滅竜編164-1
ゼラントの王都が落ちた際の経験に基づいて、兵たちをつなぎ止める算段を思いついた、というフレオールの推測は、実のところ大外れである。
ガーランドやゼラント王に、欲望という鎖を兵士たちにつけるように入れ知恵した魔術師がいたのだ。
二十年ほど前の魔法帝国アーク・ルーンの内戦で、ネドイルに敗れて国外に逃亡した魔術師はいくらでもおり、その内の数名が、東に流れ流れて、バディン王国に身を寄せている。
その魔術師の一人が、ガーランドやゼラント王をそそのかし、略奪や暴行を解禁して兵士たちを手なずけさせ、それに反対するバディン王や王太子などの良識派を半ば軟禁状態とさせた、というのはいささか正確性を欠く。
その魔術師も入れ知恵され、そそのかされた者の一人なのだから。
入れ知恵された魔術師たちの進言は、軍備強化にも及び、何人もの処女や子供が生け贄にされ、召喚された数十体の悪魔は、単純に王都の守りに配備されただけではない。
イサイトの野で多くの竜騎士が竜騎士に討たれたが、双方が全滅したわけではない。ガーランドのように逃げ延びた竜騎士は何騎かおり、その内の一騎が悪魔を用いた魔道実験の材料とされた。
キメラという魔道生物がいる。二つ以上の生物を魔術で合成し、一つの魔物とする魔道技術だ。
タカと獅子を合成したグリフォンなど、有名なキメラの一体と言えるだろう。ベダイルの生み出した魔甲獣も、キメラの魔道技術を応用したものである。
だが、この世の生物であるタカや獅子と、異界の存在である悪魔では取り扱う際の難度がまるで違う。そもそも、後者はこの世の法則にないのだ。
最も魔に精通している、悪魔召喚の大家たるシャムシール侯爵家とその一門は、ネドイルの現政権に与している。だから、この危険な人体実験を行っている魔術師たちは門外漢ばかりであった。
実際に、ガーランドの命令で協力させられたそのバディンの竜騎士は、悪魔との合成でマトモな思考力を失い、乗竜にも悪魔を何体も組み込んで、まったく別の生き物となりつつあったが、それは失敗を意味しない。
バディン王国には魔術師の工房や施設がないので、王都の広場の一つを封鎖して、そこで魔術師たちは竜騎士と悪魔の合成生物を生み出さんとしている。
同じ竜騎士が異形化している光景を眺めるガーランドは、
「ザナルハドドゥ。これで、これでアーク・ルーンに勝てるのだな!」
ガーランドが必死に問いかけるのは、自分の右手の小指にはめた指輪だが、別段、バディンの第二王子は正気を失ったわけではない。
〈これ一騎のみで勝てるものではない。が、これを何騎か揃えば、アーク・ルーンを打ち破るのも不可能ではないだろう〉
小指の指輪、正確にはそこに封じられた上級悪魔ザナルハドドゥが、都合の良いデクに言葉の毒を吐きかける。
ライディアン竜騎士学園の最終年度の初期、フレオールらから没収したマジック・アイテムは、巡り巡ってガーランドの指におさまったが、実のところザナルハドドゥの主はイリアッシュのままである。
だが、イリアッシュの言葉には強制的に応じなければならないのに対して、その他の人間、例えばガーランドの言葉に応じる必要はない一方、自発的に応じることはできる。
そして、ザナルハドドゥは現在、自発的にガーランドや魔術師たちをそそのかし、バディン王国の王都ベッペルの内に渦巻く嘆きと悲哀を高め、バディン王国がより酷く滅びるように画策している。
ザナルハドドゥとしては、バディン王国から大量の生け贄をせしめた上、アーク・ルーンを倒して自分を指輪から解放してくれるのが理想だが、そこまでうまくいくとは思っていない。
アーク・ルーンの強さは明白であり、それに対抗のしようがないのも明白だ。だが、そんな明白なことに気づかず、まだ何とかなると現実逃避にふけるやからは、悪魔からすれば格好の獲物だ。
どうせ、アーク・ルーンに束縛されて自由になれぬなら、せめて愚者たちを踊り狂わせて、その様を楽しむつもりで入れ知恵をし、ガーランドらは無様なほど最高の演技をしてくれており、
「まだ同胞をこのような化物にせねばならんということか?」
〈せねば、この国は終わり、この者たちも一矢と報いることなく終わるのだ。ならば、救国の英雄たる汝が成し遂げねばなるまいて〉
「……救国の英雄……」
〈いや、それはひかめな表現であった。アーク・ルーンを打破すれば、守りきれるだけではのうて、奪われたものを取り返し、その先の栄光までつかめるのだからのう〉
「……栄光だと?」
〈そうじゃ、そうじゃ。アーク・ルーンが膝を屈したほどの大英雄。七つの国やこの周辺の国々でも足るまい。アーク・ルーンの領土を含めた空前の大帝国の帝冠。それをいだたくようになるのは当然のことではないか?〉
ザナルハドドゥのささやく甘言を鵜呑みにし、極彩色の未来図、バディン大帝国の初代皇帝たる己の姿を思い描いたガーランドは、頬をこの上なく紅潮させ、その両眼にはこの上ないほど、常軌を逸した光が宿る。
〈じゃが、そのためには……〉
「わかっている。全ての竜騎士に悪魔の力を与えよう。これもアーク・ルーンに正義の鉄槌を下すためには仕方ないことだ」
〈いかにも。だが、そうなると、悪魔の数が足るまい〉
「そのようなもの、新たに呼び出せば良いのだろう。この都にはまだ、いくらでも女やガキはいる。正義が勝つためだ。やつらに否はあるまい」
バディンの第二王子は、悪魔の操り人形となっていることに気づかぬまま、芸術的なまでに醜悪なダンスを踊らんと、更なる一歩を踏み出した。
とても最後まで踊り切れるものではない足取りで。




