滅竜編168-3
〈捲土重来というやつを計るしかないのではないか?〉
右手の小指にはめる指輪から響く提案は、にわかに首肯できるものではなかった。
バディン王国の王都ベッペルの惨状は、もはや同士討ちをやってもいられないほど、酷いものであった。
暴走した竜騎士と悪魔のキメラが暴れ回り、それが呼び寄せた狂ったドラゴンが次々と襲来し、これまた暴れ回っている。
さすがにバディンやゼラントの竜騎士らは互いに争っている場合でないのを悟り、お互いに引いた武器を言うことを聞かないドラゴンらにぶつけるようになり、それに騎士や兵士、決起した民衆さえも倣い、魔術師たちも召喚した悪魔に失敗作と乱入してきたドラゴンの排除を命じたが、それでどうにかなる苦境でないのは明白だ。
同士討ちで多くない数が減り、また傷ついて疲れたバディン・ゼラント・ワイズ連合軍に、魔法で狂わされたドラゴンらを討ち倒すだけの戦力はない。
よしんば、どうにかできたとしても、数が大きく減少し、兵が傷つき疲れ果てるのは避けようがなく、
〈その時、アーク・ルーンに全面攻勢に出られたら、逃げようはないぞ。今の混乱に乗じねば、アーク・ルーンに捕らえられ、首をはねられるだけぞ〉
悪魔の甘言に、ガーランドの心中は大きく揺れ動く。
バディンの滅亡が不可避なのはバカでもわかる。そこに死の匂いをかがされたガーランドの瞳には、ザナルハドドゥの狙いどおりに恐怖の色が浮かぶ。
人が死を恐れる当たり前の反応を刺激した悪魔は、
〈あのキメラの力をどう思われる? 今回は惜しくもこのようなこととなったが、あの力を自在に使えば、アーク・ルーンを叩き潰せよう。その次の機会を得るために、真の勝利を手にするためには、捲土重来が必要であろうと思わぬか?〉
更なる甘言を吹き込み、自己正当化への道筋を作ってやる。
それでも、祖国と家族を見捨てるのにためらいを見せたが、そうしている間にも、狂ったドラゴンらによる犠牲は増えていき、状況は刻一刻と悪化していき、
「殿下、お逃げください」
直衛の竜騎士が狂ったドラゴンの一頭と相討ちになると、恐怖にガーランドのためらいが弾け飛んだ。
「皆の者、一時撤退だ! バディン再興の秘策はある! オレと共に来い!」
叫ぶや否や、乗竜たるダーク・ドラゴンを羽ばたかせ、真っ先に危地と自己の責任から逃げ出す。
王子たる者が逃げ、さらにこの直後、ゼラント王も二騎の竜騎士に守られ、とっととベッペルから脱したのも伝わると、兵士たちの士気が潰えたか、彼らも武器を捨てて逃亡していく。
魔術師も悪魔を護衛に命じて逃走を始め、味方の敗走に動揺した騎士らも危険に背を向け出す。
竜騎士らは踏み留まっているが、彼らも動揺は避けられず、苦しさを増す状況での迷いながらの戦いぶりは、満足とは言い難いを戦死を迎えていった。
もう何のために戦うか、死ぬのかもわからぬままに。




