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滅竜編168-1

「お願いでございます。奴らを一刻も早く討ってください。わしの娘は奴らに連れて行かれて帰ってこんのです。孫娘は悪魔に食われてしまいました。奴らに酷い目にあわされた者は大勢おります。どうか、娘と孫の仇を討ってください。あのような地獄からわしらを助けてください」


 深々と下げた頭に巻いた包帯から血をにじませる初老の男の、涙まじりの悲痛な訴えに、五人の元王女は絶句してかけるべき言葉もなかった。


 バディン王国の王都ベッペルの現状は、ティリエランらのみならず、スラックスの想像すら越えるほど酷いものであった。


「ザナルハドドゥか」


 苦くつぶやくフレオールも、今の今まで没収されたマジック・アイテムのことを失念していた。


 ベッペルを密かに脱した市民が、涙ながらに訴えた窮状は、スラックスやシダンスが息を飲むほど想定外のものであった。


 タスタルの王都で第九軍団が実演したように、備蓄の充分でない大都市を包囲・封鎖すれば、早晩、食料を巡っての対立・抗争が起きるのは避けることができない。


 飢えた民が暴動を起こし、それを国が軍を以て鎮圧すれば、民は国との対決姿勢を強め、国から民心が離れていけば、侵略者にとって征服がよりし易い土台ができる。


 スラックスはそれを狙い、第九軍団の戦法を踏襲した。タスタルの時と違い、バディンは兵を離反させないために下策を用いたのは予想外であったが、それで人心がより離反してくれれば、アーク・ルーンにとってはありがたい展開であり、それは悪魔を用いた外法であっても変わるところはない。


 だが、対応は変わらずとも不快感は違う。アーク・ルーン軍は悪魔を一部だが運用しているが、それだけにそのおぞましさを熟知しており、その扱いには常に慎重を期しており、必ず悪魔学を修めた魔術師に管理させている。


 魔術師であっても、専門知識がない者が扱えば、悪魔の狡猾さにうまく誘導されることがある。追い詰められた素人なら、悪魔にいいように使われるのは当然のことであり、真の主導権が悪魔にあるならば、王都の内部はこの世の地獄となっていても不思議はないというもの。


 作られた地獄で塗炭の苦しみに喘ぐ民だが、絶望して従順な羊とならず、それを叩き壊さんと密かに活動しているが、彼らだけではバディン軍に対抗できないのは明白なので、アーク・ルーン軍に助けを求めるのは当然の選択肢だろう。


 助けを求められた側は、無条件で、ただ助けを求める相手を助けるほど甘くないが、別段、代価を求めるわけではない。


 タスタルでもそうだったが、民衆の側がそれなりの組織を作っていなければ、アーク・ルーン側は利用価値を認めないのだ。


 幸いにも、王都から密かに抜け出すぐらいの組織力を示したので、スラックスは手を組む価値を認め、ティリエランらに丸投げした。


 バディン市民の訴えにうなずいた後、スラックスが元王女たちの元に案内したのは、ベッペルを攻略する際の先陣も、彼女たちの手勢であるからだ。


 戦いの矢面に立たされるのも、アーク・ルーン軍に利用されるのも、敗者の運命であるから受容するしかない。それよりもティリエランらにとって衝撃的だったのは、バディン側が追い詰められてのこととはいえ、民を生け贄として悪魔を呼び出すまで、手段を選ばなくなっていることだ。


 とりあえず、助けを求めてきたバディン市民は、内部情報を得るだけ得て、連絡手段を取り決めてから、一端、ベッペルに帰ってもらった。提供された情報を元に作戦を立て、それがスラックスのお眼鏡にかなわねば、ティリエランらも動きようがないのだ。


 バディン市民を帰した後、ティリエランら主だった竜騎士に加え、フレオールとイリアッシュも同席して、ベッペル攻略作戦の検討に入った。


 その席で、フレオールはかつて没収されたマジック・アイテムに封じられたザナルハドドゥの存在を指摘したのだ。


 無論、いかに正鵠を射た指摘でも、確証があってのものではないので、


「あくまで可能性にすぎないがな」


 フレオールはそう言って断定するのを避けた。


 また、バディンが竜騎士と悪魔を合成させているということも、提供された情報の中になかったので、現時点ではアーク・ルーン側は把握していない。


 だが、バディンが悪魔を召喚しているのは確実であり、


「シィル、どのような悪魔がいるか、わかりませんか?」


「無理。専門の書物があって、詳しい外見がわからないと、判別できない」


 ティリエランの問いにシィルエールばかりではなく、フレオールも首を左右に振る。


 魔術が使えるからと言って、悪魔に詳しいと限らない。悪魔を運用していないこともあり、第五軍団にも専門の魔術師はいない。


 他の軍団や、フリカなどにいた亡命魔術師も何人か捕らえているが、彼らに照会している時間的な余裕もないだろう。


 それ以前に、魔術とは無縁な市民らのあいまいな証言では、確定するのはかなり難しいが。


「悪魔がいたところで、それに気をつけるだけで、すべきことは基本的に変わらないだろう。後は段取りを決めるぐらいで」


 フレオールが口を挟んだとおり、守備側が悪魔で戦力増強していようと、攻める側のすべきことは変わらない。


 竜騎士らが城壁を飛び越え、守備側の竜騎士を押さえる。後は普通に攻めれば、民衆が決起して、内と外から攻撃を加えれば、王都の城門を打ち破れるだろう。


 一度、王都の中に踏み込めば、数で大きく劣る守備側が押し返すことはほぼ不可能であり、バディン王国は滅亡の坂道を一気に下ることになるはずだ。


 守備側が悪魔でいくらか戦力を増強していたとしても、それで埋められる程度の戦力差ではない。ただ、敵に悪魔がいる分、先陣を切る竜騎士らに余計な被害が出かねないという懸念がある。


 無論、悪魔を恐れて敵中に飛び込むのをためらっていると、またアーク・ルーンに父親らがしばかれかねないとはいえ、


「相手方の悪魔についてもっと調査を進めねば、こちらの足元がすくわれることになりかねません。王都を攻めるのは、相手についての情報を集めてからにするべきと思いますが?」


 ティリエランは慎重論を口にしながら、しきりにフレオールの方をうかがうように見てくるので、元教え子は小さく苦笑を浮かべる。


 もっとも、五十回、しばかれた三人の元国王と一人の元王太子が、今も仰向けに寝ることができないことを思えば、娘として神経質にならざる得ない。


 悪魔の数と情報を事前に知っておくのとそうでないのでは、戦い易さがまるで違い、被害も大きく変わってくるので、ティリエランの慎重な対応は基本的には間違っていないが、


「けど。時間を置くほど、悪魔の数、増える」


 シィルエールが指摘するとおり、生け贄を捧げて召喚の儀式を行うほど、王都の悪魔の数は増える。


 時を置けば置くほど、戦うべき悪魔が多くなるのだけではなく、


「それは、新たに召喚される悪魔がそれまでと違う悪魔でしたら、私たちにとって未知の悪魔となりませんこと」


「それよりも、新たに悪魔が召喚される度、民が犠牲となるならば、多少の危険は承知で、その愚行を一刻も早く止めるべきでしょう」


「即戦即決してくれた方が、ありがたいことはありがたいな。悪魔の専門書と、それ専門の魔術師を用意する手間が省けるからな」


 フレオールの意見はともかく、フォーリス、ナターシャが積極策を支持すると、その場の雰囲気がそちらの方へと傾いていく。


 これで方針が決定したと感じたティリエランは、


「わかりました。では、早々に動けるよう、作戦について話し合いましょう。ただ、私は悪魔について詳しくありませんが、闇に強い生物と聞き及びますので、早くても作戦の実施は明日の日中以降とするべきです」


 陽が沈みつつある時刻であるのを思えば、これは妥当な提案であり、この場にいる竜騎士たちはうなずいて同意したが、この場にいない竜騎士らはうなずかなかったようだ。


「大変です! ベッペルで騒乱が生じました! 何と、敵の竜騎士同士が戦っております!」


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