけに留めるというものであった。
障気が全身に満ちる怪物に対し、それを相殺せねばダメージを与えられないどころか、攻撃するほどに自身が障気で傷むことになる。
だから、魔力が高い者か、ドラゴニック・オーラの量が多い者のみで攻撃をさせることとした。
もし、シィルエールやナターシャの攻撃が通じないほどの障気ならば、竜騎士が総がかりでも倒すのは難しいということになる。
幸い、フレオールの真紅の魔槍、ナターシャの矛、シィルエールのレイピアは怪物の巨体を確実に傷つけているが、攻撃に専念し過ぎると、キメラの反撃に対処できないので、ミリアーナ、フォーリス、ティリエランは守りに専念させている。
というより、怪物の膨大な障気の量を思えば、二人一組となり、片方にディフェンスを担当してもらい、フレオールら三人が攻撃に全力を注がねばせねば、とても打ち破れるものではないのだ。
フレオールとミリアーナ、ナターシャとフォーリス、シィルエールとティリエランの三組で、悪魔が合成された部分の内の三つを攻めているが、攻撃担当が着実に傷を与える一方、防御担当が暗黒の槍などを防いでいるが、その巨体に比してフレオールらが食らわすダメージは微々たるものでしかない。
竜騎士らの放つドラゴニック・オーラに加え、その乗竜も炎や雷撃などを怪物の巨体にぶつけているが、全ては障気に阻まれているのも、フレオールの計算の内である。
「こちらの攻撃を防げば防ぐほど、怪物は自滅に近づいている! 無駄と思わず、ひたすら攻め続けろっ!」
怪物に真紅の魔槍を突き刺しながらフレオールが叫ぶ。
無理な合成で得た膨大な障気を、強引に用いているのだ。その無理を続けさせ、過負荷の状態を維持させていれば、早晩、自滅するというのがフレオールの読みである。
ただし、フレオールにしろ、ティリエランら竜騎士たちにしろ、狂いしドラゴンなどとの戦いで疲弊しており、長期戦は決して歓迎すべき選択肢ではないのが実状だ。本当は早々にカタをつけるのが理想なのだが、そのための情報がいくらか不足している以上、フレオールとしては自分たちが先に力尽きるか、相手が先に力を抑えられなくなるか、根比べによる決着を計るしかなかった。
実際に戦いが長引くにつれ、竜騎士らの放つドラゴニック・オーラの数は減っていき、ドラゴンにしてもその攻撃に明らかな衰えが見え出している。
「……ねえ、ここは一旦、退いた方が良くない?」
汗だくになって一心不乱に魔槍を振るうフレオールに、暗黒槍をフレイルで打ち払いながら問うミリアーナの言葉には、いくつかの意味が含まれている。
この場において最も長期戦に不向きなのはフレオールである。
竜騎士ならば、ドラゴンの身体能力のフィードバックにより、常人よりもずっと長く戦えるが、竜騎士ではないフレオールの場合はそうはいかない。
先ほど口にした水分が全て汗になったと思えるほどの状態のフレオールは、かなり呼吸が荒い。
動きが鈍り出している竜騎士よりもずっと疲労しているであろうに、フレオールは槍さばきの鋭さを堅持して戦い続けており、その気力、集中力、粘り強さは驚嘆に値するが、それは無理をして強引に肉体を稼働させているにすぎず、早晩どころか、後わずかばかりの時か、ちょっとしたきっかけで、魔法戦士は限界を越えている自分を自覚させられるだろう。
言うまでもなく、フレオールとティリエランらでは立場が違う。後者は死んでも退くことは許されないが、前者は自主的に戦っているだけであり、そもそも七竜連合などの敗者に対して、相手は勝ち組のトップたるネドイルの異母弟である。
例えフレオールが自発的に戦って死んだとしても、その場に竜騎士らがいてそれを防がなかったならば、ネドイルの異母弟を見殺しにしたという見方もされかねない。否、フレオールの死を口実に、その責任を押しつける形で、負け犬たちを縛る新たな鎖として利用する恐れがありえるのだ。
もちろん、追加の鎖が必要なければ、フレオールの死を利用することはなく不問とするだろう。だが、必要と判断したならば、ティリエランらはネドイルの弟を死なせた責任として、より過酷な扱いを受けることになる。
理不尽だと抗弁したところで、立場の圧倒的に弱い負け犬には吠えることさえ許されない。勝者の誰かが代弁してくれねば、負け犬には理不尽さを訴えることさえできないが、それを頼めそうなフレオールが死んだら死んで、負け犬にたちにとっても不利益になる。
その点を含め、ミリアーナの懸念を理解したフレオールは、すでに声を出すのも辛い状態なのか、小さくうなずくと真紅の魔槍を引き、後ろに下がり出す。
ミリアーナに守られながら後退するフレオールだが、怪物にも知性のカケラは残っているのか、はたまた自分に最も痛撃を刺し込んだ魔法兵士への単純な恨みか、弱って下がる敵に大量の障気を浴びさせようとする。
「ハアアアッ!」
それを何とか防ぐミリアーナだが、その表情はいかにも苦しい。
それだけ怪物が執拗に弱った敵を逃さずに仕留めようとしているということだが、疲れ切っている標的としては、己のミスを痛感せずにいられなかった。
ミリアーナは決して弱くないが、七竜姫の中では下の方だ。先日、クラウディアに勝ったとはいえ、それも実力で勝利をおさめたとは言い難い。
二人一組で怪物と戦う際、フレオールはミリアーナと組み、ナターシャとフォーリス、ティリエランとシィルエールを組ませた。実力的に三組が均等となるようにしたためだが、このような展開になるならば、フレオールはティリエランと組むのがベストであっただろう。
欲を言えば、イリアッシュを参戦させておくべきであったが、彼女はスラックスの指示を受けていた以上、もはや仮定の話をしてもどうにもならない。
疲労を自覚してしまったフレオールは、体が鉛のように重くなっており、緩慢な動作で後退するのが精々で、もはやマトモに魔槍を振るう力もない。この状態で前に出ても、さらに足手まといになるだけなので、ミリアーナには無理を承知で踏ん張ってもらうしかないが、本当に無理っぽい。
無論、これはミリアーナが弱いからの窮地ではなく、竜騎士に悪魔を合成させた怪物が、コントロールを度外視して力だけを求めた末、予想以上の怪物となってしまっただけの話だ。
おそらく、真の発案元であるザナルハドドドゥの思惑さえ越えてしまったであろう怪物は、バーストリンクの放つ炎さえ闇で飲み込み、障気でミリアーナとフレオールを押し包みかけた直前、
「……かかれっ!」
号令一下、駆け出した二十頭の魔甲獣が、怪物の巨体に噛みついていく。
「ガアアアッ!」
知性のカケラぐらいしかない怪物は、痛みをこらえて、フレオールらへのトドメを優先させるようなことはなく、二人に向けていた致死の一撃を引っ込め、噛みつく二十頭の牙を障気で腐らせることを優先させる。
魔甲獣の牙が、そして頭部がただれ、腐っていくだけの時があれば、フレオールとミリアーナが後退するのに充分なのだが、魔法戦士は重い足取りで下がりながら、真紅の魔槍の穂先を怪物に向け続けたので、
「……総員、槍を投じよ!」
二十頭の魔甲獣のみならず、従える百の黒林兵に命じ、怪物の巨体に黒塗りの長槍を投げさせる。
そして、百一本の長槍が突き刺さった怪物は、
「ガア……アアッ……」
苦しげな咆哮と共に、膨大な量の障気を発生させ、自らの巨体を腐らせ出した。




